ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 風プロ パラノイア 〜Ep1〜 2−7執筆中 ( No.64 )
- 日時: 2011/07/27 15:39
- 名前: 風猫(元:秋空&風 ◆jU80AwU6/. (ID: COM.pgX6)
Episode1
Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part7 副題『暗転 Part2』
「あぁ、一つ聞いて良いですか?」
妖は一瞬、自分の後ろにいる何人かの面々に目をやる。 最後に直ぐ後ろに並んでいる弱気さの滲んだ表情の目が隠れるくらいの長さの前髪の長髪の少女。 仁都に、目を遣り振り替える。
そして、彼女は、勝気な紅い瞳をギロリと鋭利な刃のように細め問う。
其れに対して、受付嬢の女性は、「答えられる範囲なら何でも」と答える。
「あのさぁ? 此処って漫画とか娯楽とかあんのかなぁ? そう言うの好きな人結構居るから……あたしも比較的そうだし?
そう言うの無いと苦痛だと思うんだけど?」
手を組みニヤニヤとしながら彼女は、促す。
其れに対して、ノーヴァは、感情の色の無い相貌を揺らして口角を上げる。
「その点は、全く問題御座いません。 当オンラインゲームは、日本全土に有る娯楽を提供するシステムが御座います。
ネット・ゲーム・テレビ・漫画……スポーツ。 更には、風俗も。 心配など欠片も必要ないのですよ?」
淡々とした冷めた口調で事務をこなしながら彼女は返答する。
彼女が返答し終わる頃には、手続きは終り妖は、カウンターから離れ後ろに居た仁都に、次を譲る。
「あー、良かった」
そう、震える声で言う仁都。 実は、彼女はかなりのオタクだ。 見たいアニメや漫画が沢山有る。
それが、見ることも聞くことも読む事も出来なくなったら相当の苦痛なのだ。
彼女と似た様な人種が存外なほど、周りにはいたらしくホッと一息、吐く者も居た。
「ん? 生死を掛けた戦いの世界で娯楽は、大事だよな!」
呆れるほどに気楽な口調で彼女の感謝の会釈に妖は、答える。 そして、ポンと肩を叩き彼女の緊張を解す。
「ひゃっ!?」
思わず高い声を上げる仁都。 其れを見て、彼女は笑みを見せ「可愛いぃっ」と冗談めかす。
仁都は、キッと彼女を睨み返してみるが矢張り反応は同じだ。 肩を竦め素直に手続きを行うことを仁都は、決める。
何の滞りも無く、手続きは終了していく。 皆が、死へのカウントダウンが近付いている様な感覚に襲われていた。
唯単なる予感だ。 この若者達の一行が来てから雰囲気が変動したのは、皆が理解していた。
だから、彼等の手続きが終了してから更に何か起こる。 そんな胸騒ぎが、皆の中に鬱積と溜り続けている。
そして、最後尾に並んでいたトレモロの契約が、終了した。 いよいよ、周りの表情が強張って行く。
ログアウト出来なくなったが、それ以外のことは何一つ知らされていない。
閉じ込められた後の趣旨が、必ず語られるはずだと身構える。
瞬間————
「あーん? 何だぁ、この辛気臭ぇ面のアホどもは!? 寝覚めが悪くなるんだよ……酒もマジィしよぉ?
ったく……俺の気分を損ねる奴はクソなんだよ! 本当、雑魚の癖によ……」
突然、響く野卑だが、体を揺さ振るような色気の有る声。 新人は知らなかろうが、この界隈では相当な有名人である男だ。
多くの人間が、恐怖に体を震撼させ瞠目しているのが、見て取れる。
危険人物。 通称ストレンジア。 筋肉質の長身、面長の細い顎。 ギラつく翠の相貌。 赤茶色の無造作な長髪。
顔の中央に通る真一文字の刀傷。 全てが、此処に居る者達を恐怖させる。
そして、先程まで居なかった男が、突然現れた事に驚愕する。 しかし、直ぐにログインして来たのだと気付く。
ログアウトは出来ないがログインは自由なようだ。
通常、アストラルのシステム上、ログインした時は、町を選択すればその町の決まった場所に送られる。
だが、場所指定を更に細かくすると指定の建物や通りに行き着くことが出来る。
常識的に、ユーザーはギルドに付くまでの間に、何をするか考える事が多い為、ギルドの中を指定する事は少ない。
彼は、何も考えずギルドにログインして何も考えずクエストを受注する事が出来るほどゲーム慣れしているのだ。
そして、何より今、此処に存在するユーザーたちの中で確実に、最強といえる実力を有している。
「何だよ? 状況位教えてくれよ? それとも何か? 後発の俺様が、楽しいショーを見逃したのがわりぃってか!?」
その男は、尊大な態度で今の状況の説明を求む。 細長いテーブルの上、散乱する食器やジョッキを蹴り落し座り殺気を漲らせて。
そして、近くに居る女を睨みつける。
「ログインは、出来るみたいですね。 ログアウト出来なくなったんです。 何と言うか閉じ込められた……」
女の言葉を繁々と聞きながら男は、平然と受付嬢の一人にビールを注文する。 そして、自分の見解を述べ始める。
「何? お前等? 嬉しくねぇの……下らねぇ俗世間から解放されたんだぜ?
殺人も何も認められないあの空虚で刺激の無い……詰らない、詰らない、詰らない、詰らない!
ひっっっじょ————————に、詰らねぇ世界からなぁ!」
一人、自分の世界に酔い痴れる狂人。 そのオーバーリアクションに多くの人間が青ざめる。
こう言うイカれた人種が居るのだ。 安穏とログアウト出来る機会を待てるはずが無い。
彼は、心底、この世界を愛してる。 歪んだ瞳で愛してる。 全てが許されるような感覚の有るこの世界を。
合法を非合法で破壊する事のできるこの世界を。
「相変わらずストレンジアさんは、素敵だね! あったし、惚れちゃいそう」
「黙れ……屑がッ!」
頭の軽そうな陰陽師姿の女が、ストレンジアへと歩み寄る。
其れを見た彼は、冷徹な瞳を彼女に向け小さく舌打ちをすると抜刀した。
その斬撃は、面々の合間を塗り受付へと直進した。 狙われたのは、リノアだった。
彼女は、冷静な面持ちでその斬撃に片手を翳して対処する。 防御膜の様なものが彼女の体を覆い、攻撃を防ぐ。
衝撃波すら完璧に防ぎ、周囲のプレーヤー達に危害が及ばないように衝撃を吸収した。
「駄目ですよ? もう少し、我慢強くならないと」
そう、薄らと笑みを浮かべて彼女は、彼に指摘する。
彼は、「自分とてゲーム以外のことで死人を出すような真似はしたくないよ」と、思っても居ないような事をさも、当然の様に言った。 一番近くに居た陰陽師の女は、ぺたりと床に座り込んで口をパクパクさせている。
そんな、余興も終り、あの低い声が響き渡る。
「さて、痴話喧嘩も終ったようだな。 私は、アストラルのメインプログラムであるテッサイアだ。
既に知っていると思うが、君達のログアウトを無効にしたのは私だ。
だが、君達は恐らく、ログアウトする頃には私に感謝するだろう」
携帯電話から響いたあの声だ。 低く抑揚の有る落ち着いた声。 だが、何処か色気があり忘れられない声。
場の空気が張詰める。
恐らくメインプログラムと言うからには、この言葉は、アストラルにある七つの町全てで流されているのだろう。
最後の言葉に多くの人間が表情を変える。 戸惑いの表情から明らかな憤怒の表情へと。
「おいおい! 待てよ! 死ぬ思いして生延びないといけないのに感謝とか自殺志願者位しかしねぇっての!?」
開口一番に声を上げたのは、玖龍だった。 その声には、焦燥感と恐怖が綯交ぜになっていた。
その言葉に、多くの人間が便乗するように怒声を上げる。
しかし、テッサイアと名乗ったプログラムは、それらを無視し自らの話を続ける。
「状況を理解しない君達が、そう思うのは理解していた。 しかし、君達は、最後に感謝する。
是からこの世界の流れる体感時間を現実の時間と同等にする。 その中で二年間生き残れ。 されば、救われる」
淡々と述べられる言葉。 しかし、淡々としているが故に嘘が無い。 そんな風にも感じる。
だが、人間は、理由を、それも納得できる理由が無ければ理解出来ないと言うのも事実だ。
皆が、最後に何故、感謝することになると言い切れるのだという疑念を抱き質問を浴びせる。
しかし、彼は、沈黙を貫いた。
「君達の安全は、出来る限り保障する。 君達を疲れさせない工夫は出来る限りする。 それは、約束する。
その手始めとして、新たなる世界と新たなる職業をアップデートした」
何を言っても無駄だと悟り皆が口を紡ぐ。
それを確認した彼は、冷淡な感情の篭らない声で謝罪の念を述べ更に続ける。 是から、新たなる世界と新たなる職業が出現する事を。
新たなる職業の数は総勢十、今、彼らが所属する国、ケテルブルクではないアップデートにより出現する新たな国、メサティアを所属国として選ぶとその新種の職業を選ぶ事になるらしい。 この状況で彼等は、其れを聞いて不覚にも胸躍らせていた。
他の世界の出現。 新たなる職業。 子供心をくすぐるワード。
そんなワードを聞いて直ぐに興味を示す楽観的にすら見える此処に居る人間達。
矢張り、誰も彼も……この痛みを伴うゲームに参加する連中など何処か狂っているのだとストレンジアは、嬉しそうに嗤う。
受付嬢から受け取ったビールを嗜みながら……
「ははっ、お前等、やっぱり……やっぱり、期待通りだぜ? 所詮は、ちょっと、常識の量が違うだけで同族なのさ……」
————痛みを伴い、死を実感する危険な遊戯。 しかし、尚をも狂人達は揺るがない————……
〜Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」The end〜