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Re: 風プロ パラノイア 〜Ep2へ移行 アンケ実施中 ( No.171 )
日時: 2011/08/30 18:19
名前: 風猫(元:風  ◆jU80AwU6/. (ID: COM.pgX6)
参照: Ep2本格始動! 

Episode2

Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part1


  意気揚々、夢に溢れて……軽い足取りで、そう、前へ進めるのは何も知らないから?——

  意気揚々と彼等は、夢を見て足を運んだ。
  此処は、昨日も通った場所。 そう、磯の香り漂うカエルゴの街のギルド。
  先頭に立つ金髪碧眼の青年、トレモロがギルドの扉を開く。
  その先に有った光景は、彼等の夢と希望、昨日の夜の間に立てた即席の覚悟を崩すには十分なものだった。
  宿泊施設から此処までの道中でも昨日と比べて重い空気が、流れていたのは気付いていた。
  しかし、通行量自体が多くモブの人間も存在した道中と比べ其処は、遥かにその湿度が明確なのだ。
  昨日、初めて入ったときにあったあの陽気な雰囲気は、其処には微かにも残っていない。

「もう、駄目だ……たった、一日でこうなるか!?」
「畜生! 何で、ゲームでこんな思いしてんだよ!?」

  幾つもの悲嘆の念の滲んだ言葉。 慟哭するように絶叫する者。 双眸に大粒の涙を潤ませる者。 不のスパイラルが満ち溢れているのが手にとる様に分る。
  昨日から行動を共にする彼等は、尻込みし後ずさりした。 
  しかし、そんな彼等の動きを初心者専門の受付嬢であるノーヴァは見逃さない。

「逃げるのですか? 逃げて……生延びられるとお思いですか? 貴方達人間は、生きていくために衣食住が必要でしょう?
お金も無しにそれを成せますか? 立場を状況を弁えるのなら逃げる事は出来ないのはお分かりでは?」

  冷淡な口調で淡々と事実を警告する。
  それは、全て紛れもない事実。 昨日より定められた事実だ。 外の世界の事はどうなるのか。 危険な任務を行わずに、物作りなどして凌ぐ事も出来るのではないかなど、色々と疑念は湧くが、恐らくは、不可能なのだろう。
  何を造るにも自分が集めた物を材料にしなければ製造権は、発生しないと明記されている。 
  少なくとも危険の有る場所に赴かなくてはならないのは確実。

「あぁ、お前らが来なければ……」

  何をする気力も無いようにくたびれた表情の四十台程度の忍の男が、トレモロたちを睥睨してくる。
  しかし、殴りかかるでも何するでもなく直ぐに俯き、「あぁ、あんた等が悪いわけじゃないのはわかってるんだ」と反省するように、消え入るような声で誰に言うでもなく言う。 そして、木造りのテーブルに置かれたジョッキの柄を握り一気に酒を口内に流し込んだ。
  大切な人を失ったりしたのだろうか。 悲痛にくれる人々の姿を見てそう悟る。
  痛みを感じ、死を実感するゲームへとレートを上げ、アストラルはパラノイアへと名前を変貌させた。

「何人、死ん……だ?」

  カウンターの近くまでいきトレモロは、消え入るような声で目の前の女性に問う。
  彼女は、色の無い双眸に僅かに剣呑な気配を滲ませる。 そして、肩を震わせながら重い口を動かす。

「二百人です。 単純計算では二年で十四万が死ぬ計算になりますね。 否、昨日は一夜しかなかったので……更に」

  淡々と述べている。 声音は淡々としてると言った方が正確か。
  しかし、彼女の表情と本来では、口にしなそうな予想の範疇の情報。 それが、彼女の焦燥感と心境を語る。
  顔色が蒼白としている。 直ぐ横に居るリノアが、心配そうに顔を覗く。

「もう、良いよ……無理するなって」

  その様子を自分が質問した手前だと言い聞かせ静観していたトレモロが、制止する。
  予想以上の人間が一夜にして死んだ事への絶望と憤慨は確かにあった。 
  しかし、それ以上に目の前で震える女を彼は、容易く許してしまった。
  それ程の人数が死んだのは、彼女たちのサポートの不届きが原因なのだろうと罵倒したい人間は多いだろう。
  だが、直接、仲間や友を失っていない彼は、其処までに鬼畜には成れなかった。

「所で……あの今、このゲームをプレイしているユーザーさんって何人居るの?」

  
  薄紅色の綺麗な双眸をキラキラと輝かせながらトレモロと凡の間から少女が顔を出す。
  妖だ。 彼女は、知的好奇心が強く興味の有る事を直ぐ聞きたがる人間らしい。

「今、現在、十五万名が当オンラインゲーム パラノイアのユーザーIDを所有しています」
「ふーん、ってことはこのままのペースで行くとほぼ全員死ぬのですね。 嫌だなぁ……死ぬのは」

  質問した彼女は、静かにノーヴァの言葉を聞く。
  それを聞いて死者数の予想をして居た時のノーヴァの表情が、相当に逼迫していた理由を察し胡乱げに目を潜める。
  そして、素直に感想を述べどうすれば死なないだろうかと言外に問う。

「恐らくは、安全を第一に行動する事が前提に置かれるようになると思います。
皆様、どれだけ慎重になればいいのか掴みあぐねていたのでしょう。 是からは……」

  今回の失敗を糧にし今後は、死者の数も減衰して行くだろうと言う見立てをノーヴァは、言う。
  その言葉に希望的観測の様な物が有るのは、感の鋭い妖等は、直ぐに理解できた。
  しかし、何を理解できた所でこのゲーム内から逃れる事は出来ないと考えその希望的観測を受け入れる事を妖は、決める。

「そうですか。 じゃぁ、次に……私達の体は、今一体どうなっているんですかね? 昏睡状態だとヤバイのでは?」

  思案気に口元に手をあて先鋭的と言っても良いほどに目を背けながら彼女は、更に受付嬢に問い掛ける。
  それは、昨日も出てきた問い。 昨日は、有耶無耶にされたがどうしても気になるのが彼女の中の実情だ。
  何せ、もし、此処で二年生延びても帰るべき肉体が無ければ何の意味も無いのだから。

「それは、ご心配無いと……」
「言葉だけじゃ信用できないよ。 せめてどのような対処をしているか……聞かないと」

  はぐらかす様に言うノーヴァに、彼女は、冷たく警告する。
  其れに対し当然の反応だとノーヴァは、嘆息し説明を開始する。
  どうやら、ゲームの中で精製された人間の脳を解析するシステムを利用しているらしい。
  それは、その人物の記憶を解読し通常のその人物の思考や感情、思考をそのまま肉体や言葉に投影させる事できるとのことだ。
  詰り、仕草や行動、信念など通常のその人物を完全に演じきる。 他人には分らないほどに精巧に操作する。
  俄かには信じ難い話に騒然とする。 そんな技術は、明らかに現在科学の領域を超えているのではないか。  
  そう、疑念を感じたときふと思う。 あぁ、この痛みを感じるゲーム自体が完璧に浮世を逸脱しているのだ。
  このゲームを造ったものが何を出来ても可笑しくない。 
  そう、心に言い聞かせることが出来るほどにこの世界観は、精緻でオーバーテクノロジーの祭典と言えた。

「凄いな……肉体の方は安心だ」

  少し皮肉を篭めて妖は、色気の有る伏目を造りお辞儀をする。
  お辞儀された彼女は、剣呑とした表情を解かない。 どうやら、昨日の発現に対する多くの反省があるのだろう。
  彼女は、この事を話していないし普通にプレイすれば先ず死ぬ事は無いだろうと楽観的に言ってしまったのだ。

「まぁ、兎に角、余り悲しい顔しないでよ? 是から死地へ向かう夫を見送るような目って言うの?
正直、不安に成るだけなんだよね? ほら、アンタさ……美人なんだし受付さんなんだし……笑いなよ? 気が滅入る」

  ひたすら暗い表情の彼女を見続けていた妖は、ついに渋面を造る。
  そして、彼女の事を笑顔であるべき立場なのだからと笑う事を促す。
  其れを聞いた彼女は、小さく浮き出る涙を拭う。
  そして、容姿的に自分より明らかに若輩であろう妖に諭された事を恥ずかしく思いながら微笑む。

「ありがとう」
「んっ、良い顔してる! やっぱ、美人じゃんアンタ!」

  素直に感謝の念を口にする彼女に妖は、お世辞の欠片もない声音で褒め称えた。
  唯単純に、異性からみても美しい彼女の美貌を。 此処に、ノーヴァと妖の奇妙な関係が生まれる事は誰も知らない。
  そんな事は露知れず聞きたい事を一応全て質問した妖は、カウンターから立ち去る。

「じゃぁ、兎に角……えっと、焔錠さんどこ?」
「はっ?」

  他に質問が有る者が居るかを一しきり確認したトレモロが、口を動かす。
  その彼の口から発された質問の余りの突拍子の無さに一同は、瞠目し異口同音に声を上げた。
  ノーヴァなど声を上げる事もできず普段は、冷静そのものなクリスタルの様な瞳を大きく見開き驚愕するばかりだ。

「トレモロ……お前、其処まで本性は女な男の子に興味が有るのか!?」

  トレモロとチームを組む凡が、凄絶な笑みを浮かべながら容赦ない拳を顔面に浴びせる。
  彼は、何か少し嬉しそうな表情でそれを受け倒れこむ。

「喜んでましたね?」
「天性のドMなんですよトレモロは! ノーヴァさんも溜ってる時は、殴ってやってください!」

  一切の手加減無い痛打に彼は、満面の笑みを浮かべた瞬間に昏倒。  そして、数秒の間、床に臥しビクビクと痙攣した後、立ち上がる。  そんな様子を見てノーヴァが、引き攣った表情で凡に問う。
  凡は、苦笑いを浮かべながら辛い時は、目の前の男でストレス解消すると良いでしょうと推奨した。
  それを聞いた彼女は、「仲が良いのですね?」と、微笑ましげに頬緩めて笑う。
  
「グッドスマイルです姉さっ……ベバッ!」
「五月蝿い。 黙れ」

  立ち上がり透かさずノーヴァを抱かかえようと猛進する変態。 
  それからかよわき女性を護ろうと凡は、遠慮の欠片も無い蹴りを幼馴染の胸板にヒットさせた。
  其れを見た彼女は、これ以上やると此方の日常部分で死にかねないと危惧し仲の良い夫婦喧嘩を制止する。

「はぁはぁ、違くて、本当に……純粋に気になったから聞いてるだけで」

  ほとぼりも冷めた所で荒い呼吸を整えながらトレモロは質問を繰り返した。 
  本当に、あの人物を気に掛けているのだと言う事が、心配そうな表情からも分る。
  一時的とは言え一緒に組んで行動して居たのだから動向が気になるのは、当然の事なのだろう。
  そう、ノーヴァは、推察し焔錠の昨日の動向の一部始終と今の精神状況を伝える。
  精神状況については、昨日ストレンジアに連れられてきた意気消沈した彼女を目撃した程度だから実は、分りかねるのだが。

「成程! 癒しが必要ってことだな!」

  そう、早合点してトレモロは、走り出す。 何処に彼女が居るのかも分らないと言うのに。
  愚かな行動を幼馴染が、叱咤する。 そして、此処に来た本来の目的は何かを問い質す。
  其れに対し彼は、絶望感漂う酒を漁るユーザー達の表情を一瞥する。 其れを見ると恐怖心が沸々と湧き上がるのだ。
  本当は、チュートリアルとて痛みを感じるのならやりたくない。 そんな、臆病な心が、彼を踏み止まらせる。
  切り立った崖に突進していくのは愚かと言うものだ。

「無力な者が、何を言っても言葉に力は宿らない物です。 
彼は、今回の過ちで自分の無力を呪い仲間を失う恐怖を味わっているでしょう。
ならば、発言に力を持つ程度の実績と実力を有さなければ」
「…………チュートリアル頼むわ」

  何もしないで逃げているだけでは前には進まない。
  ノーヴァの言葉は、其れを示唆しているように彼には感じられた。
  思いがけない鼓舞に彼は、立ち止まり彼女を見詰る。 彼女が照れ臭そうに顔を赤らめる。
  立ち止まっていても仕方ない。 閉じ込められた。 此処でしばらく生延びなければ成らない。
  その為のノウハウを習得するのは速い方が良い。
  彼は、額に手をあて眼光を輝かせて務めて自信満々な声でチュートリアルの許可を取る。

「承諾しました」

  其れに対し受付嬢は、快く承諾する。 鬱屈として居た何かが、少し霧散した気がした。


                 甘い幻想は、打ち砕かれる為にあると天邪鬼が嗤う————


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