ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: パラノイア ( No.342 )
- 日時: 2012/04/27 22:16
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: GrzIRc85)
Episode2
Stage3「エンドレス・バトル・オブ・パラノイア」Part7副題『暗転 Part3』
「あぁ、勝った。勝ったよ冬音。お前のために……」
「参ったなぁ。まさか、負けちまうたぁ。葵の奴泣くだろうな」
大きく手を広げ狂ったように笑い続ける成神。それをストレンジアは、哀れみにも似た瞳で見詰めながらつぶやく。本来の彼なら絶対口にしないような台詞。存外、自分を慕う追っ掛けを気にしていたのだなと、思い成神は彼を軽蔑した。
自分の中にあった血を啜る怪物というイメージが崩れ去ったからだ。所詮は目の前の男も詰らない普通の人間。そう思うとそんな奴に愛するものが奪われたのか、と悲憤を感じる。だが、彼はもうすぐ消えるのだ。
化物と神格化していたことに気付かせ、小さな残り香を残して。
「はっ、葵の奴もすぐあの世に送ってやるよ」
「…………」
死に際に急に小さく見えてしまった宿敵に、少しの同情を感じながらも、成神は表情にそれを現さずうそぶく。
ヒットポイントバーがみるみる減っていき、ゼロへと到達する寸前で止る。必殺の手応えを感じていた彼は、怪訝に眉を潜めるしか出来なかった。削りきれないはずがないヒットポイントだったはずだと、止めの前のストレンジアの体力値を思い起こす。
「あり……えねぇ」
何度思い起こしても削れなかった理由が分らない。理解できない事象に、成神は慟哭するように叫ぶ。思考が追いつかず武器を構えることも忘れる成神。効果を持続するには体力値を削らないといけない、固有技はストレンジアに止めを刺したと思っていたからすでに解除してる。素の速度では完全にストレンジアが上だ。すでに自身の体力値も彼の一撃を食らえば一撃でそぎ落とされる程度しか無い。道具を使う余裕もないだろう。成神が硬直する。対処策が思い浮ばない。
「…………」
「準備は万全だって言ったよな? どんな攻撃を食らっても一度だけ一エイチピーで耐える身代わりアイテムだ。入手には苦労したぜ」
剣戟が成神を一刀両断する寸前、ストレンジアは服の裾から一つのアイテムを取り出す。最もレアな部類に属するアイテムだ。ある特別なクエストを最初にクリアした場合に報酬として貰えるタイプのものだが、それの難易度が半端なく高いため現時点では誰も手に入れられないだろう、と噂されていた幻のアイテム。
空をつんざくような慟哭はなりを潜め。成神は体を小さく震わせてるしか出来なかった。自分に勝つためにここまでの準備をするとは、と彼は唖然とする。振りかざされる刀が成神の頭から胴に掛けてを切り裂く。
成神の目の前が真っ白になる。体から全ての体力が抜けていき地面へと倒れこむ。体が動かない。自分の生命力の全てが削られたことを理解する。バチンと何かが弾けるような音を立て、彼は元の姿へと戻った。
ゲーム上の筋骨隆々とした偉丈夫然とした姿とは違う、細面の優しげな容姿が顔をのぞく。
「畜生! ぬか喜びさせやがって」
おびただしい血を流しながら成神は、地面にうずくまり動きを止める。視界がぼやけていく。体が冷たい。
「これが、死か」
最後に、彼はそう言って消えていった。自分が奪った命を思い起こしながら。
「あーぁ、成神の旦那がぁ」
「ストレンジア兄貴やっぱマジぱねぇっす! 賭けて良かった!」
二人の戦いが終了し周りは色めき立っていた。特に賭け事をして居た面々の反応は、盛大だ。負けた勝ったの大騒ぎ。どうやら皆、随分と大きな金額を賭けていたらしい。理由に負けた連中の顔は、真っ青だ。
「ん、やっぱり勝ってくれた」
そんな賭博の姿を傍で見ながら、祭り用の店屋を弟子と一緒に開いていた葵は、ほくそえむ。成神に止めと言っても良い一撃を食らったときは流石に少し動揺したが、結局愛する人は勝ってくれた。
「良かったですわね葵?」
「えっ? 君は成神派じゃなかった?」
表面には現していないが、ストレンジアが心配で気が気じゃ無かったであろう師匠を愛が労う。
それを聞いて小首を傾げ、彼女は茶々を入れる。それに対し愛は思う所が有るのか黙り込む。
成神には彼女も助けて貰ったことがあるのだ。
「さて、テッサイアがそろそろ動き出してるよね?」
「何のことでありますの?」
時間を気にするように時計を覗きながら、不可解な発言をする葵に愛は問う。
それに対して葵は、ニヤリと笑みを浮べ杖を構える。とっさに愛も杖を構える。戦闘行為をする気だ。無論、ここは町の中で安全地帯。戦闘行為をしてもヒットポイントが減ることはない。だが、テッサイアが何かしたのなら或いは。
逡巡。ゲームマスターたる彼なら。全ての理を書き換え全く新しいゲーム内容にすることも可能だ。だが、そんなことをするだろうか。彼は、今までこの無茶苦茶なゲームに有る程度のルールを与えていた。そのルールさえも壊すことになることを態々、するだろうか。
その疑問が彼女の動きを阻害し葵に隙を作る。
「愛は殺さないよ? 友達だもん……」
戸惑う可愛い弟子を見詰めながら葵は笑って力を発動させた。尋常ではない魔力がほとばしり、空間を震撼させる。
そして、各所で強烈な爆発が連続する音が鳴り響く。愛の近くでも爆発は起る。どうやらプレイヤーを中心に爆発が起っているようだ。何より驚きなのは本来減らないはずのヒットポイントが、がくんと減っていく。危険に気付いたプレイヤーの叫び。愛は戦慄する。
ここは安全地帯で体力は減らないと言う、概念は今は通用しない。葵の能力なのか、テッサイアの乱心によるシステム変更なのか、それは分らないが確かに今は危険なのだ。そして、葵の能力だとすれば彼女を止めれば、またここは安全になるが後者の場合は。
「大丈夫だよ? 君は、殺さない」
「…………」
ほとんどの者達が葵の圧倒的な爆発攻撃の前に一撃で命を落としていく。上位プレイヤーしか手に入れられない特権能力だとしても、攻撃魔法の類だとしても終りは有るはずだ。だが、いつ終るだろう。彼女の力が枯渇するまで待っていれば、被害は甚大だ。
でも自分の力では葵は止められない。近くに居た野宮詩織も沈黙している。二人掛でも勝ち目が無いのが分っているから。そして何より彼女が自分たちを狙っていないのが分っているから、動いて機嫌を損ねない方が良いとマイナス思考が働く。
「テッサイア! これが貴方のやり方ですの!?」
そう、愛が怨嗟の咆哮を上げた瞬間だった。
「これより世界は第二段階へと移る。名をエンドレス・バトルオブ・パラノイア。
これまでよりさらに遥かにハードな安全地帯無しのプレイヤーキル自由の世界をご賞味あれ」
突如舞い降りたこのゲームにおける絶対神のお告げ。
皆が呆然とする。少なくとも愛の周りに居る者達は呆然として居た。理不尽すぎる突然の急襲により、仲間や友を失った者も大勢居るのだ。当然だろう。怒号が響き渡る。ようやく慣れてきた地獄がさらに新たに構成されるのだ。その絶望感や想像するに難くない。
「葵は知ってましたの?」
「五天は、皆知ってる」
愛は始めて葵に明確な敵意を感じた。テッサイアのコマとし平然と片棒を担ぎ、どこまでゲームを泥沼化させようとしている。
まだなお爆発は続く。彼女を止めるために、死に物狂いで立向かう戦士の攻撃を彼女は回避しながら、杖から魔力を放出し続ける。攻撃を仕掛けた相手に爆発を浴びせ、淡々と彼女はその者の命を奪った。
もう何分になるだろう。何人の命が消えた。プレイヤーキルが公然と行われる世界観。愛は、嗚咽した……
「えっ?」
「悪いがゲームマスターから処刑命令が出ている」
突然だった。愛が嗚咽し咳き込んだと同時程度。突然、葵の体を何かが貫く。それが受付嬢専用の処刑用の剣であることに気付くのに、一秒近く掛かる。たった一撃で葵のゲージは消失し彼女は過呼吸をおこし大量の汗を噴出しながら倒れこむ。
「貴女の役割は終りだ雨水蒼。じゃぁな」
目の前の紫色の気品ある着物を着た長髪長身の美女受付嬢は、淡々とした口調で別れを告げる。それに呼応するように葵の体が、現実世界の姿に変換されていく。髪は肩にかかる程度の茶髪で目の色は茶色、肌は白く顔立ちはパラノイアでのアバターより幼く見える。
「風危ぁ。痛い……よ?」
涙声で訴える葵に風危と呼ばれた色白の美女は、形の良い色っぽい唇で冷然と言い放つ。
「当たり前だ。死ぬんだからな」
「…………」
吸い込まれるほどに綺麗な紫掛かった風危の瞳、それを宝石とでも勘違いしたかのように取ろうと葵は手を伸ばす。
「死ぬ? 嫌、だ……ヨォ。こんな綺麗なものが近くに有るのに」
しかしその手は途中で無残にも砕け散り体もろとも消え去った。彼女の涙声が、最後に残る。大量の命を奪い去った彼女は、死を受け入れることもできず死んだ。
「葵は……?」
「語るまでも無いでしょう?」
あの葵が消滅したことが信じられず野宮詩織が口を出す。
それに対し風危は冷たい口調で答える。
二人の強大な戦士の命を撒き散らしパラノイアは、新たなる局面へと移行した。
〜Stage3「エンドレス・バトル・オブ・パラノイア」〜
Epsode2 The end