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Re: 反逆的交響曲-Against Symphony ( No.1 )
日時: 2011/06/22 19:22
名前: 千臥 ◆g3Ntw.kZAQ (ID: .v5HPW.Z)

序曲-an overture


太陽の日照りで弱った生き物達を癒すように、冷たさを孕んだ風が流れた。

「あら……良い風……」

庭に咲き乱れる花々に水を与えていた一人の女は、長い黒髪を風になびかせ、そう呟いた。
女は何か思い出したのか、はっとしたように目を見開くと
手に持っていた如雨露(ジョウロ)をその場に残して家の中へと駆け込んでいった。
「そういえば……今日はあなたに手紙を書かなきゃいけない日だったわね」
そう言って几帳面に整理された引き出しから数枚の便箋を取り出す。
窓際の椅子に腰掛け、開いた窓から入り込む風に顔を綻ばせた。

「今日は七月七日、七夕。あなたがいなくなり、あの子が生を授かった大切な記念日……
なんだか複雑なものね」
一瞬、便箋に文字を綴る手が止まり、瞳は悲しげに揺らいだ。
「あの日から、もう十五年……。あの子も今日で十七歳よ。
あなたの言ったとおり、美人に育ったわ。……あ、男の子だから美形、のほうが正しいかしら」
くすくすと時折笑みを浮かべながら、文字を綴っていく。
「あなた、あの時……何故私に相談してくれなかったの? 私なら、あなたを守れたかもしれないのに……」
そう言って、胸元で揺れるネックレスを手に取った。
鍵の形をしたそれは、鈍く銀色に光る。
「“108の封印”は無事よ。あなたが自らの命を懸けて封したモノはあなたの仲間達が今も守ってくれている」

女は壁時計にふと目を向ける。
「あら……もうこんな時間。あの子が帰ってきちゃうわね。
そろそろ夕飯の準備だから、あなたへの手紙は少しお預けね……」
その時、強い風が吹き、女の手元にあった便箋を宙に舞わせた。
困ったように笑い、床へと散らばった便箋を拾う手がふいに止まる。

「……人の家に土足で入り込むなんて、失礼な人達ね」

女の後ろ頭に当てられたモノ。
銀に光るそれは、玩具なんかではなく明らかに本物だった。
冷たい銃口を突きつけられた女は、特に怯えた表情を見せることもなく立ち上がる。
「セールスならお断りしてますが?」
拾った便箋を封筒にしまいながら、笑顔で背後の人物にそう告げる。
「この状況がただのセールスの押し売りに見えるのなら、お前の頭は相当ネジが抜けているな」
声は若い男のものだった。
人数はざっと四人。
女は溜息を零して振り返る。

「なら、黒スーツの怪しい貴方達は何者なんでしょうね?」
「大人しく“鍵”を渡してもらおうか」
女の話を遮るように言い放つ。
「……渡さない、って言ったらどうするのかしら?」
「力ずくで奪っていくまでだ」
その発言に女は首を横に振る。
「最近の男は嫌ね。女一人に四人で押し入って、しかも力ずく、なんて……」
「お前の意見など、俺達には関係ない。渡すつもりがないのなら……こうするまでだ」
銃を構えた男の左手を女が掴む。

「待ちなさい。一つ、良い事教えてあげる。
たとえこの鍵を私を殺して持ち去っても、貴方達には“108の封印”を解くことはできない」

女は不適に笑って見せると男の手を掴んだまま自分の頭に銃口を寄せる。
「なっ……」

「封印の秘密を知る唯一の人間の私を殺し、後悔しなさい」
女の指が男の引き金に添えられた指と絡み、徐々に引き金へと近づく。
「お前!! なにを——」
乾いた銃声が一つ、辺りに響き渡る。


木々を揺らす風は、いつの間にかなくなっていた。





序曲
——私が消えた世界で、愛しい君はどんな夢を見るのだろう