ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

姫は勇者で魔法使い。 ( No.89 )
日時: 2011/10/03 21:55
名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: Hfcg5Sle)
参照: 第2話、スタートなのぜ!

【月兎】

「ふぅ……」

極東に位置する国、日本。
その国のとある城のような建物——『兎月とつき』の本部の一室でのこと。

そこで、淹れたてでまだ湯気が立ち上っているココアを片手に一息ついている男性がいた。
年齢のほどは20代前半に見えるのだが、実際のところ、彼はゆうに4000年以上の時を生きている。
つまり、彼は人型をとっているものの人ではないのだ。

「この置き手紙の主は、ワタシにどんなりあくしょんを要求しているんだろうネ?」

その男性はココアの入ったコップと逆の手に持った手紙を眺め、カタカナが片言になるという不思議な癖のある喋り方で独り言を呟き、もう一度、溜め息を吐く。

その手紙には、男性と思わしき筆跡で「可愛い可愛い甥っ子達とその息子やペットエトセトラは俺が責任を持って面倒を見る。 彼らは家出したわけじゃないから安心しろ。 必要があれば、連絡をよこせ」と偉そうな口調で書かれていた。
彼は少し逡巡した末に、机の上に置いてあった固定電話の子機を手に取り、先の置き手紙の主の携帯番号を押す。

『俺だ』

受話器の向こう側から手紙と同じく偉そうな態度の低いトーンの声が響く。

「もしもし、フランくんですか?」
『そうだ』
「義孫と曾孫だけでも帰してもらえません? 他は……まぁ、追々」

電話から聞こえた声を確認してから、要求を述べる。
「義理の孫と曾孫さえ帰ってくれば、他は構わない」という意志が垂れ流しになっているが、そんなことは日常茶飯事のため、誰も気にしない。

「ダメだ。 むしろ、お前の義孫が一番好きだ」

告白ともとれるようなセリフが受話器の向こうから、伝えられる。
それに対して、彼は大きく溜め息を吐き、一方的に電話を切る。

今さっきの電話相手は一度決心すると、なかなか引かない質の奴だと分かっていたから切ったのだが、これでは義孫達が帰ってこないことに気がつく。

「はぁ……。 しょうがない、ワタシが迎えに行きましょうか。 半封印状態にある義孫を起こされても困りますし」

彼は椅子からおもむろに立ち上がる。
そして、机のそばに立てかけてある黒いステッキをつかみ、スタンドにかけてあったシルクハットを被る。

どういう趣味なのかは分からないが、シルクハットには兎の耳を模したものがついていて、傍から見れば110番ものの不審さを醸し出している。
彼の容姿自体は、少しはねている茶色いの髪、優しげな瞳、泣きぼくろ、黒いスーツ、焦げ茶の革靴と普通なのだが、腐槌と同じく一点だけが可笑い。

「さぁ、迎えに行きましょうか」

そう言って、突然立ち込めた霧に隠れ、彼はその場から消えた。