ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 風プロ パラノイア 〜Ep1〜 2−6執筆中 ( No.55 )
- 日時: 2011/07/26 19:28
- 名前: 風(元:秋空 ◆jU80AwU6/. (ID: COM.pgX6)
- 参照: 始まりの鐘が鳴り響く……
Episode1
Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part6 副題『暗転 Part1』
揺れる揺れる後悔の塔 軋む軋む安全を確約する堤防……逃れること敵わず、進むしかない————
「嘘だろ? 何でログアウトできないんだ!?」
大鎌を背負ったがっしりとした体つきの無精ひげの男が、怯えた声を出す。
ログアウト出来ない、それは、ゲームの中に幽閉されたことを意味する。
現実に戻ることが出来ないと言う事は、詰り魂の抜けた殻の様な状態の肉体がそのまま放置され続けると言うことだ。
そして、更なる問題が発生した。
「あれ? 現実の世界の方を見ようとしても見えな……い?」
バニーガールと言う職業は無いのかと酔いながら叫んでいた陰陽師の女だ。
この世界は、のめり込み過ぎこの場から動けなくなる者のことを考えて現実の世界が見えると言う措置がされている。
それは、現実世界における家事だったり地震だったりといった不慮の事態を察知するための措置だ。
主に肉体を護るためや外でのユーザー本人にかかわりの有る事態、例えば親戚の葬式や仕事の繰上げなどが起こった場合に迅速に行動できるようにとのことだ。 アストラル全体には、幾つもの現実世界計算の時計が有るが、それで確認できるのは時間だけだ。
それでは、現実生活を行っていくには不十分だ。
しかし、今は、その情報が、全く入ってこない。 誰もが疑問に思い始めていた。
「貴方達は、此処から出られなくなったのですよ? 外の肉体など何の意味も持たないでしょう?」
うろたえる面々。
其れに対して淡白な口調で初心者用受付で有ると同時に、受付プログラム五人で最も権限の有るノーヴァが告げる。
その瞬間、嫌な空気が立ち込める。
「嘘だろぉ!? 冗談じゃねぇよ……」
彼女の鉄拳を喰らい倒れこんでいた山下が、上体を起しながら吐き捨てるように言う。
しかし、目を見れば分る。 彼女の目には、冗談だなどという軽い気持ちは微塵も無かった。
サァッと、体中から血の気が引き悪寒で体中の毛と言う毛が立ったのを感じ取る。
恐怖だ。 何か、言い知れぬ恐怖が体中を襲った。 恐らく、このギルド内に居る全ての人間が感じただろう。
「待てよ! 現実の方の体はどうなるんだよ!? 万一、事件に捲き込まれたりして死んだら……」
意気を荒げて武勇伝に花を咲かせていた海賊姿の男が、机を叩く。 憤怒の表れだろう。
しかし、五人の受付嬢達は、誰一人眉根一つ動かさなかった。 それが、逆に恐怖を煽る。 ゴクリと彼は、唾を飲んだ。
「お言葉ですが……現世での肉体の生命活動の停止は、貴方方の心配する所では御座いません。 我々の方で手は、打って有ります」
自信に満ちた声で宣言する。
その言葉は、暗に、彼等の魂と呼べる此処、アストラルに送り込まれている物が、現実世界に戻れる可能性を示唆していた。
「……戻れると言うことか……現実に?」
山下愁は、怪訝に眉根を潜める。
其れに対し、目の前の彼を殴り飛ばした女は、平坦な表情だ。 否定も肯定もしない。
それが、彼には、苛立たしかった。
しかし、一方で何故か、この世界に一生、居られるのなら居たいと言う気持ちも有った。 彼は、面白いことが好きな青年だ。
現実の中の日常と言う同じことの繰り返しには辟易して居た質だ。
そう、この世界が幾ら危険でも彼は、楽しければ此処にいたい。 そう思ったのだ。
彼は、完全に立ち上がると質問を変える。
「なら、もし、仮にあんた等の善処が遅れてあっちの俺が死んでも此処では、生きていられるか?」
其れを聞いた彼女は、あっさりと肯定した。
肉体は、魂が無くなれば腐り、腐臭を放ち何れ骨まで分解されるが、魂は、肉体が、消滅しても消える事はないのだと。
それを聞いて彼の心中には、安堵よりも希望して居た展開の来訪への歓喜の意思が広がっていた。
「どきどきしてます? 同じ穴の狢って奴ですね?」
体を震わせる彼に、話しかけてくる声。 場の雰囲気に合わせて小さく抑えられた声だ。
後ろには、彼より頭一つほど小さい勝気な赤い瞳の・灰色の整った長髪の魔法使い姿の少女。
「えっと、妖さん?」
妖と呼ばれた彼女は、にこりと笑う。
そして、顔を上下に振って肯定した。 彼は、徒党を組むなら彼女と組みたいとその瞬間思うのだった。
「受け入れるしかないか……」
ポツリと声が聞こえる。
諦めの滲んだ声だ。
同時に、何人かの人間が声を上げ始めた。
家族を持つ者や会社で重要なポストを担う者も居るようで簡単に諦めをつけた男への憎悪の様な物が滲んでいる様だった。
諦めなければ活路は開けると、彼等の目は語っていた。
「家族や友人、仕事などの事も一切、気になさらずとも良いのです。
貴方方は、唯、このアストラルから生きて現世に戻ることだけを考えれば良いのです」
淡々と事務的に、ノーヴァが語る。
その言葉は、家族などのことも自ら達が、擁護する或いは、それに順ずる策を講じると言っている様だった。
しかし、驚愕すべきは其処ではなかった。 何を言っているのだ。 皆が、一瞬瞠目した。
静寂。 本来の時間にすれば十秒に満たないだろうその静寂の時間は。 其処に、存在する全ての人間には何十秒に感じただろう。
否。 何十分に感じた者さえ居るだろう。 “
生きて”その言葉には、確実に死ぬ危険性が有ると言うニュアンスが篭められていた。
「冗談じゃないよ! 勝手すぎる!」
大勢の人間は、そう、叫んだ。
「面白そうだな……そうじゃなくちゃいけねぇ」
等と、言っている狂気を孕んだ様な人物も居たがそれは、稀だ。 場は、一瞬にして混乱の極み。
混沌の地獄の様に慌しい。
「まぁ……普通に安全にプレイしていれば、絶対に死ぬなどと言う事は無いのでご安心を……
ゲームの安全性が現実の安全レベルに変っただけですよ?」
慌てふためく人々に、気楽な様子で初級者の受付嬢であるリノアが告げた。
其れを聞いて、皆は、沈黙する。 このゲームには、元々、危険になったら即離脱出来ると言うシステムが有る。
ゲームの世界を登用しているのだから自らの有する体力値が零にならない限りは死滅しないのだろう。
そう、危険になったら命を優先して戦線から離脱すればいいのだ。
肉体に関しては、目の前の者達が面倒を見ると言っている。 恐らく、現実世界での何らかの対処法が考案されているのだろう。
それも、この様な無茶苦茶な行動に出ると言う事は、それなりに確実な。
彼等は、どうやら一番の近道は、何とかゲームオーバーにならないようにこのアストラルを攻略し目標を達成する事だと言い聞かせる。
「では、次の方……」
辺りが、静かになったのを確認するとノーヴァが、妖を手招きする。
妖は、天真爛漫な笑顔で前に出る。
「楽しませて貰うね?」
その表情には、純粋さと無邪気さと言う奇抜な悪意が滲んでいた。
其れを見た、受付嬢の女は、直ぐに其れに惚れ込んだ様だ。
「素敵なお嬢さんですね?」
今までに無い、嬉しそうな……感情の有る声が漏れる。
楽しんだものが勝ちだ。 人生も。 趣味も。 仕事も。 人間関係も。 無論、ゲームも————……
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