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Re: 今日という名の花を摘め ( No.1 )
日時: 2011/09/08 15:26
名前: 熊 (ID: lj7RA5AI)

第零話 此れは所詮、狂人たちの物語

"記憶"は過去に現在だった時間軸の残滓だ。
その残滓は過去が忘却によって喪われることに抗わんとする過去の抵抗。
人の心に懸命に獅噛み付き、必死に忘却の彼方に喪われまいと抗い続ける、滑稽な行為。
結果は忘却の彼方に喪われる以外にないのに。
故にそれは終焉に対する時間の延長行為に過ぎない。
記憶は現在だった時間軸の残滓。
それは喪失の終焉を迎え、最後には忘却の彼方に散る。
神が世界に敷いた"時間"という絶対の法則に虚しい抵抗を続けて。

だが、この世界には喪われてはならない"記憶"がある。

"戦争は終わった"

勝利の喊声に世界が揺らぐ。
それは銃弾と剣戟の戦場が漸く此処に終結すると告げていた。

"戦争は終わった"

この双腕に握った機関銃の弾丸は何人の敵の体躯を穿ったか。
赤の液体を撒きながら斃れる敵の様子は脳裏を離れず、握った機関銃の感覚は依然、消えず。

"戦争は終わった"

神の御名の下に。
逡巡と罪悪感を抑え付ける様にその言葉を唱え、敵国の民衆に銃口を構え、…撃った。

"戦争は終わった"

この戦争で俺達はその腕を穢し続けた。
虐殺。暴行。拷問。処刑。私刑。戦争という環境の中で俺達は狂気に犯された。

"戦争は終わった"

兵士から殺人鬼に。兵士から戦闘狂に。兵士から喪失者に。
そんな戦争の痕に、俺達は祖国に英傑として迎えられ、その偉業を讃えられた。

"戦争は終わった"

…確かに戦争は終わった。
だが、俺達の戦争は──────────────、まだ終わっていない。

喪われてはならない記憶。
それは"戦争"だ。
銃弾に体躯を穿たれた死者の後悔を忘れるな。
剣戟に体躯を裂かれた死者の怨恨を忘れるな。

此処に、戦争の記憶に縛られた狂人たちの物語を綴ろう。

"狂気の牢獄に囚われながら尚も今を抗い続ける覚悟があるならば"

心の奥底でその精神を蝕まれ続けながらも。
それでも前に進む覚悟が胸中にあるならば。

"今日という名の花を摘め"