ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 時のマリオネット ( No.1 )
日時: 2011/05/01 18:38
名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: ZTrajYO1)

◆purologe◆


耳を劈く、嫌な音が道路を走った。
ブレーキをかけた車は、止まらずにそのまま、別の車にぶつかった。
再び盛大な破壊音。そして、ブレーキの音。
扉を開ける音。悲鳴。立ちすくむ人々の姿。紅く染まった車の窓。
すべてが嘘なら良かったのに。


「イヤアアアアアアァァァァ!!!」


小さな女の子の泣き声が、半径50メートルに響き渡った。
すべてが嘘なら、本当に良かったのに。






「ねえ、晴おしっこ」
「あ、ちょっとまってね。アナタ、とめて。ほら、知春。トイレ大丈夫?」
「……いくぅ」


私は、重いまぶたを左手でこすりながら、車を降りた。
——夢、かなあ。
私がお母さんについて、公園のトイレに向かう時。


「まって、ぼくもいくってぇ!!」


車から飛び降りて、こちらに走ってくる弟の姿が見えた。
弟、四歳。私より一つ下の、わがままな弟。
お母さんは、私と弟の手を握って、トイレの中に入った。

公衆トイレ独特の悪臭が鼻につく。


「くさあい……」


弟が呟く。自分だって我慢しているのに……。
私は言い返さなかった。あののほほんとしているところがうざったい。

弟をトイレの片隅の男の子用便器に連れて行き、お母さんは私と一緒に個室に入った。


「晴、終わったら待ってるのよ」


お母さんの言葉に、「はあ〜い」と生返事が帰って来る。



トイレから出て、車に戻るころには、正午を回っていた。
お父さんがお腹すいたコールをしだすころだ。


「映画館行く前に、どこかのファミレスでもよりましょう」


お腹すいたコールが始まる前に、座ったばかりのお母さんが言う。
お父さんは満足げの顔でアクセルを踏んだ。



「ん、この道通れないのか?」
「あら、そうみたいね」


助手席に座る私の目には、「事故 通行止め」の文字が映った。
それと同時に、ひっくり返った車も。


「じ……どめ?」


漢字の読めなかった私の解読を、お母さんが訂正する。


「じこ、つうこうどめよ。車がね、ぶつかっちゃったみたい」
「ふうん」


私は興味を示さずに、落書きだらの壁を見た。
壁に刻まれた英語も読めるはずは無い。


見知らぬ町の、小さな家の、小さな花壇に植わる、小さな花の、小さな花びらが一枚散ったことなど、知る由も無いだろう。

このときはまだ、自分の犯した罪の重さにも、自分が罪を起こしたことさえ知らないのだから。


◆purologe END◆