ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: マンデルブロの傍観者 ( No.2 )
日時: 2011/06/19 16:59
名前: ロジック豆腐屋 ◆NQvQVKeIHQ (ID: 3CNtvX8U)
参照: クソ厨二病

Clock2 破格的インディゴブルー


時は満ちた。
滴る水滴の音は静寂の中響き、木々の梢が風に鳴る。
水滴の音とは違い、独創的な木々の匂いが鼻孔を擽る。
空を見上げてみれば、群青色に光る月が青々しい光を放つ。
月明かりは我を照らし、聞こえるのは木々が揺れる音と、小動物が駆け抜ける小さな音のみだ。

「しかし、王国から逃げ出して来たのは良いものの、逃げる場所が無いのは事実。果たして、私はどうすればいいものか。」
我を妨げる者は、現時点では存在しない。良い事だ。
だが、同時に目標は失った。もちろん目標以外にも、失った。
簡潔に言えば全部を失った。

「ふぅ……静かな夜は良いものだな。王国は騒がしかった。喧騒とは離れ、静寂を求める旅もなかなか粋なものだ。」
コトン、と音がした。床に何か物を置く様な音。
ここは草原と同じで木々が茂る。平面的な床など以ての外。
別種の音は段々と近づいてくる。その音は耳朶に響き、静寂を邪魔する。
同時に草を踏みしめる音も聞こえた。一体何が近づいてくるのだろうか?私は少し疑問に感じた。
あたりを見渡す。月光が無ければ、暗闇同然の森林を見渡しても、何も発見する事はできないだろう。

「邪魔だ、そこを退け、異人よ。」
我の静寂を邪魔した正体は、鎧を被った大きい男。
声は野太く、熊を連想させるほどだ。
コトン、という音の正体も判明した。ガントレットに剣が当たっている音だった。男はなおもそれを続ける。

「異人とは失礼な口ぶりだな。我がこの森の人間ではないと、即座に判断できるのか?」
私は多少煽ってみた、が。反応はしない。ガントレットの上に持たれている長い剣を見るたび、私の目が泳ぐ。

「ヘルベルト王国。」
その単語に私は身が凍るのを感じた。この男、まさかヘルベルト王国からの使いか。
クソッタレ。思わず舌打ちをしてしまった。王国から逃げて早二週間。こうも素早く捕まるとは予想していなかった。

「王国からの使いか?それなら、全力で叩き潰す。二度とあの王国…いや、地獄に戻りたくなど無い。さあ、死にたくないなら背を向けて帰れ。」
私は焦ったせいか、より相手を挑発する口調になってしまった。酷い焦燥感に陥った私の身は、すでに動かないほどガチガチになっている。
近くに置いたレイピアをそっと手に取り、鎧の男を睨みつけた。
やはり反応はしない。大きな兜をかぶっている故か、こちらを正確に認識できているのだろうか?

「まあそうカッカするな。安心しろ。王国からの使いではない。……貴様に殺された父の恨み、今晴らしてくれる。」
何を言うかと思えば、すぐに私の記憶が甦った。
嗚呼、王国に仕え、王国を信頼し、王国こそ全てと誤認していた時期の事か。
初めて出された任務は、城下町に住んでいる、王を批判する一つの男の命を奪えという任務であった。
その時は、初めての任務だったという事もあり、胸を躍らせながら、変装しその男の住む家に入った。
やけに静かだったと思えば、母子が外出していた。実に幸運だったのであろう、私はすぐに任務遂行を目指した。
嗚呼、白昼の中、クロマキドクガエルの唾が塗られた短剣を懐から取り出し、男を探す。
床を踏むと同時に鳴る、軋む音が癪に障ったが、気にしなかった。
寝室に踏み入れると、男は安からに寝ていたのだ。これは絶好のチャンスといえるだろう。
私は毒を塗りたくった短剣を、心臓めがけて突き刺した。
睡眠中だったので、悲鳴なんてものは聞こえなかったが、男が泡を吹き、ベッドの上にたたずむ姿は非常に痛々しいものであった。
それから八年ほどの年月が経て、王国への信頼は薄れ、逃亡した頃。
後から聞いた話だが、あの男は一人の子供と母親を持っていたという。

「……そうか、私は王国を信頼していた頃に、君の親を殺していたのだな。悪かったよ。しかし、たった一つの命を失うほど、私は優しく無い。この場から消えれば、命は取り留めてやろう。さあ、どうする?だてに王国に仕えていない、剣の腕は1位2位を争っていたなぁ。」
一つの命を失うはずなどない。圧倒的不利な立場に置かれていたのは、鎧の男であった。