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Re: 世界の怪談(短編集) ( No.8 )
日時: 2011/05/28 17:44
名前: 涼 (ID: mM51WarG)

  #07 ( 幻の女性 )




———— 返してください お願いですから お願いですから



か細く貧弱な女性の声。

威厳漂う父の怒鳴り声。

何かに焦ってる母の声。

扉の向こうに届かぬ声。



女性は泣き叫びながら父に何度も何度も執拗に嘆願していた。

それに対しあまりにも冷淡で酷い態度で怒鳴り声の父の姿。

母は幼い私になにか焦りながら、女性を見てじろり、と睨んだ。

私は若きころの母にしっかりと強く抱き締められドアの隙間から、

泣き叫ぶ女性とその女性に敵意むき出しで怒鳴る父の姿を見た。

私は『あの女の人、だあれ』と幼心で自分を抱き締める母に聞けば。

母は『頭の可笑しい人よ、見ちゃダメ、早く寝なさい』とだけ言った。

そしてしばらく経ったころ、ふと、窓縁に腰掛けたとき、見えた。

あの女性が泣きながら、草原の丘へ続く小さな小道を歩く姿を——

あれ以来、その女性は二度と家に来なかった。

だが、私が小さい頃にある女性が草原の丘で自殺した事件があった。

私はその事件を聞く度、あの女性ではないか、と思うようになった。

そうしている内に私は高校一年生になった。

誕生月は遅いほうなのでまだ15歳なのだが。

初夏でもうすぐ夏休みになるころ、部活帰りの帰路についている途中。

電信柱から幼い頃の『あの女性』がこちらを見てニコッ、と微笑んだ。

あのころと変わらぬ若さに恐怖を抱く前、私は懐かしく感じた。

あのころとは違う、何処かで逢った気がする。

何処なんだろう、誰なんだろう。分かるようで分からない気がする。

考えているうちに女性が私のほうへ来た。

色白の肌に腰まである長い黒髪。

あのころと全く変わらぬ容姿。



「あなたが宮本紫ちゃん?」



幼児に名を問うような調子の声に私は安らいだ——知らない人なのに。

とりあえず、はい、と答えればまた微笑んだ。とても暖かい。

でも——何処か違う。何処か禍々しさを感じる。

それは夕焼けの所為なのだろうか。

なんとなく儚さとドス黒さが混じってる。

それに私の名前を知ってるのは何故か、私が問いかける前。



「あたしは宮本葵………あなたのお母さんよ」



嘘。だけど私のお母さんは私を産んだ割には小さい頃から老けていた。

だから自然と私の年齢に合う母親だと名乗る宮本葵さんが信用できた。

嗚呼、知らない人に着いていってはダメ。

当たり前の単純、分かりきった幼い教えが無駄になる————。

差し伸べられた真っ白な細い手。ゆらゆら、と歪んでゆれている。

分かった。この人はあの丘で自殺した女性だ。

分かった時点で私はすでにその女性の手を取って繋いでいた。




「おうちに帰りましょうね」

「うん」




私の口調が幼い子供になってしまう。葵さんはまたニコッと笑った。

今度は目が完全に冷め切ったままだった。




——



ある女子高生が行方不明になった。ある丘で身元不明の女の自殺者が出た。

共通点はひとつだけ合った。

それは。

苗字が同じだということだけ。

女子高生の両親は娘はその丘の自殺者に連れ去られたんだと主張した。

だが、もう数十年前の話で第一死んでる者がそんなこと出来るはずがない。

女子高生の両親は精神が狂った、と判断され精神科病棟へ———。

今も女子高生の行方を知る者は、

今も丘で自殺した女の身元を知る者は、

誰もいない。







Fin