ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ブラッドクリムゾン ( No.41 )
- 日時: 2011/08/28 16:31
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: YZiYs9.d)
———『並行世界』、そんな単語が存在する。
今私達がいるこの世界とはまた別の世界が存在するという。
無論、いきなりそんなことを言われてもいまいち上手く想像なんて出来やしない。
けれど私達が認識していないだけで、それは確かに存在する。
例えば。
今あなたがこうしてインターネットを介して文章を読んでいる最中にも
別の並行世界では戦争が勃発していたり、
また別の並行世界では未だに恐竜が闊歩していたり、
はたまた別の並行世界では神話の中の出来事が起こっていたり、
更に別の並行世界では人類が宇宙の果てまで到達していたり、
また更に別の並行世界では人類は一度滅びた後であったり、
はたまた更に別の並行世界は、私達が言う天国や地獄といった類のものであったり、
とある並行世界では、魑魅魍魎が跋扈していたり。
またとある並行世界では、紅い髪の少年が、金色の長髪を頭の後ろで一つ結いにした男と対峙していたり。
満月の夜、摩天楼の屋上。
この世界では『断罪者』と呼ばれる組織の、ごく最近新調された制服を身に纏う少年。
彼の左腕に沿うように、指先から肩ぐらいまでの長さを持つ深紅の刃が生えている。
少年はおおよそ生身の人間とは思えぬ速度で疾駆する。
そして一閃、深紅の刃で横一文字に薙ぐ。
風を切り裂く、びゅお、という音。
だが、手応えはない。
標的が突如、空気に掻き消えるようにして消えたのだ。
回避された事を悟る少年はひとつ、その端整な顔にわずかに苛立ちの色を浮かべる。
世界でも数えるほどしか存在しないSSランクの称号を冠するこの少年
———もとい、『人造人間』の一撃を回避した男。
その時点で、一際高い摩天楼の屋上に着地し彼を見下ろす金髪の男は只者ではないと断定できる。
その男の膝の辺りまで届くほど長い金髪。
中世の貴族にでも似合いそうな金色のコート、ごてごてと宝石を貼り付けた装飾。
頬が機械のパーツの様なものに覆われたその男は、この世界では『違法人造人間』と呼ばれる存在。
「———ふむ。流石SSランク人造人間。
黒髪の彼奴を断罪者の『ジョーカー』と称するならば、貴様は『エース』とでも呼称すべきか」
赤い髪の人造人間を見下ろしながら、違法人造人間の男は言う。
「だが」
男は続ける。
「吾輩の『クリア』、『存在しない架け橋』の前では速度など意味を為さない」
「やってみなきゃわからないだろ」
その言葉とほぼ同時。
男の横で、少年は体勢を低くし深紅の刃を振りかぶっていた。
「———ッ、ぬ…!」
少年の刃が振り抜かれる。
咄嗟に後ろに飛びのいて、男はかろうじて少年の一撃をかわす。
少年は赤い眼光で男を見据えて、前に体重をかけた状態で刃を構える。
「ボクはボクの任務を遂行する。ただそれだけだ」
きしり、と少年の刃が音を立てる。
先程も言ったように、この少年の『製造スペックランク』はFからSSまで存在する内の、SS。
特に身体能力に関しては彼の右に出る者など存在しない。
特殊能力『クリア』など抜きでも、少年は極めて強い。
「…成程、正面から相手取るには少々厄介だ」
金色の男は呟く。
だが、その言葉とは裏腹に。その表情には笑みが浮かんでいる。
何かを企んでいるような笑みが。
『気を付けてください。奴は何かを仕掛けようとしています』
「うん、わかってるよ、ローズ」
イヤホンから聴こえてきた少女の声に、目前の敵を見据えながら少年は返答する。
そして金髪の男は両手を広げ、少年はそれに反応する。
———次は一体どこに飛ぶつもりだ———?
「なので、此処は一度退かせて戴くとしよう」
「どこに逃げようと無駄だよ。ベールや、さっきお前が言ったノワールも待機しているし、
断罪者のレーダーはどこだろうが標的を割り出す。あまり断罪者本部の包囲網をナメない方が———」
「…絶対に貴様等の手の届かない場所にな」
その言葉に、少年は眉をひそめる。
それと、もう一つ気付く。
今回の奴のクリアの発動は、溜め時間が長いことに。
通常、クリアは大規模な発動をしようとすればするほど、発動までに時間を要する。
これまで一瞬で能力を使ってきたそいつが、時間を使っている。
つまりそれは、これまでに無いほど遠くへと移動しようとしているという事。
「…宇宙にでも飛ぶつもりか?」
「宇宙? いいや、違うな。別の世界へだ」
「な……ッ!?」
『バカな! そんな事が……!?』
「違法人造人間ながら、吾輩のスペックランクもまたSSランク相当。そして吾輩は精神特化型。
———では、さらばだ断罪者の狗共諸君。吾輩は吾輩の野望を達成させて貰おう」
両手を広げた金髪の男の周囲を風が逆巻いて、ジジジジ、と何かが焼け焦げるような音がする。
「…させるかッ!」
「ぬぅっ!?」
にわかには信じがたいが、もし本当にそうなら飛ばれた瞬間に打つ手立てがなくなる。
何より移動した先で、こいつを放っておくのは極めてマズい。
そう判断した少年が足元を思い切り蹴り男に飛びかかり。
胸元のバッジを押して、制服に仕込まれた『能力無効化』を発動し
能力の発動を阻止しようとするも間に合わない。
少年が男の腕を掴んだ瞬間。
カメラのフラッシュを焚いたような閃光。それと同時に二人の姿は消え失せた。
辺りは静けさを取り戻し、下の方から眠らない都会の喧騒が聴こえるばかり。
二人の人造人間の姿はどこにも見当たらない。
『存在しない架け橋』は、本来交わるはずの無い二つの『紅』を巡り合わせる。
これはとある少年———もとい、『人造人間』ルージュと『つき姫』の数奇な邂逅、その小噺。その前座。