ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 大好きだった君へ無様に生きた私より ( No.56 )
日時: 2011/08/30 20:59
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: B1rykyOu)

 彼女達とは別。 城の中、クローセルの部屋にリーチェは居た。
 彼女は、自分の名前の長さに半ばウンザリしている節がある。 何故、ベアトリーチェなどと、長いのか。
 召使達が私のことを呼ぶときも、決まってベアトリーチェなのだ。 何だか、嫌だ。 理屈とかじゃない。 勝手に、気分的に、抽象的に嫌なのだ。
 クローセルが彼女の名前を長いと、失礼にも指摘し、リーチェと縮めて呼んでくれるのは、気分がいい。
 何でだろう? 抽象的な理由しかない。 彼が、彼だから。 これ以上の理由も、これ以下の理由も無くそうなのだ。

 「ベアトリーチェ様、こちらにお出ででしょうか?」

 召使の声。 不味いな、クローセルが居ない事がバレたら面動だ。
 彼女は機転を利かし、

 「こちらにはいらしては居りません」

 声色を変え、召使に返す。 だが、一向に、その召使が扉の前から退く気配が無い。 
 むしろ、私が居る事を確信しているかのような執拗さ。
 不意に、扉が開く。 足音が三つ。 それを彼女の耳が聞き取り、振り向いた。


・・・・・・・・・・・・

 「何だよ、こいつら……。 斬っても堪えねえ」

 塔の地下に向かった二人は、行く手を阻む“何か”によって、見事に足止めを食らっていた。
 塔に入ってすぐに遭遇した、身長三メートルの人型兵器とは違う。  身長2メートル程度の、人型兵器。 それも最初の“何か”と同じように直立二足歩行で、金属光沢を持つ黒いスライムのようなものが石の切れ端を繋ぎ合わせたような。
 それの動きは、力は、圧倒的だった。 最初に遭遇した“何か”とは、明らかに違う。
 素早く、攻撃をかわし、カウンターを入れる余裕すら見せている。
 そして、特筆すべきはとにかく強い! それ以外、表現方法が無いのだ。 特殊な力など一切備えていない。
 その癖、魔術を操る二人が苦戦するこの強さ。

 「だらぁッ!」

 腕を掴まれたクローセルは、その怪物兵器の頭に蹴りを入れる。 しかし、怪物兵器は彼のけりよりも早く、彼のことを投げ飛ばした。
 その隙に、アリソンの剣の一振り。 しかしそれですら、この怪物の前では無意味に等しい。
 彼女の方向に背を向けているにもかかわらず、刃を掴んでそれをとめてみせる。
 そして、別の個体が彼女の背を腕で殴打する!
 圧倒的……理不尽なまでの力の差が、そこにはあった。
 目の前に三機。 その戦闘能力は、一個体が若干彼女より強い。
 彼女達が思っているほど、高い戦闘能力を有しては居なかった。
 ただ、同等レベルの機動力を有し、異常なまでにタフなのだ。 いくら攻撃しても、堪えない。
 剣の一振りで、傷一つつかないその頑強なボディは、逆に剣の刃が負ける。

 「アリソン、喰われたくなかったら伏せろ!」

 クローセルが、アリソンの背後から叫ぶ。
 喰われたくなかったら? どういう意味か、考える前に彼女の身体は地面に胸を押し付ける。
 直後。
 一体何が起こったのか。 彼女の目の前に居た一体が、彼女の背後に吸い込まれる!
 背後には、両手を構えているクローセルの姿。
 その掌には、巨大な黒い孔が出現し、彼女の目の前から消えた一体を、丁度その穴の中へと引き込んでいた。

 「古式騎士<七式>、ベルゼブブ。 能力発動……暴食、『グラトニィ』!」

 ブラックホールとでも形容すべきそれは、特にこれといった引力を放っているわけではない。
 現に、彼女の方が彼の展開した孔の近くに居るにも関らず、引力を一切感じないのだ。
 どういった仕組みなのか。 騎士という単語が、引っかかる。
 二機目をクローセルが吸い込み、三体目に差し掛かったところでだった。
 彼の掌に出現していたその黒い孔は、空気を吐き出すと消滅した。 それを見て、クローセルの顔色が一気に悪くなる。
 そして……

 「ごめん、満腹だ。 しばらくまともに動けない」

 最悪の一言を、彼女に言い放った。
 一体に減ったのはいいが、これ一つで十分すぎるほど強い。 
 一対一でこれを相手にするのは……勘弁願えないものか。

Re: 大好きだった君へ無様に生きた私より ( No.57 )
日時: 2011/09/01 15:37
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: lkF9UhzL)

 不死身といえど、無敵ではない。 死ぬことは無くとも、体力は削れる。
 息が上がってきた。 それに対し、相手は機械。 疲れを知らず、エネルギーを与えれば動き続ける化け物だ。
 強力な魔術で、吹き飛ばすか?
 いや、それは既に検討した結果、危険だという結論が出たはずだ。
 地下へと続く階段……そんなところで山を削り崩す威力の魔術を行使すれば、まず間違いなく私達は生き埋めだ。
 上級魔術が、使用不可能となれば……相手を削るか? 結界系統の魔術の応用で、触れた相手を削り崩す魔術があったはずだ。
 いや、それも問題外。 魔力の消費もさることながら、あの一瞬の展開の内にクレーターのような行使の跡が残る。 やはり、それでも生き埋め。
 上手くやったとしても、奴を形作るあの石の鎧は異様な硬さだ。 鋼より硬い。
 相当な密度の、超硬度の鎧。 恐らく、その硬さはダイアモンドを超える。 そのくせ、軟らかいのだ。
 刃を通さぬ硬さと、あの高速駆動を可能にする柔軟性。
 何で出来ているんだこいつは……!
 手が無いわけでもないが、使いたくない。 けれどこの状況では……止む終えないか。

 「頭を庇って、地面に伏せて!」

 今度はアリソンが、クローセルに指示を出す。
 もちろん、彼女はクローセルの使った特定の物体のみを吸い込むブラックホールを扱えるわけではない。
 が、ブラックホールは扱えなくとも、重力は魔術を使えば意のままだ。

 「汝、内なる重圧に潰れろ『ヘビィ・ウェイト』」

 彼女の指が、残りの一体に対し向けられる。
 照準を定めると同時。
 指差されたそれは、まるで周囲の空気に押しつぶされるかのごとく破片を撒き散らし、多少の爆発を伴い自壊した。
 プライドの高いどこぞの戦闘民族であれば、耐え切れたかもしれない。
 今の魔術は特定の物体に掛かる重力の増減。 相手が重ければ重いほど、その威力は増す。

 「重圧、1200%で自壊か。 中々、脆かったんだね」

 それだけ吐き捨てると、アリソンは動けなくなったクローセルを担ぎ、階段を下った。
 10分くらい経っただろうか?
 一向に終わりの見えない階段を折り続け、そこでようやくクローセルが動けるようになった。
 そこからしばらく階段を下り、ようやく二人の視界に、目的地らしき部屋の光がもれる、扉が現れた。
 取り敢えず、押してみる。
 駄目だ、開かない。
 引いてみるも、結果は同じ。
 疎これようやく、クローセルがそれの存在に気がついた。
 鍵穴があり、恐らくこの扉……鍵が掛かっているという事に。

 「どうすんだ? 城に戻って宝物庫漁ってみるか?」

 クローセルの問いに、アリソンは無言のまま扉の前に立つと、

 「離れて」

 問いに対する答えではない、答えを返した。
 離れて、という事だ。 恐らくは、扉を吹き飛ばす気だろう。 だが、知恵の神を封じた部屋の扉。
 そう易々と、開くとは思って居なかった。 が、彼の予想に反し、彼女の魔術は平和的だった。
 クローセルが数歩下がった事を確認すると、彼女は扉に手を押し当て、

 「我が道を閉ざす者よ、我に道を開けよ『テンペスト』」

 彼女の言葉に従うかのように、扉は砂と化し、崩れ落ちる。

 「さて、夜叉は何処かな?」

Re: 大好きだった君へ無様に生きた私より ( No.58 )
日時: 2011/09/05 13:18
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: lkF9UhzL)

 夜叉はどこか。 そんな言葉は、すぐさま無駄だという事に気付かされた。
 ただ、だだっ広い星空の下に、黒い棺が一つ。
 ポツンと安置され、そこには胸の位置に深く突き刺された黒い刃の刀が、ただあった。
 来た道には、空間に四角い孔がぽっかりと空き、風をこの空の下に送り込んでいた。
 不死鳥を殺すというのであれば、この刀は中々どうして威厳の無い刀だろう?
 正直、大神の手にしていた刀は、ボロボロとはいえ力を持った剣としての圧力はあった。 だが、この刀には一切それが無い。
 つまり、偽者だったという事か? いや、見掛けで判断してはいけないとよく言う。
 威厳が無いように見えるだけで、圧力が無いだけでこの刀は本物のはずだ。
 アリソンは、棺へと歩み寄る。
 刀を握り、引き抜こうと力を入れた。 途端、刀はまるでゼリーにでも突き刺さっていたかのような勢いで、彼女の手の中へと収まって見せた。
 確かに、切れ味は凄まじい。 だが、切れ味だけであれば、ただの刀でも腕の良い鍛冶職人であれば作ることが出来る。

 「ようやく、忌々しい楔が抜けたか……。 遅かったな、フェネクス」

 不意に、そんな台詞が彼女の耳に届く。
 その音波信号の発信本は、明らかに目の前の棺。 そして、クローセルとはまた違う、男の声。
 台詞の直後、棺は内側から蓋が押し上げられ、中に居た屍が彼女の目の前で起き上がって見せた。 屍は、腐敗した箇所など無い。
 見た感じ、普通の人間。
 黒いコートの、黒髪の、真紅の瞳の、優男。
 特にこれといって特徴的なところなど無かった。 だが、妙に懐かしいのだ。
 会った記憶もなければ、見かけた覚えすらない。 何故か、懐かしい。
 こういうのを……デジャヴと言うのだろうか?

 「記憶が無いのか? それとも、消したか……別人か? 瓜二つの他人……というのも否定できないが、どうした? これから何をするのか、覚えていないのか? 言い出したのは、君だろう?」

 私はどうやら、この男と会った事も、話をしたこともあるらしい。
 そして、何かを頼んだ……。 何を頼んだのかなど、覚えては居ないが、この男は少なくとも覚えている。

 「記憶がなくなっている……という予測は、どうやら正解だったな。 さて、始めよう」

 風が、彼を中心に取り巻き始める。 風は、芝刈り機の様に彼の足元に生えていた草を丸く抉った。
 何を始めるのか……。 私の手に握られた刀と、彼を取り巻くこの鋭利な風。
 既に、脳内では予測がついている。 だが、その理由が全く無いのだ。

 「目が覚めたら君を殺す気で殺れ……って、君から頼まれたんだ。 そうだな、2000年くらい先の時代でさ」

 風が、彼女の頬を切り裂く。 彼女の傷は、切り裂いた風の流れに沿って消えるが、痛みは引かなかった。
 何か、特殊な力を持っている。 それも、私の知らない力……。
 魔力以外、妖力ですらない。 だが、詳しい情報は知らないにしろ確かにこの力のことは知っている。

 「人間そのもの……生きとし生けるもの全てが持ちえる最高の力だ。 これも忘れたか? ……仕方ない、もう少し特徴的な姿がいいか?」

 彼の言葉の直後、彼の容姿は音を立てて激変した。
 黒髪の優男。 彼の髪は、白の混じった灰色に。 そして、身体は瞬時に肥大化し、爪が、牙が出現した。
 頭が複数無いあたり、ケルベロスではない。 一頭の、巨大な灰色の狼に、姿を変えたのだ。
 彼はその真紅の瞳で、彼女を見据える。

 「ハイイロオオカミ。 魔界種族名、大陸大神だ。 俺は、まだこの程度の大きさだが……数千年生きたものはそれこそ大陸差ながらのでかさになるんだと。 君が教えてくれたじゃないか。 さあ、思い出したか? 覚悟は……いいか?」

 彼の攻撃が、彼女を襲った。
 巨大な前足の爪が、大地を切り裂き揺るがしてみせる!
 この程度の大きさ? いや、『この程度』が、全長100メートル以上!
 大陸の名前は伊達ではないと痛感させられるその圧倒的な大きさ……そして、この破壊力。 ……バケモノだ。