ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 大好きだった君へ無様に生きた私より ( No.25 )
- 日時: 2011/08/07 12:59
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: B1rykyOu)
人によって、惨酷とは違うものだ。
人間や、生き物をキスつけるのが惨酷だという者も居れば、愛する者を殺さなければないというのが惨酷という者も居る。
ただ、彼女にとっては、その『今』が惨酷なのだ。
人を殺そうとも、何も感じない殺人鬼は、愛を知るただのか弱い不死身の女。 知らぬ相手を殺そうとも、何も感じないのは殺人鬼としての感性だったのだろう。
「どうした、アリソン。 ボクを殺せないのかい? 何万人も、殺しただろう? 何故、ボクだけは特別扱いなんだ? 君の殺した人たちと同じ、ボクは人間だ」
ヴァンがその手に握り締めたナイフを、彼女の脳天に突き立てる。 だが、ナイフは頭蓋骨で止まり、彼女はそれをへし折った。 それにバランスを崩し、ヴァンは地面に倒れた。
ナイフは、もう無い。 直ぐにでも、殺せる。
私は腰の剣を抜き、彼の心臓に振り下ろす! が、その剣の鋭利な切っ先は彼の肉体を目前に、動きを止めた。
どうしても、躊躇してしまう。 経験とか、偽者と分かっていても。 殺せない……。
「どうして、こんな事をするの? どうして、惨酷を克服しろって? 何で、生き返らせたい相手殺さなきゃいけないの? 何で!」
彼女が、叫ぶ。
「簡単な話だよ、不死鳥は人間に科学という力を与えた。 その力を見張る役目があるからね。 場合によっては科学を力として暴れる人間を殺さなければならない。 例えそれが、恋人であろうとも、例外なくね。 だから、ボクがこの姿で君に殺させるんじゃないか。 君の心に渦巻くその無数の思考の糸を一手に断ち切り、瞬時に解決に直結する思考を生み出すためにさ」
その答えは、とても単純で、ドライなもの。
「不死鳥は、聞いての通り不死身。 だとすれば、一番惨酷に感じること程度、いくらでも上塗りされる。 それに一々怯んでいては勤めを果たす事などできない。 不死鳥として、苦しむ事がないように……という気配りだったのだが? それに当たってボクは、3回殺さないと死なないよ」
そしてその答えには、やはり『惨酷』が含まれる。
一回殺すだけでもためらうのに、3回殺さなければいけない。 それも、確実に。
「不死鳥って、何処まで酷いやつなんだろうね……。 いいよ、分かったよ。 私は、もう君を君とは思わない。 不死鳥との取引に、賭けてみるよ。 我が理性を司りし魂よ……汝その情を手放せ『マインドアウト』」
アリソンは、右手の指を自分のこめかみに当て、その呪術を発動した。
理性を手放し、やりたいようにするという。
つまりは、彼女の最もやりたい事に従順に従う。
今の彼女のやりたい事……それは言わなくともわかるだろう。 『彼』を助けるため、目の前の『彼』を3回殺す。
彼女の欲望が、肉体を突き動かした。
その右手は、己の脳天に突き刺さったナイフの刃を引き抜き、彼の脳天へと寸分の狂いも無く正確に投げつけ、突き立てた。
「1回目」
彼がバランスを崩し、一度死んで蘇った直後。
彼の視界から彼女の姿は消え、彼の視界が二つにずれる。
彼女が、その剣に刃を乗せ、彼の頭部を二つに切り裂いたのだ。 そして、彼が仰向けに倒れると、彼女の靴が、彼を起き上がれないように踏みつけた。
「2回目」
そして、彼が再び再生し、目を見開くと同時。
彼の顔面を、魔術の効果が切れ、刃を失った剣の切っ先が突き抜ける!
「最後、3回目」
そこでようやく、彼女は無残にも横たわる彼の返り血をその身に浴び、我に返った。
彼の姿を見ると同時、凄まじい喪失感と、後悔が彼女に襲い掛かった。
- Re: 大好きだった君へ無様に生きた私より ( No.26 )
- 日時: 2011/08/07 17:20
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: B1rykyOu)
彼女が涙をこらえ、膝を突くと同時。 再び彼女の視界は闇に閉ざされる。
「さて、もうそろそろ惨酷は良いだろう」
彼女の目と鼻の先で、やや低めのソプラノの声。
だが、彼女の目の前といえど、視界をやみに閉ざされた彼女に、その声の主を見ることは許されなかった。
だが、嫌に聞き覚えがある……。 いつも聞いている声を、低くしたような、そんな声。
それが、たった今目の前で喋っているのだ。 彼女は中指を声の方向へ向ける。
「おや、私を殺すつもりか? 無理をするな、私は死なぬ」
「やってみなきゃ……分からないでしょ?」
一瞬の沈黙。
「仕方ない、殺してみるがいい。 私はいかなる魔術を持とうとも、殺すことなど不可能だ。 唯一つの弱点を除いては」
……弱点?
そんなもの、知らないな。 私だって、彼を助けるためにはどんな事でもやった。
魔術だって、一年でそこらの魔術師と比べれば、魔王と呼んでも不自然が無いほどに鍛え上げた。
そして、この不死身の肉体のおかげで、命を削る魔術だって平然と扱えている。
「私のように、後悔すると良い! 不死鳥よ、汝……我が内なる激痛の刃を受けよ『デス・コール』・『インフェルノ』!」
呪文の後に、一瞬の沈黙。
殺したか……?
「殺したと思ったか? 死なぬといっただろう」
……死なないのか。
「私の唯一の弱点……夜叉による斬首以外に、私を殺す手立ては無い。 そして今から、その夜叉を手に入れるべく……古代……セフィロトへと向かってもらう」
夜叉?
それなら既に……
「もう、夜叉は見つけたよ。 今にも崩れそうなボロ刀のはず。 古代に行かなくても、私がお前を召還した書物のあった場所まで行けば……大神空という空狐が持ってるはずだよ」
その言葉に対し、
「無駄だ。 あの刀は、時を過ごしすぎた。 私を殺すにあたり、老いてボロ刀となった夜叉では殺すことは出来ない。 せめて、刃がまだ揃いきっている夜叉でなければ……私は殺すことは出来ない。 さ、夜叉を手に入れ、私を殺すといい。 夜叉をその手に握った時、私は再び貴様の前に、人の姿を取って現れよう。 本来の、人に化けた姿でな」
不死鳥がそれだけ言い終わると、彼女の視界の端に、光が差し込んだ。
そして、気がつくと自分は塔の中で仰向けに倒れ、吹き抜けから月光が差し込み彼女を照らしている。
夜……か……。
Capitulo Ⅱ 『残酷は人により誇張する』END
Capitulo Ⅲ 『神として神の如く強大に』