ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Cheap 第五話更新 Part2 9/20 コメ求む! ( No.36 )
日時: 2011/09/25 19:31
名前: 風猫(元:風  ◆jU80AwU6/. (ID: z8eW1f9u)

Cheap(チープ) 〜第五話「阿鼻叫喚」Part3

「嫌だよぉ……なんで皆、僕の盾になるんだよぉ……」

  甲高い情けない声で少年は、泣き叫ぶ。 黒い無造作な短髪のあどけなさの残る幼い顔立ち。 大き目の瞳孔が揺れる。
  それは、まるで依存していた存在を失う絶望感……喪失感。 漂う……漂っている。
  唯、少年は、疾風君は逃げるしかできなくて……一緒に逃げようと黒薙ちゃんに話しかけるも。

「ろくに動けない私が、一緒に行っても邪魔になるだけでしょう!?」

  そう、つっぱねられた。 何と言うのかな? 一人の命を護るために数人の人間が命を捨てる。
  絶望的な気分じゃないだろうか? 自分の命にそんな価値が有るのだろうかと疾風君は、心の中で自問自答しているに違いない。
  あたし達が、到着したときの絶望的な表情と言ったら見るにたえなかったなぁ。
  最も、戒の助けが間に合わなければ直ぐに追い付かれて彼は、蟻に食いちぎられるか踏み拉かれるかしていただろうから……
  感謝してもらいたいくらいだ。 何て、あたしがやったわけでも無いのに何を調子に乗っているんだ。
  いやらしい女だ……

「なっ? 何で……僕を襲おうとしないんだ?……何で、僕だけが生延びているんだ?」

  悲痛に歪んだその表情。 自分が殺される可能性を考慮に入れれば今もなお、彼は絶望の最中だ。
  早くあたし達が外に出て安心させて上げないと。 疾風君に、安息を与えてあげないと……
  あたしより先に、羽を広げろと春水が、戒に命令を下していた。
  瞬間、ガサガサと言う多少騒音めいた音を立て羽が開かれる。
  あたし達は、いつまた、敵襲が来るか分らないと急いで降りた。
  怪物昆虫の中から人が、出てきた。 その事実に、少年は心底、驚愕していた。
  彼の表情には、明らかな警戒の念が、浮んでいた。
  当然だろう。 姿が人のだけで人間の敵の可能性だって有るとか、バイオハザードの首謀者だとか勘繰りたくなる。
  それだけ、今の状況は現実離れしていて……何もかもを疑いたくなる。
  疑念を抱き隙あらば愛人すら裏切る、そんな強かさと生への執着が必要な状況なのだ。

「……人間? 人が、虫の中から? 何だ……何なんだ!? 
あっ、あぁぁぁぁぁっ! 宇宙大戦争が、本当に起こるって言うのか!?」
 
  少年は、取り乱し後ずさりする。 後ろも見ずに後退した彼は、蟻との交戦のさいに命を落とした老婆の遺体につまずき横転する。
  「きゃぅっ!?」と、小さく呻いて頭から……

  頭から倒れる。 
  パカーン

  パカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーンパカーンパカァーンパカァーンパカーンパカァーンパカァーンパカーンパカァーンパカァーンパカァーンパカァーン……澄んだ音。
  
  耳朶に響く。 おい、無いだろ? 無いでしょう……何で? こんな結末酷いよ!?
  酷い酷い……酷い酷い酷いヒドイヒドイひどいひどい酷い……ひ・ど・イ! 酷すぎる……酷いよ、嘘だよ……
  黒薙ちゃんやここに倒れている人達の犠牲はなんなのよ!?
 何で…………何でよ? 何でナンデ何でなんでナン……で!? こんな、終わり方するのよ!?
  神様なんか絶対、居ないって……心底呪った。 そうだ。 現実から目を背けるな。
  この人達が全力で護った尊いはずの命は、護った人の遺体につまづいて転んだと言う結果で死去したのだ!
  滑稽……出来の悪いチープな笑い話! 滑稽滑稽滑稽……滑稽! 滑稽! 滑稽な光景……割れた?
  割れた! 頭蓋が、運悪く捲れ上がっていた地面に、衝突して馬鹿みたいな澄んだ音を上げて!
  パカーンって言って……脳漿をぶちまけて? 
  れれっれれれれれ? 後頭部から顔面を貫通して……血すらほとんど出ていないじゃないか?
  血……生きている証。 生き物の色、それすら流さず彼と断定すべき部分が砕け散って……
  今まで見た中で一番、無残な死に方に感じる。 何せ、化物の手によって死んだ訳じゃないのだ。
  助かったはずなのだ。 あたし達が、助けれた命の……嘘……嘘嘘嘘うそ嘘嘘嘘嘘嘘うそ嘘嘘ッッッッッッ! 
  ウソだ嘘だ嘘だ嘘だ嘘ダウソだ嘘嘘嘘嘘……あアァァァァああぁぁぁああぁぁぁぁぁッッ!
  自分自身の自己満足気味な絶叫が耳朶に響く。 何か、人のために全力で悲しんでいる感じがして凄く心地が良い。
  本当は心の限界なんてとっくに突破しててちっとも人に死に悲しいなんて思えないのに……笑えるね?
  
「……嘘」
「何の意味も無かったぞ? なぁ、黒薙夢路! お前の護った命は自ら命を落としたぞ!
ははっ、ひゃははははははっははははははははは! 笑えるぜッッ! 何て、出来の悪い悲劇だよ!?」

  結果、口に出た言葉は唖然とした演技抜群の嘘一言。
  それに対して春水は立派だね? まだ、心が壊れていないんだ。 手を大きく広げて悲しみを全身でアピールしている。
  あたしには、もう、そんな体力無いや……もう、全力で理解できない事象に立向かう気力が無い。
  あぁ、眺めていてもどうせ生き返らないわけだしもう、戒の背中に行こうか?
  あたしたちは、他の逃げまどう恐らくは生延びられない人たちとは違い格好の安全地帯を手に入れたのだから。

「悲しい結果だったな……」
「何が?」

  あたし達が、背中に昇り座り込むと戒が話しかけてきた。 一部始終見ていて流石に、思うところが有ったのだろうか?
  でも、彼の言葉は、今のあたしには響かなかった。 とにかく、あたしは彼に聞いてみる。

「後、どれ位すれば安全地帯につくのかな?」
  
  明らかに声が憔悴してる。
  はははっ、情けない。 あたしの質問に戒はすぐに答えた。
  八時間程度掛かるらしい。 しかし、今の所、危険地帯と化している沢渡町を抜けるにはそれほど時間は掛からないとのことだ。
  あたしは、もうしばらく我慢すれば蟻やら蟷螂やらと戦うときの衝撃ともおさらばだと、安堵する。
  危険区域が浸食しているのなら移動している間に危険区域がドンドン広がるのでは?と言う、危惧も有ったが、それはしばらくは無いらしい。 確実に。 つまり、このカブトムシの言葉を信じれば、沢渡町を抜ければ、生延びられる可能性が高いという事。
  地獄の中で始めて見えた光明だ。

「嫌だあぁぁぁぁぁ! 俺は、しにたぐなーぃ!」

  しばらくするとあたし達の通う沢渡第四高校門前の風景。 高校に部活に来た生徒達の死体が、沢山ある。 
  あたし達と同じ制服の死体の群れ。 三十以上はザッと見ただけである。
  そんな中、大きな悲鳴が響いてきた。 聞き覚えのある声だ。 
  あぁ、数少ない東北出身の某ガンダム漫画の主人公な声の人に似た声の持ち主。
  紅木咲レオの部活仲間だ。 何かに追われているみたい。 恐怖に表情を強張らせている。
  ハァハァと言う呼吸音が今にも聞こえてきそうな息遣い。 正直、逃げ切れないだろうな。
  案の定、彼は、殺されてしまった。 死因は、蜘蛛の糸に貫かれた……って所。
  ビクンビクンって痙攣して口内から血の含まれた泡を吐きながら涙を流して……見っとも無い死に様。
  この辺境部分にある第四高校を抜ければ沢渡町を抜けた事になる。 実質、これが最後の危機と言う事だ。
  そう、思いたい。 

「やれるか? あの女郎蜘蛛……?」
「少し手強いな。 奴もまた、天性の狩人だ……だが、所詮は少し……だ」
 
  春水の言葉に、頼もしく答える戒。 目の前には、黄色と黒の縞模様が特徴的な巨大蜘蛛。
  しかし、戒は物怖じせず突進していく。 巨大蜘蛛は、彼の突き出した巨大な角を回避し後ろへと周る。
  だが、彼女の攻撃が通用する場所は戒の体には無い。 
  彼女は、後ろへと飛び退り紅木咲レオの部活仲間を殺した太い糸を高速で発射する。
  糸は、戒の装甲に弾かれた。 しかし、蜘蛛は諦めない。 今度は、角に糸を絡め戒の巨体を振り回そうとする。
  振り回して叩きつければ戒を横転させられる可能性もあるだろう。 そもそも、あたしたちは衝撃で死ぬ。
  彼もそれは理解しているのだろう。 ふんばる。 こう着状態になる。
  重量級の怪物同士の引っ張り合い。 数分はこう着状態が続く。 道路に亀裂が入る。
  圧倒的な力のぶつかり合い。 不謹慎だが燃える……しかし、こう着状態は長くは続かず戒が先に動き出した。
  彼は、糸を勢い良く引く。 巨大女郎蜘蛛は、彼に手繰り寄せられるようにして接近する。
  そんな彼女を戒は容赦なく、自らの最大の武器である巨大な角で貫く。
  ズブッと言う妙な音が耳に残る。 何度か脚をバタバタとさせて巨大蜘蛛は生命活動を停止させた。
 
  巨大蜘蛛の亡骸を無造作に振り回して捨て彼は、また走行を開始する。
  ふと校庭に目をやる。 そこには、彼女の卵が、大量に生まれていた。
  そして、巣には沢渡第四高校の生徒達。 まだ、生きているみたいだ。 それを証拠に動いている。
  どうやら、幼虫の栄養源として生け捕りにされているらしい。 哀れだ。
  
「戒」
「何だ?」

  その光景を見た春水が戒に声を掛ける。

「あの人間を蜘蛛の子供が孵化するまでに全員助ける事は出来るか?」
「…………蜘蛛の糸を紡ぐには細緻な技術が必要だ。 無理だろう」

  一応の確認。 昆虫とか節足動物に詳しい彼なら最初から分っている事。
  憮然と彼は、笑みを浮べ戒の冷厳とした声の回答に「やはりか」と頷いて更に言葉を続ける。

「蜘蛛の餌になるのも憐れだな……全員殺す事は出来るだろう?」

  彼は、そう言った。 卵を全部壊せとか……そう言うことは言わず、人間を殺せと—————
  理解した。 彼もとっくに疲れていたということ。

「何を?」
「やれ……命令だ」


  沈黙。 戒も戸惑っているのだ。

「やれと言っている!」


>>END

NEXT⇒第六話「失った命の意味」