ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

姫は勇者で魔法使い。 ( No.1 )
日時: 2011/09/06 18:49
名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: yjIzJtVK)

「姫様ー! どこに隠れていらっしゃるのですかーッ!?」

窓の外からわらわを探す黒い燕尾服を着た黒髪の若い男——実際に執事であるオルドルの声が聞こえてくる。

高貴な家系に産まれたという理由だけで、どうして妾が小難しくて理解させてくれるような配慮すら見せぬ勉強をせねばならないのじゃ……!
教える側は「コレが無いとジェットコースターは生まれなかった」など生徒が食いつきそうなことを言ってくるが、絶叫系が嫌いな妾にとっては逆効果となっている。
しかも、この国の全員がジェットコースターの制作をする仕事に就くはずがないし、そんな話を聞いてその職業に就こうと考えるような者もまぁまずいないだろう。

「クロヌ! 姫様は見つかりましたか?」

オルドルが少し焦ったような声で、クロヌと呼ばれた毛先が少しはねている銀髪や針金のようにしなやかで筋肉質な肉体を持ち、その体躯を限界まで生かしきれるであろう武器の大太刀を背負っている騎士に問いかけた。

「いや、見つからない」

クロヌからも芳しくない結果が返って来たことに、オルドルは少し困ったような表情をする。

クロヌが駆けつけ、僅かながらも移動してくれたおかげで、2人の立っている位置まで観葉植物等の障害物がなくなり、表情の細部まで見えるようになる。
これで、現状が今まで以上によく分かるのぅ……。

「困りましたねぇ……。 まさか、こんな小さな時計台に隠れているはずはありませんしねぇ……」

オルドルが現在、妾が隠れている無駄に威厳があふれ出ている雰囲気の焦げ茶色の大きな置時計を見て、そう呟いた。
まさか、既にばれておるのか……!?

「いくらミニマムサイズといっても、それはないだろう」

オルドルとクロヌが主である妾が側にいないのをいいことに言いたい放題言う。
確かに、妾は標準よりも背が低いが、ミニマムサイズでは断じてない!!
ミニマムサイズというのは、顕微鏡を通してやっと見えるか見えないかくらいのサイズではないか……!!
勉強していないから、正しいところはさっぱり分からないが、多分合ってるはずじゃ。

「ミニマムサイズではなくミクロンサイズですよ」
「そうだったな。 顕微鏡を通して、やっと見えるか見えないかの大きさだったような気がしてきたぞ」

ミクロンの解釈は合っていたようじゃな。
クロヌも間違えているという可能性はあるが、おそらく、大丈夫であろう。

そんな妾の心配が杞憂に終わったところ直後に、オルドルとクロヌが、さっき以上にメチャクチャなことを言い始めて、妾の悩みを増やす。
これは新手のいじめか何かじゃろうか……?

「という訳で、ミニマム様。 時計台から出てきてください」

そう言って、オルドルがこちらへ向かい、コツコツという足音を立てて歩み寄ってくる。
そして、流れるような動作で時計台の扉を開く。

「違うぞ、オルドル。 ミクロン様だろう? さっき、自分で言っていただろうが」

クロヌが、背中に背負っていた光に反射して金属特有の鈍い光り方をしている銀色の大太刀を床に降ろしながら言った。

「おい、コラ。 使用人共! 妾はミニマムでもミクロンでもない! サフィールじゃ!!」

一応、主の尊厳という者があるので、調子に乗っている執事兼教育係のオルドルと国直属の騎士団員兼妾の護衛であるクロヌに向かって怒鳴る。
これで、2人も大人しくいうことを聞いてくれる筈じゃな。

「「ハッ」」

事前に打ち合わせをしたのではないかと疑ってしまうほどに、ピッタリとタイミングが揃った状態で鼻で笑う。
……しかも、妾が喋り終えてから一瞬も間を開けずに。

「おい、聞いたか?」
「えぇ、聞きました」

2人が美しい造形の顔に黒い笑みの表情を浮かべる。
どんな悪魔たちでも、ここまで極悪な笑みを浮かべることは無いと思う。

「で、馬鹿」
「サフィールじゃ!!」

主に対して、無礼な暴言を吐いてきたクロヌに再び怒鳴る。

「勉強に戻れ。 選択肢は『はい』か『イエス』の二択だ」

妾の声を無視し、クロヌが問いかけてくる。
「はい」か「イエス」……。 どちらに転んでも究極の二択じゃ……!!

「ダメですよ、今すぐに勉強部屋に戻っていただきます」
「何だ? お前がここまで強制するなんて珍しいな」

クロヌがオルドルに尋ねる。
言われてみれば、オルドルは他の使用人と違い、今まで、多少のサボりは見逃してくれていたしのぅ……。

「多少」じゃがな……。

「『温水おんすいプール』という字を『ぬくみずプール』と解答した時点でわたくしの堪忍袋の緒は切れております」

オルドルが、片手に持った昨日か一昨日辺に妾が受けたテストの解答用紙を目の前に突きつけ、さっき以上の黒い笑みを浮かべ、そう言い放った。
この件については全く関係ないクロヌまで威圧されていたのは気のせいだと信じたい。