ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 風プロ パラノイア 〜Ep2 1-3更新 9/19 コメ求む ( No.200 )
- 日時: 2011/09/22 20:00
- 名前: 風猫(元:風 ◆jU80AwU6/. (ID: z8eW1f9u)
Episode2
Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part3
————恐怖しても後退しても……進まない。
進まぬ者は、後ろから迫り来る更なる絶望のアギトに喰われる……理解しろ、進むしか無いのだ————
「じゃぁ、リノアっち! 頼むわ依頼!」
陽だまりの様な明るい野宮詩織の笑顔。 それは、まるでこの空間に充満する沈鬱とした空気を吹飛ばそうとしているよう。
その空気に飲み込まれて前進する覚悟を揺さ振られないようにしているかのようだと、下級者用受付嬢リノアは、思った。
「うん、分った! じゃぁ、依頼用紙見せて?」
緊張しているのか、用紙の提示を忘れた野宮は、彼女の指摘にアタフタしながら用紙を愛から貰い提示する。
微苦笑を浮べ彼女は、以来の内容に目を通しOKサインして認定印を押す。
存外にあっさりとその行為は行われた。 少しは、助言や戸惑いの念が出る物かと野宮達は、危惧していたのだ。
しかし、彼女は、今の状況を理解し、自分たちのような底辺のプログラムではどうにもできないことも理解していた。
止める事は無意味。 金も稼がず唯、そこにいれば人は、何れ飢え死にする。
飢えて死ぬなら危険を犯し生延びる。 古今東西、人間はそうして生きてきた。
太古の昔、人間と言う存在が、この世に顕現した瞬間から。
「……止めるとかしない……の?」
唯、少しは、止めて欲しかった。 心配しているという素振りを見せて欲しかった。 野宮は、その感情を吐露させる。
それにたいしてリノアは、ニコリと笑みを浮べて、
「危惧したり引き止めるより後押しする方が良いと思うんだ? だって、負のスパイラルに捲き込まれたら嫌だろう?」
言う。 彼女は、リノア自身が自分たちのことを心配していないわけではないことをあらためて理解する。
唯、机上に振る舞い旅の祝福を願うことを選んだのだ。
心配性で真面目なノーヴァと長く付き合ってきたせいもあり、新鮮な感覚だったが、正直、そのカラッとした雰囲気が気楽だった。
「うん、あんがとっ! 行こうぜ愛、風!」
野宮は、リノアから認定証を貰い仲間達に向かい手を煽ぐ。 それは、野宮詩織なりの出発の合図。
言われなくても行きますよと、少し疲れた風情で嘆息する愛。 気楽そうな足取りで彼女へと歩み寄る風。
野宮は、そんな夫々のらしいリアクションを見てクシャリと無邪気な笑みを見せた。
慎重に、真面目にやれば大丈夫だ。 絶対、全員で帰る。 本心からそう願う。
クエストは、今までに七度ほど完遂したクエストだ。
任務名を「小赤竜の討伐」、彼女等のランクでは、最も容易い部類に位置するクエストだ。
赤竜などと言うと手強そうな印象を受けるが、その幼生体は、並のモンスターと遜色ない程度である。
むしろ、彼は、臆病者で敵の気配、すなわち殺気にたいする察知能力が極端に高いゆえ、遭遇するのが難しい。
下級者から使用可能な媚薬などの薬物を使うのがベターであり愛の得意分野でもある。
どの様に環境が変ったのか、余り無理をしないための肩慣らしのようなものだろう。
そのチョイスには、それなりの慎重さが漂う。
「愛、こう言うクエストだと重宝するよな」
「あら、どんなクエストでも詩織よりは、良い活躍しますわよ?」
三人は、颯爽と不安など臆面にも出さず歩く。
その間に交わされた雑談は、余裕が伺えた。 彼女らを良く知る面々は、胸中ホッとしたように肩を撫で下ろす。
「あっ、風さん! 一つ、質問……ノーヴァさんってどんな人!?」
突然、妖が声を上げる。
文脈の無い突拍子も無い質問。 それに、怪訝に愛は眉根をひそめるが、質問されたとうの本人は気楽そうに答える。
「そうだなぁ、一番、まともなんじゃないかな? 後は、そうだな……クールに見えて初心ですっ!」
「例えばどんな所が初心なの?」
妖は、風の初心と言うワードに過剰反応し更に突っ込む。
少し気圧されたように目を瞬かせるが直ぐに落ち着きを取り戻し、人差し指を絶て唇に当てながら風は続ける。
「そうだなぁ、何と言うか優しくすると直ぐに落ちちゃうお嬢ちゃん……みたいな感じかな?」
どこか遠くを見るようにして風は言う。
それに対して何か思いついたように、小悪魔的な妖艶な笑みを妖は浮かべる。
それは、あどけない彼女の容姿には、不釣合いな妖艶さが漂っていた。
「有難うございました。 本当にありがとうございました!
こんな唐突な問いに答えてくれるなんて風さんは、本当に人付き合いの良い優しい人ですね」
その笑みは、正対していた風でさえ一瞬しか認知できなかった。
すぐに、彼女の笑みは、いつものような無邪気で好奇心旺盛な子供っぽい笑みに戻っていた。
彼女は、立ち上がり風達に会釈して情報をくれたことに対する感謝の念を述べた。
『この娘、絶対、ノーヴァちゃんで遊ぶ気だな』
平常心を失うまいと心に言い聞かせながら風は、ノーヴァの今後の不運に一人、同情した。
同情する一方で彼女が、どんな風に彼女を弄り操作するのか何が狙いなのか、強い興味を感じた。
彼女は、何事にも目的を持って行動するタイプだと推断したから。
しばらく周囲を見回してもう、話しかけてくる人物は居ないということを確認すると風は、きびすを返し愛と詩織の間へと移動した。 その瞬間、リノアの声がした。
「…………妖さんって言ったっけ?
あまりお姉ちゃんをからかうとあたしが唯じゃ置かないから。 よろしく!」
妖に対しての忠告。 声音は優しいが、その目は笑っていない。
彼女は、それを確認し肩を竦めていた。
そんなやり取りを無視し三人は、目的地へと向かい歩みだす。
すでにここに来るまでに、必要な準備は整えてある。
一方、その頃、トレモロ達のチュートリアルは終盤へと突入していた。
彼も気絶から復活し武器であるナイフを手に握っている。 体力値の見方や道具の使用法の基本などを教わった後の光景。
二人は、トライデントと盾を装着したノーヴァを相手に、戦闘を繰り広げていた。
どうやら、ユーザーの精神、或いは魂が此方に組み込まれたさいに体力値の減りに有る一定の変化が生まれたのだと言う。
突然のプログラムの開闢によりデータ領域に不和が生じた。
それにより現実だと致命傷といえる損傷を受けるとそれが致命傷と誤認されるのだそうだ。
つまり、その大きな誤差を修正回復させるまでは、この電脳世界内で生延びるには、以前よりはるかな注意が必要と言うことだ。
彼らも彼女も真面目に最終審査に挑む。
「これで本番なら四回死んでます……目の前だけではなくもっと広範囲を見るように! 視野を狭めるは愚の骨頂です!」
「ぐっ! どうしても目の前の凶器に目が行くんだよおぉぉ!」
トレモロは、槍の一撃を回避した後のノーヴァの膝蹴りを喰らい倒れ込み槍を突きつけられ顔を引きつらせる。
それを見た彼女は、嘆息し空いての体の全てを観測するようにうながす。 しかし、彼は純粋だった。
まだ、刃物と言う殺戮の道具の存在感に飲み込まれて居たのだ。
それは間違えでは無い。 戦場での回避すべき第一優先事項は、より殺傷力の高い武力だ。
当然、打撃より刃物による裂傷の方が、人体にとっては脅威である。
「しかし、そればかりに捕らわれていれば結局は、複線を入れられ容易く崩れることになる」
甘くは無い。
相手は、ありとあらゆる手を使い殺しに来るのだと考えろ。
冷たい現実が、突きつけられた様な気がした。
いかに彼とて美人に殺されるなら本望だなどと解釈するほど自分の命をお粗末にはしていない。
彼は、頭を抱え懺悔する。 後悔する。 目の前の幼馴染に手を差し伸べたこと。 このげーむをすることを止めなかったこと。
しかし、全て理解していた。 ここから出られないと言う事実。 今更、喚いても自分たちが優位には居ないということ。
しばらく、頭を抱え続けたあと彼は瞑目し、奇声を上げ振り解く。 恐怖を。 無意味な後悔を。
そして、再び幼馴染を見詰め男の姿をしていても彼女は女性であり護るべき幼馴染だと心に言い聞かせる。
彼女自身もおそらくは、捲き込んでしまったと罪悪感を感じているだろう。
自分ばかりが壊れていて言い訳がない。 自分とて自分からこの血塗られたゲームに参戦したのだから。
「ガアアァァァアああアアああああアァァァァアああアァァァァあああぁぁぁああああアァァァァああアアあぁぁぁッッッ!」
殺風景な部屋全体に巨大な慟哭が響き続ける。
周りを厚い壁で覆われた無機質な部屋は、彼の咆哮を反響させ二人を瞠目させた。
「トレ……モロ? トレモロ……博樹!」
気がふれて可笑しくなってしまったのか。
訝ると同時に罪悪感が胸中を充満させていくのが理解できる。 体を脈動させて凡が、青年の名を呼ぶ。
最初は、ゲーム内での名前。 次第に、脳内の不安が形を成し呼びなれている名前に変化する。
「あぁ? 心配するなよ……覚悟したのさ。 絶望したら、渇望が生まれたのさ。 吹っ切れた。
ここから今すぐ出るのが無理なら楽しもうじゃねぇか! 生延びる術を見につければ……それなりに楽しめるんだろ?
何せ、ゲームも漫画も買い放題だぜ!」
彼女の心配を他所にトレモロは歓喜していた。 それは、無論、今の弱々しい羽虫の様な自分を鼓舞する意思。
口角をつりあげ嘲笑する。 このゲームを。 ふざけるなと叱責しながらはけ口を探す。
戦って生延びて帰る。 それしか無いのなら選択肢など最初からないのだ。
理解している。 だが、覚悟ができなかった。 しかし、彼は、この瞬間、唐突に本当の意味で理解し受け入れた。
諦めと生への執着。 それが、彼を……久島 博樹を強烈に突き動かした。
まるで映画や漫画の独裁者や殺人鬼がやるような馬鹿笑い。 何処かネジが、吹き飛んだような振る舞い。
それを見てノーヴァは、恐怖よりも侮蔑よりも生延びる光を強く感じていた。
「狂った世界なら狂うしか……無い。 ストレンジアさんの理論でしたか……本当なのかも知れませんね」
彼女の脳裏に浮んだのは狂気に彩られた悪魔。
今後、あの武士の男の様な変質者に変貌する者も増えるだろう。 なぜなら、それが人間の処世術なのだ。
人間は、環境により個を変質させる。 その環境が劣悪ならその劣悪な環境で生延びられるように悪意で武装するのが大勢だ。
彼女は、今は、それを許さなければならないと思った。 あくまで戦場の中ではの話だが……
——終わり無き憎悪は、理不尽から来る。 世界は、理不尽に彩られている。 理不尽こそ神なのだ——
⇒Part4