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Re: Omerta-オメルタ- 【凡プロジェクト】 ( No.28 )
日時: 2011/07/15 18:40
名前: 凡(ぼん) (ID: w/qk2kZO)

第一章一話     [ 我が愛しき悪の世界より ]



イタリア郊外、7月13日、豪雨。
ユンはホテルの最上階、スイートルームのベランダで退屈な時を過ごしていた。
柵から身を乗り出し、シャンパングラスを片手で弄びながら、雨粒がグラスに入るのもいとわずに鼻唄をうたう。
歪なメロディを奏でながら、彼はただ、イタリアの街を見下ろしていた。

「——-…♪—-------—…♪——…—----あ、」

ユンは眺めていた街の中にあるモノを見つけ、鼻唄をとめる。今度は身体に纏った、あきらかに高価なスーツが濡れることも気にせずに、深く上半身を折り曲げた。
はたから見れば自殺でもするかのような体制のまま、彼はじっととどまる。バランスを崩すこともなく、ある一点を見つめ、そして口元を歪ませ、笑う。
ユンの見つめる先にいたのは、ひと組の男女のカップルであった。
遊び慣れしていそうな、金髪碧眼の端正な顔をした色男と、その少し後ろをトコトコとついていく、眼帯の少女。
男はシックに漆黒のスーツを着こなし、少女もまた、夜の街にふさわしい大人びたドレスとヒールのある靴でそつなく街路を歩んでいく。
他のカップルと比べれば、若干、年齢差が目立つ二人だったが、それでも美男美女ということに変わりはない。
目の保養になるような、理想の男女であった。

「…派手すぎ」

ユンは皮肉をこめてそう呟くと、今度は柵に背中を預け、もたれかかるようにして腕を組んだ。
そしてひとつ溜息をつき、手首につけたデジタルの腕時計を見遣る。
ちょうどPM21:30。

「あと10秒」

ユンはさぞかし暇そうに、ふわぁ…と欠伸を繰り返す。
目尻に涙が浮かんだので、シャツの袖でふき取った。
その時———————————…


バアアアァァァン!!


夜の街に、大きな破裂音が響き渡った。

「おい、爆発したぞ!」
「何が起こったんだ!?」
「早く、早く救急車を呼べ!人が燃えてるぞ!」

人々のわめき声、叫び声が小さく聞こえる。
あまりにも唐突すぎるその出来事に、皆、あわてふためく。
マンションやビルからは人が続々と状況を確認するためにベランダに出ていた。

「…——そんなに驚くことかねぇ」

そんな中、ユンだけはひとり落ち着いていた。
ベランダに出ているにもかかわらず、先程のように街を見下ろすこともしない。何が起こっているのか、気にも留めない。
ただ極端に冷たい瞳で、今までと変わらずにシャンパングラスを指でいじっているだけだ。

「——…午後9時30分23秒、ウェイバー通りにて、ゴミ箱に取り付けられた爆発物が起動。範囲はおよそ半径6m。死者2名、重軽傷者5名の被害」

彼は瞼を閉じ、まるで暗記物を唱えるように、息継ぎもせず、すらすらと言いのける。
そしてようやく柵から身を乗り出し、つまらなそうに夜の街を見下した。

そこに、先程までの美しい夜の街はなかった。
辺りは赤い炎で包まれ、何かのガラス片が散らばり、月光に反射して煌めいている。
泣き叫ぶ子供や、男たちの消火活動が嫌に目につく。
パトカーの音が遠くから響き、人々が怪我人を囲んで、それはもう地獄絵図の様だった。

ユンは再び瞳を伏せて、苦笑する。

「ほら、全ては予定通り。…今日も順調に世界は予定調和で成り立ってる」

彼は柵に片方の肘をつき、手に顎を乗せると、もう片方の手でシャンパングラスを大きく傾けた。
赤い街に降り注ぐ、ゴールドの滴。
ユンは、空になったシャンパングラスをベランダの地面に叩きつけると、そそくさと部屋に入って行った。

Re: Omerta-オメルタ- 【凡プロジェクト】 ( No.29 )
日時: 2011/07/15 18:41
名前: 凡(ぼん) (ID: w/qk2kZO)

「つまらない、つまらない」

ユンは諦めたように、リズミカルに呟くと、目の前のソファにズトンッと座り、大きく伸びをする。
すると、何かに気がついたのか、リラックスしていた身体をピクリと反応させ、目を見開いた。
背後に、人の気配がする。
けれども、ごく自然に、ちらりと振り返ってみても、そこには何もいはしない。
ユンの顔つきが変わった。

「———…ニエンテか」

低く、問い詰めるように言う。
しばしの間、何も変化はなく、外からはまだ人々の声が聞こえている。
カーテンが揺れ、夜風が部屋に入ってくる。
ゆらり、ゆらり、ゆらり、カーテンがめくれていくたびに緊張感が高まる。
突風が吹いたのか、カーテンが大きく舞い上がった———…その瞬間、ひとつの影が浮かび上がる。

「ごきげんよう、ユン君——…よくわかりましたね」

現れたのは、白髪の青年だった。女性と見まごうほどに整った顔立ちを微笑ませ、耳に心地よいテノールの声音が響く。
白い燕尾服と、同じく白の靴を身に付け、なびくカーテンの合間からすっとユンの方へ歩み寄る。
ユンは迎え撃つように真剣な顔つきに変わったが、ソファから腰を上げる気はないようだった。

「どうしてお前がここにいる」

ユンはひどく突き放すような言い方でニエンテを睨む。一方、ニエンテは表情を変えずに静かに答えた。

「…むかし懐かしい友人に会うことに、理由はいりますか?」

「いるね。こっちはアポイントメント制なんだ。…それと、なんだ?友人?オレが?…『オレ達』はそんな甘っちょろい関係じゃねえだろ」

ユンは肩を落として両手を挙げた。ニエンテは腕を組むと、ふいに笑う。

「ああ、それは失敬。ですが、年中暇人の貴方に予約を取るまでもないでしょう?今、この瞬間も、貴方に他の予定があるとは思えませんしね。…友人の件は…わたしの思い込みでしたか?『わたしたち』は共に血を分けあった仲ではありませんか」

「きもい言い方すんな、あと話が長い」

ユンは相当いらついているようで、眉間にしわを寄せたまま奥歯を噛みしめる。

「それに、こっちも忙しいんだよ…そう見えねえかもしんないけど。日々、<未来>は変わるんだ。毎日、おちおち休めやしない」

「…貴方の未来予知のオメルタ≪異能力≫は今も健在、というわけですね」

「おうよ。…あんたの透明人間変身能力も相変わらずなようじゃねえか」

「せめてインビジブルのオメルタ≪異能力≫、と言ってください」

「あぁ?どっちも変わんねえだろ」

ユンはわざとそっけない振りをし、ソファに向かい合うテーブルからシャンパングラスを掴み取った。
そして並んで置いてあった赤ワインのボトルを大げさな手振りで開けると、豪快にグラスに注ぐ。

「で、本題は何なんだ?」

ユンが聞くと、ニエンテはゆっくりと話し始めた。

「本題、というほどのことでもありませんよ。ただ、こうして珍しく『わたしたち3人』がイタリアに揃ったんです。…何かの予兆ではないかと、少々疑問に感じまして」

「予兆、ね。あいにく、俺の視る<未来>は変動的なんだ。特に、お前とアイツが関わる出来ごとにゃ、お手上げさ。数分単位でしか予知できねえよ」

「それは、同じ血から生まれたオメルタの者<異能力者>だからですか」

「知らねえ。でも、そういうことなんだろうな。バーナスの血を受け継いだ唯一の生き残りだからよ、オレ達3人は」

ユンはぐいっとワインを飲みこむと、またもや空になったグラスを手でいじり始めた。

「それで?…他に用事がなけりゃ、さっさと帰ってくれ。お前の能力は嫌いなんだよ、この覗き魔が」

「失礼ですねぇ。…ですが、」

ニエンテは静かに辺りを察知する。

「そうですね、もう、帰ることにします。…先程から、噂の『もう一人』の殺気が痛いので…」

彼はそう小さく呟くと、ベランダに移動する。そうして、未だに微弱ながらもなびいているカーテンを潜り抜けると、もういちどユンに向かって微笑んだ。

「また、会えることを願っていますよ、ユン君。——————…それと、トレモロさんも」

最後に優雅に手を振ると、徐々にニエンテの身体が消え始める。
空に吸い込まれるように、風にかきけされるように、極小の粒子となって、ついには何もなくなる。
そこにあったのは、無、だった。

「…案外、いさぎよく帰ったな、アイツ」

帰れ、と言われてやすやすと帰る男ではなかったはずだが。ユンは疑問に思いながらもういちどワインをグラスに注ぎ直した。
すると、なぜだかテーブルに置いておいたはずの飲みかけのワインの瓶がなくなっている。
摩訶不思議、奇奇怪怪。ユンは目を見開いたが、ニエンテの言葉を思い出し、気が付いた。


   …先程から、噂の『もう一人』の殺気が痛いので…


   また、会えることを願っていますよ、ユン君。——————…それと、トレモロさんも


ユンは今更になって、勘付かなかった自分を恥じた。
ニエンテにはわかっていたのだ、この部屋に存在した『もう一人』を。

「トレモロのやつ、生きてやがったか——…まァ、爆発なんかで死ぬ男じゃねえとは思ってたけどよ」

トレモロのオメルタ≪異能力≫を思い出して、舌打ちする。

「あの酒、高かったんだぞ、この酒ドロボーめが」

今はもういない彼に罵倒しながら、ユンはひそかに口元をほころばせた。




一話〈完〉