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Re:  パラノイア Ep2 2-7 12/27更新  アンケ中 ( No.286 )
日時: 2012/01/11 21:40
名前: 風猫(元:風  ◆Z1iQc90X/A (ID: SqbaeWwr)

Episode2

Stage3「エンドレス・バトル・オブ・パラノイア」Part1


  誰かが言ってたな。人間は、誰しも上に立ちたい。それは、エゴとかじゃなくて、もっと根源的な物なんだってよ————


                              ストレンジアより————




「よぉ、葵。何、雑魚と戯れちゃってんだよ?」

  焔錠と葵が、手を組んでから二日後の夜。彼女達は、夜のギルドでチビチビと酒を飲みながら語らっていた。
  まるで焔錠は、葵の使用人のように以前の面影は無い。レベルの低い彼には、月読愛の媚薬は効果覿面だったのだ。
  まだ、しばらくの間はこのままなのだろう。
  そんな偽りの姿の彼と詰まらなそうに付き合う葵。
  上の命令なのだから仕方ない事だと言い聞かせ苦虫を噛む様な表情を浮かべる彼女。そんな彼女に後ろから不敵な声が降り注ぐ。
  彼女の愛する強い男だ。
  筋肉質の長身、面長の細い顎。 ギラつく翠の相貌。 赤茶色の無造作な長髪。
  顔の中央に通る真一文字の刀傷。 全てが、此処に居る者達を恐怖させるには充分な存在感。
  このオンラインゲームの頂点に立つ男。名を知らぬものなどこのゲームのプレイヤーには居ないほどの勇名。
  名をストレンジア。何よりも戦いと痛みを渇望する悪鬼だ。

「好きで戯れてんじゃ無いよ」
「申し訳ありません」

  彼の仏頂面を眺めながら内心では、貴方と一緒に話したいよなどと思いながら彼女は、冷やかな口調で返す。
  それに対し機械のように焔錠が謝る。自らに非があると思い込んでいるかのように。
  その態度を一瞥し、ますます機械的で面白みが無いなと葵は嘆く。

「やれやれ。弱い上に媚薬漬けか……憐憫さが加わるぜ」
「……回答例が有りません」
  
  強い皮肉の入ったストレンジアの言葉に焔錠は、顔色一つ変えずに提携の言葉を繰り返す。
  一度や二度でこんな従順で短絡的な性格になるはずが無い。
  彼は、直ぐに目の前の男が幾つも媚薬を摂取させられているのだと感付く。 
  そして、手を上げ今日、一緒にクエストをしないかと提案する。
  彼に対して盲目的な葵は、すぐにその申し出を承認した。
  焔錠は、主人の命令に従うと何にも思考せずに頷く。

  次の日、焔錠は消滅した。理由は単純だ。唯青いに従順な人形の彼は、受付嬢の反論など無視し葵達についていく。
  性格破綻者である彼等が人を護るなどまっとうな行為をするはずも無くクエスト開始後数分で彼は、命潰えたと言う。
  最後は、男性の姿から本来の女性の姿へと戻って。


  それから、二ヶ月が過ぎた。
  焔錠と一緒に此処にダイブしたトレモロ達もすっかり彼女の存在など頭の片隅に追い遣っていた。
  九月二十二日正午一時二十分。何時もの様に妖とノーヴァが、談笑している。
  今や定番の風景だ。暇が有れば受付嬢と会話すると言う人間は存外に多い。
  そして、特定の者とだけ会話を続けるものもまたしかりだ。
  時々、微笑が漏れ笑顔が零れる。そんなノーヴァの笑顔を見て彼女は、随分持ち直したなと安心する。
  ノーヴァが、不意に笑みを零すようになったのはつい最近のことだ。   
  少し前までは、鎮痛で見てられない表情を浮かべていることばかり。
  普通の人間なら微笑んでいるように見えるだろうが、端々にぎこちなさがあり制裁に欠いていて。
  鋭い人間なら作り笑いだと理解するには充分だ。
  理由は分っている。デスゲームが開催して一ヵ月半は、本当に目まぐるしい速さでプレイヤーが消えていった。

  一ヶ月で五千行った時は、皆が戦々恐々し重圧に耐えられなくなり自害した者も少なくなかったのだ。
  しかし、それでも人間は案外強い。現実で遣り残してきた事。大切な人の下に必ず帰り謝ると言う事。
  幾つもの帰郷したいを胸に、夫々手を取り合い研鑽していく。
  そして、昨今に至り死亡率は急激に減った。以前の十分の一。
  プレイヤー達がゲームの性質を把握し無茶をしなくなったのが要因だ。戦闘技術や強さが上昇しているのも当然あるだろう。

「ノーヴァさんさ。随分、自然に笑うようになったよね」
「えっ? あぁ、隠しきれるものじゃ無いんですね」

  自然な笑みを彼女が見せるようになったのは、三日程度前から。
  直ぐにそれを指摘したら奥手な彼女のことだ。相当驚くだろう。
  自分が自然に笑えていると言う自覚が芽生える頃合を妖は待っていた。
  彼女の言葉にノーヴァは、口に手を充て驚愕の相を浮かべる。
  そして、人間をだますと言うのは、簡単じゃないのだなと実感しながら呟く。
  彼女は、ノーヴァをフォローするように気付いていなかった人間も多いと思うと告げた。
  最も、彼女の表情を警戒する余裕のある人間も居なかったからこそだろうが、と実は妖は気付いているが。

「まぁ、私は、ノーヴァさんに凄く惚れ込んでいるからさ。だからこそ君の悩みとか辛さとか見えるんだよ」

  何故だか頬を赤らませるノーヴァ。そんな彼女の様子を見て何かを思索しながら時おりあくどい笑みを浮かべる妖。
  それでもまわりに気取られないように妖は、周囲への警戒を怠らない。
  そして、時間を見計らって妄想の世界に行っているノーヴァに彼女は追い討ちをかける。
  彼女の優しい言葉にノーヴァは、一層頬を紅潮させた。
  隣のリノアや彼女等の会話の聞こえる範囲に居る中級者用受付嬢カナリアは、余りの惚気ぶりに目を泳がせる。

「妖さん! あのそれは……」
「君は、機械じゃない。孤独じゃない。操り人形じゃない。
人に頼られる資格も人を頼る資格も自分で考える資格も、時には休む資格もある!
私は、いつだって君の味方だからテッサイア何かに怯えないで!」

  声を上擦らせるノーヴァ。当然だ。パラノイア開闢以来こんな優しい言葉を同性に言われたのは始めてだから。
  責任感と孤独感に潰されそうになっていた彼女を何時も日溜りのように暖めてくれたのが妖だ。
  何時だって隣に居て親身にしてくれて寂しそうな表情を見受ければ挨拶してきた。
  純粋に彼女は、それが嬉しくて何時しか妖を待つようになる。男性には、何度か優しい言葉も掛けられた。
  しかし、その多くは、本心ではなく機嫌取りや性欲をもてあましていると言う汚いものばかり。
  だが、彼女の満面の笑みには汚濁は無い。
  なぜなら心の底から笑っているから。それを彼女は、妖が自分を深底心配してその絆を大事にしているのだと。
  そう、認識した。
  彼女の声は、強く後押しするようで。ノーヴァの心を彼女に近づけていく。

「そのような言葉を本気で信じて良いのでしょうか。私は……所詮は人間では……」
「何言ってるの? 君が人間じゃないなら私達だって人間として不確定だ! ほら、額をこうやってあてれば温度が有るじゃない?
完全な意志が有る君を唯の奴隷のように扱う奴は、許せないよ」

  しかし、そんな彼女の嬉しい元気の出る言葉を矢張りノーヴァは真っ向から受け取りはしなかった。
  甘い言葉には毒があると今迄の人間の営みの中で視認して嫌悪してきたから。
  突き放すような言葉を本意では無いと言うような風情で囁く。
  そんな様子を見て付けば壊れる堤防だと妖は思い、彼女にもっと接近したいと言葉の手を伸ばす。
  言語とは、神の与えた甘美なる果実。利用できる限り利用すべきだ。
  彼女は、この欺瞞に満ちた世界でそれを理解している。
  心には嘘偽り無い。なぜなら嘘を付いていないから。
  妖は、微笑む。何もかもが自分の思い通りで有る事を。

「しかし、私の行動は全てメインプログラムに掌握……」
「構わん。一人のプレイヤーと親密な関係になると言うだけのことだ」
 
  だが、妖の話には根本的な無理がある。
  それは、受付嬢と言うシステムの全てがメインプログラムであるテッサイアに監視されていると言うこと。
  詰り、規定外の妙な動きをすれば、即刻ペナルティを与えられるのだ。
  詰り最初から妖の優しさは、無駄と言うこと。そう今更ながらに反論するノーヴァを見て妖は微笑む。
  想定内だと。
  その瞬間、彼女の哄笑を確認したテッサイアがノーヴァに支持を送る。それは、彼女にとって想定外の言葉だ。
  彼女は暫く当惑し妖とカウンターを交互に見やる。
  沈黙。周りは、次のクエストの話や武器についての考察など生延びるための談義でガヤガヤと騒がしい。
  しかし、その場の時間は凍りつく。
  何故ならノーヴァの反応を見てテッサイアが介入してきたのを理解できたから。
  一体、妖の会話の何にテッサイアが反応したのか。
  疑念が湧く。近くに居たプレイヤーの一人、スキンヘッドの忍、ラスが何をしたんだ? と、問おうとした時。

「おぉ、結構居るじゃねぇか。生き残り諸君?」
  
  入り口のドアが、勢い良く開かれ派手な音が鳴り響く。
  そこには、威圧的な容貌の顔面に切り傷のある誰もが知る男。
  ストレンジアが居た。彼は、悠然と騒然となるプレイヤー達の間を通り抜けていく。
  有名人の来訪に息を飲む観衆を見下すような風情だ。
  唯一彼の存在感に飲まれなかった男がそれを遮る。
  無精ひげの巨漢成神だ。その男の怒声にストレンジアは、立ち止まる。

「何だぁ? どうした成神ちゃん? 機嫌が悪そうだなぁ?」
「……楽しみだぜ。明日でテメェの命は終りだ!」

  二人の会話を多くの面々が訝しむ。意味が分らない。
  なぜ、明日ストレンジアが死ぬと言うのだ。嫌悪が過ぎて、願望が口を付いて出たようにしか見えない多くの面々。
  それを聞いてストレンジアは、大きく口角を吊上げて哄笑した。凄絶な笑顔で。心底、目の前の男を嗜虐する。
  言葉の分らぬ愚かな下郎め。何を陳腐な戯言を。そう、言外に告げながら。彼は笑い続ける。
  何分間笑っていたか分らない。それほどの長時間笑っていた彼は、ようやく笑いをおさめ一息つく。

「滑稽だぜ? 始まる前からそんなこと言ってると死んだ後が惨めだろう成神ちゃん?」

  腹を押さえながら囁く悪鬼。
  その言葉に周りが騒然となった。歓喜と興味。それらの正の感情が殺到する。
  詰りは、このパラノイアに存在する最強の戦士同士の激突が始まると言うのだ。
  不定期に行われるテッサイアの気紛れ。今迄は、低レベルな面々の中身の無い薄っぺらな戦闘ばかりだった。
  しかし、今回は、濃密であると期待せざるを得ないだろう。
  乾いた狂気が渦巻く。
  

  ストレンジア対成神の戦いが幕を下ろす。


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