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Re: 風プロ パラノイア 〜Ep2 1-1更新 コメ求む!!! ( No.187 )
日時: 2011/09/08 23:22
名前: 風猫(元:風  ◆jU80AwU6/. (ID: COM.pgX6)

Episode2

Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part2

  水泡のように浮き上がっては、音を立てずに消えて行く……疑問の嵐。 人は弱い……それは、そう、教える————

「では、先ずはどのチームが挑戦いたしますか?」

  僅かに笑みを翡翠色の表情の無い瞳に浮べ怜悧な声で質問する。
  その質問に、トレモロは直ぐに挙手して答えた。
  カウンターの端の部分が、ガチャッと言う扉の鍵が開閉する時の様な音を立て開かれる。
  ノーヴァは、掌を上にしてチュートリアルの場所を示す。
  それに、彼と凡の二人は従う。 彼女は、その二人の後ろを歩く。  二十秒程度歩くと物々しい鉄錆びた扉が姿を現した。

「開けて下さい」
「行くぜ、覚悟は良いかよ凡!?」

  どうやら、その扉は、チュートリアルの受講者が、開ける決まりになっているらしい。
  その先に待つ未知を受け入れる覚悟が有るのかどうかを確かめると言う名目の様だ。
  トレモロの言葉に対して、彼の幼馴染である現実世界では女性である凡は、頷く。

「足、ガタガタさせて……ホント、男ってだらしないんだから! さっさと開けなよ?
後、五秒以上開けるのに時間掛かる様だったらチキンの称号が、めでたく手に入るぞぉ?」
「えっ? 俺のこと、蔑んで虐めて愉悦に歪んだ顔をして……マジ!? 最高に鬼畜素敵!」

  しかし、実は、肝心の取っ手を握るトレモロ自身が未知への恐怖を感じているようだ。
  チュートリアルなのだからそんなに、急な事態など有ろう筈もないのに。
  矢張り、普段は飄々としてる青年でも多くの人間が、短い間に落命とした事実を知れば尻込みもするということだ。
  その有る意味、現実的な恐怖との戦いをノーヴァはいたたまれない表情で覗いている。
  しかし、相方の凡はといえばそんなものは関係はなかった。 いつもと全く調子の違う幼馴染に苛立ちが抑えられないのだ。
  男らしさの欠片もない女言葉。 
  しかし、それは、低く脅しているような声で、彼に恐怖と同時に一種の変態的な感覚を覚えさせた。
  そんなこの幼馴染共にとっては標準的な会話。 彼女は、片目を覆うようにして嘆息しながらも見続けていた。

  へたれと罵られあられもない姿で泣き叫ばされたいからと彼は抵抗するが、結局は凡が扉を開いた。
  そんな二人の夫婦漫才に彼女は、「ふふっ」と、小さく笑い声を上げていた。 二人には、聞こえない様な声で。
  開かれた扉の先。 其処には、二人が、思っていたより遥かに殺風景な部屋。 正方形上で広さは一辺辺り五百メートル位と言ったところだ。 三人で居るにはいささか広い。 そして、配色は、殺風景さに拍車を掛けるような暗めのグレイ。
  気が滅入りそうだと正直、トレモロはげんなりしていた。

「其処まで、あからさまだと私が悪者みたいですね?」
「悪女!? えっ、クール系控え目美人な悪女!? やっぱり……ボガスッ!」

  彼の表情を一瞥しノーヴァは、少し呆れたような表情をしながら口を開く。
  そんな彼女の言葉に対して彼は、明らかに意味を勘違いしたようだ。 体を大きく動かし見当違いの事を口走る。 
  瞬間、何時も通りの凡の鉄拳制裁が飛んできて、彼女の狙い済まされた裏拳が左頬を打ち抜く。
 彼は、グラリと体を揺らしてそのまま、倒れこむ。 今日二度目の光景だ。 
  然程、何の感慨も沸かない風情の表情で彼の痙攣する様を少しの間見詰るノーヴァ。
  そんな彼女に、凡は捲し立てるように質問をする。
  チュートリアルとは、具体的に何をするのか? 戦う基本を学ぶのなら武器が、無いのだがどうすれば良いのか? そもそも、時間はどれ位かかるのか? 等々、頭の中に浮上した疑問を逐一一気に吐き出していく。

「チュートリアルは、任務即ちクエストにおける基本的な立ち回りや管理……武器の使い方や敵対者の能力の見極め方の基本などをレクチャーします。 武器は、手を翳し“装備”と言うと顕現されます。
最初は、大した武器は支給されていないのでご注意ください。 時間としては、この中では二時間近くの体感ですが外では、二〜三分程度ですので余りお気になさらず」

  凡の問いに彼女は、焦る様子も無く淡々と事務的な口調で答える。 其れに対してトレモロが、倒れながら質問を投げかける。
  二〜三分とは言えノーヴァは、カウンターから消えるのだから職務が滞るのではないかと。
  其れに対しての彼女は、自分は飽くまでパラノイアの中のアストラルをまかされた自立型プログラムに過ぎず幾らでも同じ人格のプログラムが、精製されるのだとまた、事務的に答える。 
  幾つもの同一のプログラムが決まった配置に立っていて情報記憶を共有している仕様の様だ。
  詰り、例えばあるギルドのノーヴァが、トレモロと話している時、違うギルドで凡と話していたとする。
  その場合、両方の記憶を蓄積する事になると言うことらしい。
  十五万人ものユーザーが居るのだ。 その一瞬一瞬の処理情報も相当の物だろう。 
  膨大な情報データを処理するキャパを受付嬢システム達は、それぞれ有しているという事が言える。
  そんな事を考えながらトレモロは思う。 となると、彼女達が従うメインプログラムはどれ程優秀なのだろうと。

「所で、この体勢、役得だよね? だって、ミニスカだと普通にパン……どぅおぶぅ!?」

  顔から倒れ込み地面と睨めっこ状態だった彼は、徐に体位を建て直し、草原で空を見上げるような感じの大の字になる。
  そして、妄想に耽っている時の様なぼんやりとした表情で呟く。 次の瞬間、ノーヴァと凡の強烈な踏付けが青年の腹筋を襲った。
  彼は、「ゲブッ」と、奇声を上げ口から泡を吹きながら意識を閉じ混濁の淵へと落ちて行った。

「装備! おっ、おぉ! 小太刀っぽい武器がっ!」
「武士の初期装備である小刀です。 
近距離戦に優れる近距離戦の基本知識と武士としての動作をマスターするには持って来いの武器です。
ひとしきり振るってみて下さい。 貴方の体の動かし方の癖などを確認します」

  時々、うわ言を発しながら痙攣する幼馴染を意にも介さず凡は、ノーヴァに言われた事を思い起こし武器を顕現する。
  驚嘆の声を上げる彼女をノーヴァは、母性に溢れた瞳で一瞬見詰る。 そして、直ぐに気持ちを入れ替え武器の説明をする。
  そして、彼女の特徴を見極めるために武器を適当に振れと命令した。
  少し厳しい語調に彼女は、顔を引き締め小刀を思う存分に振るう。 それをノーヴァは、冷静に観察し二分位して手を打つ。

「なっ何?」
「もう、良いですよ? 貴方は、振り下ろすより切上げる動作の方が速いみたいですね。 中々、珍しいタイプです。
そして、足がすらっとしている性か足元の動きが機敏な様です。 まぁ、まだまだ稚拙ですが……
兎に角、相手を撹乱し強烈な攻撃を与えることが出来ます。 おまけに武士なので装備品を整えれば守備力も相当の物となるでしょう
このチームは、凡様が、前衛を引き受け敵モンスターを引き付けトレモロ様が、標的の後ろを確実に攻撃するパターンが宜しいかと……」

  いきなりの衝撃音に驚いて凡は、取り乱し武器を落とす。
  そんな、彼女を咎める事はせずノーヴァは分析の結果を述べる。 良く見ているなと彼女は、驚嘆しながらノーヴァの話を聞く。
  そして、盗賊だから攻撃力は低いのは仕方ないが男が後方支援かと悲しい気分になり哀愁を帯びた目で幼馴染に目をやった。
  未だに苦しそうだが、時折漏れる独り言がやけに腹立たしいのでつい舌打ちしてしまう凡だった。

「それと、最後に……愛の巣はよろしいですが、当然クエストの成功率は、二人より三人の方が高いです。
一夜にして二百人が死にました。 貴方達は、このゲームから逃れられないという事実も再確認したと思います。
念には念を入れることを推奨します。 早急に新たな仲間を獲得するべきです。
出来れば、仁都様や月読愛様、朔様と言った遠距離攻撃型の後方支援タイプがよろしいでしょう。 
本来ならば貴方方にこのような痛苦を与えるのは我々としても本位では無いのですが……
申し訳ありません」

  その舌打ちを無視して彼女は話を続ける。
  どうやら、生延びる術を解いているようだ。 管理者としてではなく一人の人格あるプログラムとして。
  口調は冷淡そのものだが、肩が震え目が潤んでいる様を見ると心底、この状況に嫌悪を抱いているのが分る。
  そんな彼女を見て凡は、憤りを覚えたが所詮は彼女は、製作者の人形に過ぎないプログラムだと言う事を思い出す。
  それでも、出来うる限りのバックアップをするのが、このイカれたゲームの製作者に対する精一杯の抵抗なのだろう。
  凡は、彼女を攻める気にはなれなかった。

「まぁまぁ、なっちまった物は仕方ねぇって……何ていうか、本当に人間みたいですね? 悩んで世話焼いて……」

  人間のように思考し苦しみ心配し助け舟を渡そうとするその様。 凡は、それに哀愁の様なものを感じていた。
  愛情は抱けるのに愛し合えない。 抵抗を感じるのに反論できない。 意思のある奴隷と言うのは、本当に苦しい事だろう。
  耐え難いほどに。 彼女に意思を与えた存在は、外道だ……凡は、心の底からそう、思った。


  そんな頃、トレモロ達がチュートリアルルームに入室してからギルド内では一分程度が経った頃だ。
  新しくクエストを依頼する者達の邪魔になってはいけないと空きテーブルに腰掛けていた面々に掛けられる声。

「あっちゃぁー、予想はして居たけど暗いなぁ……」
「当たり前ですわよ? 一夜で相当の数の死者が出たのですし……いたたまれないですの」

  誰に向けられた訳でもない声だが、皆、この声の主達を知っている。
  凡が、このゲームに参加したいという感情を抱いた理由の一つである風とその相方である月読愛と野宮詩織だ。
  流石に、ギルドの陰鬱な空気に心を沈めているのだろう。 沈鬱とした表情が見て取れた。
  月読愛などは、瞑目し黙祷を捧げている。

「何しに来たんだ? クエスト受ける気!?」
  
  一斉に、声のしたほうに振り返る。 そして、一番、風の近くに居た玖龍が、声を上げる。
  珍しく心配しているようだった。 そんな、彼女の様子に気付いた風は、「心配してくれるの? 嬉しいな」と、微笑する。
  言いながら彼女の頭に手を乗せ撫で、この世界で生きていくためには、危険でもクエストをこなさなければいけないだろうと、少し不安を孕んだ表情で言う。

「そうですわ。 昨夜は、一日目ですし色々と実感が湧かなかったり判断が甘かったりしたのでしょう?
是から、皆様、気を引き締めるようになれば死傷率は一気に減るのではないかしら?」

  そんな不安げなチームの年長者を他所に手を併せ小首を傾げる如何にもお嬢様らしい仕草で愛が、フォローする。
  そんな彼女の姿を見て風は、何故か頬を赤らめる。 一方的な風の惚気に毒され玖龍は、溜息をつき机に向き直った。

「兎に角、心配してもらえるのは嬉しいよ。 何が何でも生きて帰らないとって気になれるからさ」

  風が、遠くを見るような表情で言った。
  それは、まるで死地に向かう軍人が、家族に相対するときの様な戦争映画のワンシーンの様な顔————
  より一層、その真っ直ぐな顔は、面々を不安にさせた。
  しかし、彼女らの言う事は事実で、それを止める事は出来ないことを皆が理解していた。
  
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