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- Re: Cheap(チープ) 第三話更新! 8/24 コメ求む! ( No.21 )
- 日時: 2011/09/07 22:13
- 名前: 風猫(元:風 ◆jU80AwU6/. (ID: COM.pgX6)
Cheap(チープ) 〜第四話「悪夢の空、地獄の大地」〜
「逃げ……ろっ……」
ゼェゼェと、荒い呼吸をしながらアイツは、短く一言そう。 吐き捨て咳き込み血を吐き出した。
目からは見る見る内に生気が失われていく。 あぁ、ヤバイ。 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! ヤバイ……ヤバイ!
体中の細胞が泡立つような妙な感覚。 脳内が、パンクしそうに悲鳴を上げている。 怨嗟がなり続けうる。
思考が進まない。 俺の幼馴染の紅木咲は死んだ。 巨大などす黒い脚。
剛毛に見える毛。 あぁ、相当にでかいが、カブトムシの脚だと容易く分る。
すなわち、俺が、白昼に見たあの巨大な残影は偽者じゃなく! それも俺の邪魔者であるアイツを処理してくれた。
夢の様だ。 いや、違う。 ヤバイ。 そうだ、ヤバイ。 俺は、今、緊急事態に遭っている。
あれは、実在してはいけない。 人を容易く殺す事のできる圧倒的脅威。 決して俺たちの意を汲んで紅木咲を殺した訳じゃない!
異口同音に俺と刹那は、旧知の友の名を呼ぶ。 死んでいるのは分っている。 助けようが無いのも。
そして、俺の中には、あいつが死んだ事による安堵と言うどす黒い物が有る事も。
『アイツを殺してくれた事は感謝するが、俺達がこいつに本当に遭遇した事には神を糾弾したい心境だぜ』
頭の中で考える文章さえまともな文法にならない。 詰り、それだけ俺は焦っている。
はっきり言って人間を死亡寸前くらいまでボロボロにした事は俺は何度かあるが、本当に死んだのを直視するのは初めてだ。
吐き気がする。 ヤバイ。 幾ら恨んでいるとは言え本当にしなれるといたたまれない。
『くそっ! 動けよ足! 来る……来るぞ! 動いた! 間接部分がギチッとなる音がした! ヤバイ……逃げないと!』
動いた。
愕然となる。 体中を針で刺されたような緊迫感。
あの時、俺達は此処に意気揚々と舞い込んだ。 だが、本心では、コイツに遭遇したいとは思って居なかった。
当然だ。 こんな大きさの化物、対処の使用が無いじゃないか?
怖い。 体中から冷たい汗が大量に発汗されるのが分る。
緊急事態。 ヤバイ。 頭が回らない。 逃げないと。 呼吸が苦しい。 痛い程に。
足! 足が、膝の部分がガクガクと震える。 震えてやがる。 止らない!
畜生! 死にたくない! 紅木咲のように無様に……果てたくな——ぃ!
「逃げるよ! 逃げるんだよ! 春水————ッ」
張上げられた大きな声。
俺の愛した右腕。 虹林刹那の声だ。
振り向く。 彼女は、冷静なのか? 声音が妙に震えている。 冷静じゃない。
俺より度胸が! 覚悟があるだけ? 何時の間に彼女は……?
いや、そもそも今、俺のこと春水って!? 君付けもしてない!? そうか。 こいつ相当、焦ってるんだ。
こいつだって精神的にギリギリなんだ。 俺が、刹那を護るのに何で彼女が、俺を突き動かそうとしている!?
こいつを泣かせない。 愛する。 何が何でもコイツと生延びる。
「…………動けよ! 俺の足ッッッ!」
「紅木咲君…………ゴメン! 貴方は、格好良かった!」
俺は、怒声を上げる。
ゆっくりとカブトムシの脚が動くのが分る。
どうして見つけられなかったとかどうでも良い。
見たくなかったんだ。 本当は、此処に来るまでに好奇心を恐怖が上回っただけだ。
今は、逃げる事に集中するんだ。 前を見て全速力で走る覚悟と言う名の準備をしろ!
地に横たわり地のベッドで永遠の安らぎを得たであろう紅木咲。 それに、刹那は、涙を浮かべて会釈する。
そして、今迄の付き合いについての感謝を述べて俺の背をバンと叩く。
何で紅木咲に感謝などするのだと憤慨したくもなったが今は、そんな気丈に振舞う彼女が、何より愛おしくて。
護らないと。 一緒に生きないと! 本気で思えて。
「すまない。 心配掛けて……全力で行くぜ? 愛の逃避行だ」
「何それ胸アツなんだけど! 言っておくけど体力と肺活量には自信あるんだ! バスケってかなり体力要るんだよ!」
俺は、刹那の肩に手を当て感謝の念を口にする。
僅かに頬を赤らめる彼女の顔が美しい。 精一杯の惚気台詞を口にして決心する。
これ以上惚気るのは、この危機を生延びてから。
それを察した俺の右腕は、色っぽく目を眇める。 そして、舌を小さく外に出し上唇を舐める。
宣言する。 体力の有る俺の右腕として妻として全力でサポートするためにバスケ部でエキサイティングしてるんだって事。
前から知ってた。 そして、俺は細身だが陸上の長距離ランナーだ。
彼女の足と俺の足。 何とかなる気がする。 何せ、カブトムシは体の構造上鈍重なはずだ。
それに、幸か不幸か俺達の親友だった男の死骸は、奴の脚に突き刺さったままだ。 動きも多少の間は制限されるはずだ。
走る。
奴が、まだ本格的に動き出していない間に。 しかし、直ぐに奴は、脚を振り回し紅木咲の死体を地面に叩きつけ動き出した。
グチャット言う脳髄が砕ける音。 俺達はつとめて振り返らず走る。
巨大な体躯では、移動し辛いだろう階段部分を使って。
其処には、子供たちが居た。
「本当だって! でっけぇカブト虫がこっち飛んでくるんの見たんだって俺!」
「馬鹿だろお前? そんなでけぇカブトムシ居るわけねぇじゃっ……ん? えっ……!?」
少年達だ。 5人のグループ。 真ん中を歩いているのがリーダーらしい。
どうやら、俺たちと同じで巨大カブトムシを目撃して此処に足を運べたらしい。
子供は純粋だ。 際限なく前へと進んでしまう。 そして、俺の中にある探究心という子供らしさがこの逆境を招いている。
そう思うと、餓鬼共が恨めしく見える。 勿論、思考的にむじゅんしているのは分る。
だが、俺はそう言う人間なんだ。 少年達を見捨てるか? 否、市子供達も直ぐにカブトムシの存在に気付いたらしい。
一人の気弱そうな、良く言えば危機察知能力の高そうな少年が、声を上げる。
実物を見て色めく純粋な大半の少年。 それをどうやって捕まえるか等と出来もしない談義を始める。
後ろを見ると慣れない足取りで階段と言う空間を認識しながら足場を確かめるように移動するカブトムシが居た。
「馬鹿! 死にに行くの!? あんた達の命があんた達だけの物だなんて思わないでよ!?」
「何だよ姉ちゃん?」
そんな状況把握の出来て居ない餓鬼共を刹那が、大声で説教する。 その声音は、いつもの刹那のそれとは全然違う。
迫力に満ちた声。 心底、少年達の命を心配しているような母親の様な強さ。
こんな時に面識も無い他人の心配かよ。 頭が下るぜ。 少年のリーダーらしい餓鬼の肩を持ち彼女は言う。
奴に、親友が殺された事を。 涙を浮かべて。 右前脚にこびり付く赤黒い血液が理由だと。
瞬間、少年達は夢が瓦解したかのような絶望的な顔になる。 何時だって夢の終わりは、惨めだ。
少年達は、一人を除いて散開する蜘蛛の子の様に逃げ出した。
だが、一人、腰を抜かして動けない奴が居る。 唯一最初から、恐怖感に塗れた表情をして居た奴だ。
「足が……動かな……いよぉ」
「僕! あたしの肩を強く抱き締めてなさい! 振り落とされないように!」
そんな少年を刹那は、無理矢理抱かかえた。 そして、落ちないようにしっかりと掴んでいなさいと言う。
重荷だろうが。 そんな餓鬼のために死ぬとか許さないぞ。 そう、心底言いたかったが彼女の顔を見ていると言えなかった。
彼女は、コイツを心底救いたいらしい。 昔からだ。 コイツは、人助けが好きで。
自分に害為す奴と自分の愛の邪魔をする奴以外には、心底優しい。
だが、逆に自分に害為す奴と愛を邪魔する奴には心底冷たい。
「お前らしいな」
「ゴメン、死ぬ確率高くしているような物よね……でも、受け入れて欲しい。 癖なんだ」
俺は、小さく刹那に声を掛ける。
無言で逃げ続けるのは精神的にきついから時々、話し掛けるのだろう。
息が詰るようで声を出すのだってきついのだが、もしかしたら逃げている間に今生の別れが来るかも知れない。
そんなのは絶対ゴメンだが、どんなに願ってもどんなに祈ってもどんなに拒絶しても世界は、残酷だ。
刹那は、自嘲気味に反省の言葉を述べ苦笑いする。 心配そうに見上げてくる子供に「大丈夫だよ」と易しく言って更に続ける。
自分自身、嫌悪しているらしい。 それでもやってしまう所が、昔から好きだったぜ。
口に出した事はねぇが……
「うわあぁぁぁぁっ!」
「あっ? 何だよ……是?」
階段を下り終えた時。 飛び込んできた声。
光景。 数少ない自然の風景を抜けた先は、更なる阿鼻叫喚の地獄。
巨大な蟷螂が自慢の鎌をギラリと輝かせて先程の子供達を皆殺しにしている姿。
巨大なトンボが、サラリーマンらしい中年を掴んで飛んでいる姿。 何だ是は?
再びの思考停止。 意味が分らない。 ついさっきまでは、こんな化物共居なかったじゃないか?
是は、本当に現実なのか?
「竜二君ッ! 仙太郎君ッ! 光君ッ! 黎雅君ッ! ゲボッ…ゴボォッッ!」
少年が必死な声で友人達の名前を呼ぶ! 大粒の涙が頬を伝っている。
嗚咽し恐怖とグロテスクな光景、精神の呵責の限界に少年は、ゲロを吐いた。
だが、そんな少年を同情する余裕など俺には無かった。
ただ、ただただ目の前の状況に呆然とするしかなかった。
首から上が無い物。 胴から上が無い物……臓物と血が散乱し強烈な血の異臭。
立ち込める殺意。 紛糾する街の人々の悲鳴。
殺戮を繰り広げる巨大昆虫の数々。 胃から妙な感覚が競りあがっていく。
あぁ、吐く。 吐くぞ。 俺は、吐く。 いっそ、大量の血でも吐瀉して死にたい!
だが、願ってもそう、簡単に人間、自分で自分を殺す事は出来ないらしい。
更なる絶望感と空虚感が俺の体を脱力させる。
畜生……畜生畜生畜生畜生!
俺達が、居なかった精々、十分程度の間に何が合った。
現実的じゃないことが起こり過ぎて……何が何やら…………
「刹那だけでも……助けてくれよ神様ッッッッッッッ————!」
その声は、正に悲痛。 唯、願うばかり——————
>>END
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