ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 極彩色の紹巴—コラボなう— ( No.49 )
- 日時: 2011/12/18 15:53
- 名前: るりぃ@華京 (ID: VaYZBoRD)
- 参照: コラボじゃなくて本編だよ!
庭園には、桃や桜などの花と、とのこの淹れた紅茶と、同じくとのこが作った焼き菓子の仄かに甘い香りが漂っている。
泣いていたクラウスも随分落ち着きを取り戻していたので、ぽつりぽつりと茶と菓子を交えて紅は尋ねていった。
「はい、馬に乗ってなんとか逃げ延びました……強化してあったので紅殿の所に来る事ができました」
「強化、とは?」
「妖術で馬の能力を最大まであげるんです。僕の脱出が最後でしたので一頭だけ無事だったのが不思議です。今は近辺にいると思いますが……もう会う事は無いでしょう」
「……他に逃げ延びた者はいたか」
「わかりません、何人か脱出したようですが無事かどうか……」
そうか、と呟き紅は紅茶を啜った。
陽光によって琥珀と金赤の狭間を行き来しつつも、ゆらゆらとかなり歪んだ桜を映し出している。
クラウスはしばらく視線をその揺らめきに任せていたが、意を決したように話し出した。
「……青龍様は最期まで僕等を護って下さいました」
ふ、と紅の瞳に哀しみが宿った。
カチャリという音を立ててカップがソーサに戻ると花弁がひらりとカップの中に舞い降りて金赤に桜色を添えた。
「我が友は立派な最期を遂げたのだな」
その瞳は陽光降り注ぐ昼日中だというのに夜桜に隠れた月を見るように朧げだった。
「……はい」
彼には紅が涙する姿が想像できなかった。
今もやはり、太陽のように紅い真紅の瞳を哀しみに沈ませたまま紅は微笑んでいる。
紅茶に浮く桜の花弁が雫を乗せて、ゆらゆらとカップの底へと消えていった。
「姫様ぁぁあ!!」
いきなり怒鳴り声が響いた。
驚いて慌てふためき、狼狽するクラウスを紅が穏やかな笑顔を共に手でやんわりと制する。
「あぁ、すまない。我が部下だ。頑固者が一人いてね、気にす……」
——ベシッ
言い終わる前に何かが飛んできてそれは見事に紅の額に命中した。
「……るな」
「紅様大丈夫ですか!」
思わず、クラウスは立ち上がる。
紅の顔からズルリと落ちたのは荘厳な四尾の狐が見事に描かれた巻物だった。紅は顔からそれを引き剥がすと、苦虫を数十匹ほど噛み潰したような顔で見つめ、そっと、大切そうに摘まみ上げる。
「……我が父の名筆になんという扱いだ」
「紅様にはに言われたくはありませぬ!」
ぼふんと巻物から煙が立ち上った。
二人の前に、金が怒りの形相で現れた。
「あ、貴方は?」
「ぬ、申し遅れた。この方に御仕えする妖狐のとのこと申す」
「客人に失礼だろう、とのこ」
うんざりという感情が紅の顔にはそのまま出ていた。
「そなたに言われたくはありませぬ」
長い睫毛を震わせながら、ぴしゃりととのこは言い放った。
「こともあろうか、戦装束で公の場に立つとは、女性としての身嗜みもなっておらんことを恥ずかしいと思いませぬのか!」
早口息継ぎ無しで、とのこはやはりぴしゃりと言った。
「あー、わかった。とのこ、わかったよ」
紅はひらひらと両手を振った。一方、怒れるとのこと白旗を振る紅を前にクラウスは別の事で青ざめていた。
「……じょ、女性だったのですか!」
声は素っ頓狂に裏返っていた。そして、それがかなり失礼なことに気がついて、言葉を飲み込むようにクラウスは口を抑えた。
「ほれ見なされ、客人にも間違われておる」
ぺしぺしと巻かれた状態の巻物で小突く。紅はきょとんとクラウスを見遣った。
「かなりの剣の使い手とお噂され、戦装束であったので……僕はてっきり」
「姫と呼ばれていただろう?」
「……姫のように美しいからかと思い……」
クラウスは弁解のつもりだが、それとは別に紅ははたと気付く。彼の国では女性への礼儀を重んじる。その決まり事は多々あることを耳にしていた。
ふむ、と言って紅は腕を組んだ。
「性別など捨てた。私は唯の剣士だ」
「え、いえ、そうではなく」
「だからといって礼儀を粗末にする言い訳にはなりませぬッ!」
怒号とともにとのこがクラウスの言葉を代弁した。
——キィ——ン……
あまりの声に二人は耳を塞いだ。桜の花びらは散るのを止め、池は波立った。池の中にいた鯉が驚いて跳ねる。
「とのこ……せっかく咲いた桜の花がすべて散ったらどうしてくれる」
「その神通力でさかせれば良いのでは?」
「……うぅ」
紅は完敗した。
「ク、クラウス殿、話はまたあとにしよう」
このままでは身が持たないと悟った紅は、しかめっ面のとのこを押しのけて言った。
「はい、いつでも」
「部屋はこちらで用意した。あとでフィリクスに案内させる」
「フィリクス……」
「とのこと同じ我が部下だ。彼女は火を司る者でね、朱雀の分家である不死鳥と人間の半妖なのだよ」
クラウスはこくりと頷く。
是非彼女とも話を、と紅は言った。
話の区切りを見計らって、とのこが手を打ち鳴らした。控えていた侍従二人が紅を捕まえると、問答無用で引きずるように連れていってしまった。
——妖が恐れるつき姫の扱いがあれでいいのだろうか……
「いやはや、お恥ずかしい。紅様は少し抜けておるところがありましてな」
「い、いえ」
「わらわも務めがございますので、これにて」
ぼわっと煙が立ち上がるととのこの姿はなく、小さな金色の狐が佇んでいた。ぺこりと狐は頭を下げると森の中へと消えていった。
「……」
クラウスは溜息に押されるように椅子にもたれた。(ほとんど紅が食べた)焼き菓子の余りを口に運ぶ。
「……甘い……」
桜の木陰は、あまりに暖かく彼を迎え入れた。
——僕はここにいて良いのだろうか……
水の国の混乱からまだ時は経たない。この森の平和にクラウスはいつしか微睡んでいた。