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- Re: 風プロ パラノイア 〜Ep2 1-4更新 9/22 コメ求む ( No.208 )
- 日時: 2011/09/26 20:19
- 名前: 風猫(元:風 ◆jU80AwU6/. (ID: z8eW1f9u)
Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part5副題『護るための代価』
————世界は、何事にも平等である。 人々がそれを感じぬのは。
世界の求める平等が万人が求める平等ではないからだ————……
エルティグマの動きには普段の戦いなれた天候と比べ、別段の変化は無かった。
何度も闘い行動パターン、どのような行動が出来るか。 どんな状況でどう思考するか、手に取るように分る。
驚くほど順調に戦闘は、進む。 相手の攻撃を確実に回避し痛打をくらわせていく。
竜と呼ばれる強固な肉体の持ち主の中では体が出来ておらず脆弱な部類に入るエルティグマ。
彼は易々と消耗し既に、眼に見えるほどに憔悴していた。 踵を返しまた、逃走を図る。
おそらくは、次に彼に追いついたときに勝敗は決するだろう。 彼女達は、そう、踏んでいた。
「逃しませんわよ! ポイズンティル!」
しかし、なるべくなら早く倒せた方が良い。 何しろ雨天は手探りのようなものだ。
モンスターは大概、状況により居住するテリトリーを決めているが、その基本的な雨天時の生息エリアが分らない。
つまり、一寸先は、見たい券の闇のようなものなのだ。
できれば、戦い易いことを確認できた空間で長く戦いとどめをさすのが望ましい。
遠距離攻撃に優れた愛が、爆撃孔雀より更に攻撃力の高い魔法による攻撃を試みる。
今、彼女が使用可能な最強の魔法。 毒々しい色の酸性の大量の液体を放出する呪文。
うねりを上げて放たれるそれは、エルティグマへと吸い込まれるようにして向かって行き命中する。
ジュワァッと音を立て鱗を焦がす臭いが充満する。
血抜きされていない肉が焼けるような一般人にはキツイ異臭が立ち込めるが、彼女達は慣れているのか物怖じ一つしない。
「ギガギャアァァァァァァッッッッ!」
痛みに体を脈動させ慟哭するエルティグマ。 動きを止めた瞬間に風と野宮詩織が近付き力の乗った強力な一撃を急所へと叩き込む。
頭蓋が軋む音が響く。 メキメキと言う音を立てる。 何度も打ち込まれる攻撃の衝撃に耐え切れず頭部が砕けたのだ。
それが致命傷となり竜の子供は、白目をむき小さく断末魔を上げ地面へと四つん這いになった。
少し脈動した後、それきり動かなくなった。 絶命したのだ。 狩りは終了した。
「やったな! 楽な部類の奴だったとは言えちゃんと生延びられたぜ!」
「そこっ! 当たり前のことで喜ぶな!ですわ粗忽者!」
対象の死滅が確認されると同時に風たちの脳内にクエストクリアの報告音が響き渡る。
生延びたという証明のものだ。 これがなった後は、敵の攻撃を受けてもダメージにならない。
筈だった。 長い間、このゲームに慣れ親しんできたゆえに彼女達の中にはその常識が根付いていた。
だが、否、だからこそというべきか。 悲劇は起こった。
完全に油断していた愛は直ぐ近くで地面が掘られている音を聞き逃していた。
それは、集中していなければ分らないような小さな音だが、普段の緊迫した任務の最中では聞き逃さない音。
勢い良くその穴から回転しながら突進してきたモグラのような魔物が、彼女の腹部、子宮の辺りをえぐる。
以前までのゲームならそれほどの損傷にならないはずのそのモンスターの攻撃。
本来のゲーム設定上でのダメージとしてなら千ヒットポイントあるうちの十程度の痛撃。
アストラル領土に生息するモンスターのうちでも最も攻撃力の劣る貧弱なモンスター。 ヒャラルの攻撃、
しかし、今の彼女には、否、彼女たちには、唯のそんな取るに足らないはずの雑魚の一撃が致命傷となった。
その一撃は、軽々と彼女の薄い肉体を貫通し。
「ぅっ!?」
愛は、激痛に表情を曇らせ小さく呻く。 それ以上は、傷が深すぎて声が出ない。
文字通り腹部に巨大な穴が開き大量の血が流れ出す。 えぐられた筋肉や内臓が散乱する。
頚椎と思しき部分が、露出している。 彼女は、口内から血を流し音も無く倒れこむ。
「愛? そろそろ帰ろうぜぇ……って? おい……何、やってんだよ?」
「あれ? 愛の腹部見て? 何か……おっきな穴が……あっああぁぁぁああっあっ穴……がっ!?」
程なくして風たちが異変に気付く。 野宮詩織の出発の合図に返事が無い。
普段なら「言われなくてもこんな湿気の強い所、長居は無用ですわ!」などと愚痴ているところなのに。
あのキーの高めの声が、返ってこない。 小さな恐怖が巡る。 それは、確実に大きくなっていき鼓動が高鳴っていく。
ドクンドクン。 このスリリングなゲームで感じる恐怖の脈動を遥かに上回る絶大な緊迫感。
振り返るまでのコンマ数秒が長い。 永遠のように。
その永遠のように長い時間。 二人の感情は同調していただろう。 チームとして結成はされていなくても長い間、気が会うからと言う理由で支えあった仲間同士だ。
愛が、何か不慮の事故で自分たちの知らない何かのせいで倒れこんでいると言う予感。 恐怖。
確認していない彼女たちにとっては死んだと決まったわけでも無いのに、喪失感すら鬱積する。
「愛……なんだよこれ……なんなんだよ!?」
言葉が出ない。 目に映る光景が理解できない。 なぜ、仲間が腹部に風穴を上げているのか。
血が、絨毯のように大量に流れているのか。 生気の無い土気色をしているのか。
そして、逡巡する。 ゲームクリアの報告後の話なのだ。
つまり、彼女らの常識の中では、何が起こっても傷はつかないはずなのだ。
彼女達は知らない。 ストレンジアに冬音が殺されたのはゲームクリア後であることを。
多くのプレイヤー達がゲームクリア後に命を落としたという事実を。
「とにかく、とにかく、速く町に戻って……愛! まだ、生きてる! 息微かにしてるからッッッッ!」
状況を理解できず戸惑う風。 務めて冷静に彼女は、愛の脈を取り呼吸を確かめる。
しかし、その冷静な行動も彼女が、愛に情を持っていてこそのものだった。 口調に冷静さは無い。
彼女の悲痛な叫び声にハッとなり詩織が、顔を上げる。
右手を握り拳で翳す。 すると三人が、光源に包まれてその場から消えた。
ゲーム中断やリタイアの時の動作でありフィールドから町の所定の場所に移動する事ができる手段だ。
本来は、クエストをクリアすることが困難と見たときのリタイアに用いられる。
本来ならゲームクリアすれば仕様として五分後にその事象が起こるのだがその時間が勿体無いと判断した詩織は、それを行ったのだ。
飛ばされる場所は、契約を受けたギルド。 三人は、数秒の明滅の濁流の中をさまよい目的地に到着した。
「…………愛を、愛を助けてッッッッ————!」
恫喝にも似た絶叫。 一人横たわる白い肌の腹部を大きく損傷した若い女。 一瞬で、周りの面々は状況を把握する。
それを見て、大体は、可愛そうにやもう助からないと言った悲観的な言葉を投げかけた。
彼女たちを曲がりなりにも知るトレモロや玖龍と言った面子は、絶句している。
「見世物じゃないんだ! てめぇら消えろ!」
涙を浮かべながら詩織が周りのしみったれた面々を糾弾する。
それを聞いたほとんどの面々は、ギルドを後にした。
「これは、私達じゃ……」
損傷状況をつぶさに観察してリノアが、無力を悔やむように言った。
「あたしの命を使っても良い! 出来るんでしょ!? このゲームでもあるじゃん! 犠牲呪文みたいなの!」
「正気!? それやったらアンタ、今のアストラルだったら確実に死んじゃうよ!?」
絶望的な状況なのは最初から知っている。
そう、風は、自分の心に言い聞かせ宣言する。 自分の命を使えと。
それを聞いたリノア達、受付嬢達は瞠目する。
当然、野宮詩織も絶句した。
リノアが、それはさせまいと全力で自分に許された範囲の提言と言う反論を口にする。
口調は冷静だが表情は、命を安く使うなと激怒しているようだ。
「あたしは死んでも良いって言ってるのよ! あたしは、元々、この世界に絶望してた! 愛が居たから生きたいと思えたくらいなんだ!
あたしは、弱くて無能で無学で……このネットの世界じゃないと人と交流も出来ないような社会不適合者だ!
愛は違う! 彼女は、若くて才色兼備で優しくて真面目で……少し小さくてオタクだけど……夢に溢れてる!」
風は、熱の篭った声で言葉を募り続ける。
彼女の人生は、失敗に満ちていた。 自分自身に親切にしてくれる人物に対する裏切りの連続だった。
結果、二十過ぎになってもまともな友人すらリアルには存在しない有様。
せめてネット上では、仲間を裏切らない。 彼女は、そう心に言い聞かせながらカキコやアストラルをプレイし続けていた。
誠心誠意つくし友達になれた存在にはお節介なほどに五月蝿い。 絶対、もう、裏切らない。
彼女は、言ったのだ。 昨日の夜。 愛や詩織に。 命に代えても年長者として年下の二人を護ると言うことを。
死なせて詩織だけ護るでは、許されないのだ。
鬼気迫る表情で彼女は、リノアを睥睨する。
「本気? 言っておくけどあたしは、現実の貴方を知らないけど十分貴方に魅力を感じてるんだけど……
それこそさ。 失いたくない! って、程度にはね」
「ゴメン……でも、あたしを尊重するなら……お願いだよ」
そんな風に対して下級者受付嬢であるリノアは、テーブルを強く叩いた後、思いの丈を語る。
その彼女の言葉を聞いても風の信念は揺るがない。 その目には、強い炎がギラついていた。
詩織が、何かを言おうとかぜに近付くが、思いとどまり立ち尽くす。
「では……此方へ。 儀式を開始します。 最後に、愛様に何かお言葉は?」
「死んじゃってゴメンって言ってたって……」
覆る可能性は低いだろうことを理解して居たノーヴァは、既にその儀式の準備を開始していた。
風の細胞を愛の細胞と変換して移植すると言う儀式。 つまり、欠損している体の部分が大きいほど移植する側もリスクが高くなる。
そして、当然、対象が傷付いた部分と同じ部分を移植しなくてはならない。
愛が、即死しなかったのだから彼女も即死しないのだろう。 しかし、これ以外に助ける方法が無いのなら堂々巡りになる。
風の体は、愛が復活する数秒のタイムラグの間に、移動させられ火葬されることとなった。
最後の、風の言葉がどこまでも自分を考えていなくて野宮詩織には苛立たしい。 詩織は、怨嗟の声をあげていた。
何も出来ず苦しい思いばかりが彼女の体を駆け巡る。
儀式が開始される。
虹色の明滅が、不規則に発生する。 それが、数十秒続く。
光が霧散し消えて行く。 それは、まるで朝焼けのような神々しいさまだった。
光が消滅した儀式の魔方陣の中。 二人の女。
愛の傷は、まるで無かった事になり、その代わり風の腹部に大きな穴が開いていた。
儀式は成功したのだ。
「成功した……んだよな? 何でだよ……全然、嬉しくねぇよ」
「……野宮様、風様の焼却処分を開始します。 愛様が目覚める前に……」
まるで魂の抜け殻のようになって倒れこんだ野宮詩織には、ノーヴァの言葉は届かなかった。
彼女の震える背中を見詰めノーヴァは、唇を噛締めながら手から焔を発し風の死体を焼却した。
勢い良く一瞬で燃え尽きた彼女の遺灰を旋風の呪文で吹き飛ばし事後処理を終了させる。
淡々としているようだが彼女の表情には、嫌悪感と罪悪感が滲み出ていた。
「あれ……私? 生きてますの—————ー——?」
程なく立って愛が目を覚ます。
野宮詩織がいるのに風が居ない事に訝り彼女は問う。
「あの、風は? お姉様は……どこに?」
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