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- Re: Cheap 第七話更新 10/20 コメ求む! ( No.50 )
- 日時: 2011/11/26 23:11
- 名前: 風猫(元:風 ◆jU80AwU6/. (ID: rR8PsEnv)
Cheap(チープ) 〜第八話「迷走……迷走! 迷走する意思」〜
「七ヶ月ってこんなに長かったんですね?」
春水君が、お父さんを殺して明日夢さんが全てをさらし彼女に従うようになって七ヶ月が過ぎていた。
今は、二月下旬で東北地方に位置するここは、相当に冷え込んでいる。
そんな寒空の中でも春水君は、一縷の希望を持ち対巨大昆虫用のライフルを抱えて走り続けていた。
この日本から……世界から隔絶された地獄からその要因たる魔物達を殲滅することを目的として。
最近、あの人の背中が大きく見えるのだ。 護るもののために全力で走っているの。
無駄な努力にしか見えないって戦う気力の失せたほとんどの人々はせせら笑うんですって。
あの後、明日夢さんの目算通り巨大昆虫が、出現するに適した濃度と化したあらゆる市区町村で巨大昆虫が出現した。
そして、次々と人間達を襲った。 巨木のような脚で踏み拉き、強靭な刃のような脚先端部で貫き先鋭な顎で引きちぎり。
あらゆる手段で人々は殺され食されていった。
それにより日本の人口は、一ヶ月で七千万へと激減した。
そこからは、政府の手際により強固な施設に人々を非難し被害は激減した。
しかし、物資が枯渇すればどうしても外へ出て食料を調達しなければならない。
彼等、上位捕食者と呼べる存在のいる外側に出るのは矢張り自殺行為で。
外に食料を取りに出る一般人男性や自衛隊などで構成された部隊は大概、半数以上が死亡するのだそうだ。
多くの人々は、悲嘆と絶望のどん底に居て……希望を持って走る存在を蔑視する。
怒り憎しみ閉塞的でプライベートのない施設の中でやり場のない憤懣の条が爆発し殺し合いに発した施設も多いらしい。
今や、日本人の全人口は、四千万人を切ったらしい。
そう考えるといかに頑健でこの状況を想定した装備の整った施設の中にいるとは言え今まで生き延びられたのは本当に凄い。
「もう……もう、巨大昆虫を殲滅するなんて夢想を掲げないで良いんだよ春水君。
あたしは、もう、十分、生きた気がするから……静かに愛を語って死んでいこうよ」
あたしの部屋。
女の子が一人で住むには殺風景この上ないが、個室と言うだけマシなのだろう。
何せ、生延びたほとんどの人々は、プライバシーも何もあったものじゃない段ボールの壁で仕切られた世界で生きているのだ。
きっと、あたしなら発狂して自害するか絶叫するか……誰かを殺していたかもしれない。
そう、考えれば、あの時の春水君の選択は最良だったと思うの。
だから、懺悔の時間は終わりにして欲しいんだ。
もう、自分を許してあげて。
明日夢さんと話すのは個人的に厭で……嫌悪の対象だから。
春水君も幸せに外であたしと愛を語れる世界を造りたいからと言って毎日戦っているから。
最近さ。 いっつもこんなことばかり考えている。
幸せなのかな? サットって言ういかにも粗野そうな男たちに目をつけられて性欲のはけ口にされる訳でもないし。
あぁ、あの人達は明日夢さんフォーエバーなんだろうけど。
ちなみにサットのメンバーは、明日夢さんの命令に従って食料の調達に外には出るけど昆虫の討伐には率先的ではない。
彼らもまた、夢想にすがる春水君を馬鹿にしているのだろう。 いや、間違いなく影で嘲笑しているのは確定だ。
「寂しいよ春水君」
寂しい。
どうせ、もう、終わりなのなら二人で抱き合って死にたいよ。
身勝手って罵られても良いから。
君のやっていることは無駄なんだよ。
寂しいから、誰も相手が居ないから。 狭い個室の中でろくに動きもせずに……独り言が多い。
運動もしないからきっと、身体能力も落ちているんだろうな。
笑える位に自分が情けなくてそれが、あたしの弱音の引き金になっているのは間違えなくて……
あたしは、腹が立ってお手洗いへと歩き出す。
手を鼻孔の近くに置くと饐えた臭いがムワリと放たれて不快感が助長される。
お風呂は毎日、入っているのだけど……入念に体は洗っているのだけどどうやらあたしは臭う方のようだ。
あぁ、今、分った。 彼が、変態趣味じゃなけりゃあたしの体までは愛してくれないのかなって……
化粧室。 トイレの数は、様式が二つだけ。 明日夢さんとあたしの貸切。
奥に近いほうがあたしの……狭いトイレの中のほうが落ち着く。
腹が立つと何時も此処に入る。 唯、心のざわめきを落ち着かせるために。
ふと気紛れに回り道をする。
それは、今や実験の実権を握る明日夢さんの独占のラボ。
研究用の器具の一式がそこに揃う。 戒もそこで理性を得た。 戒にとっては第二の故郷らしい。
戒はと言うと二ヶ月前に同等の巨体を持ったクワガタムシとの死闘の末、死亡した。
その戦いは凄まじく春水君も息を飲むほどだったらしい。
当時の強化ライフルは、甲虫類の堅固な装甲を貫通させるほどの威力はなかったらしくて春水君は、深く嘆いていた。
人は死ぬ。 虫も草木も鳥も猫も何もかも死ぬのだから……それを悔やむ必要はないんだよって。
そんな月並みな慰めしかできなかったあたしが悲しい。
そんな過去の記憶に思いを馳せながら灰色一色に統一された色気のない通路を歩き続ける。
この施設は、沢渡町の離れにある山群の中腹をえぐって造られたものでそれなりに大きく一つ一つの通路が結構長い。
実は、その通路を歩き続けるだけで割りと漣だった心が落ち着くくらいだ。
「へぇ、このクワガタちゃん生きてたんだねぇ? そうかぁ、じゃぁ、この混合技術を使えるかもねぇ?
ふふふっ、力を望んでいる群青原君辺りなら率先してやりそうだね?
大岩すら投げ飛ばす怪力と飛翔能力と鉄をも超える強度を持った怪物人間の誕生って?
SFみたーぃ! 夢見てた最高! 群青原君が来たら早速やろう! あはは、滑稽だよねぇ?
そんな姿、刹那ちゃんにさらしたら何て言われるのかしらねぇ!?」
心が少しずつ落ち着いてきた。
呵責が、水面へと顔をうずめて行く。 良かった。 あたしは、また、今を冷静にいられる。
そう、思ったときだった。
明日夢さんのラボを通りかかったとき。
彼女の嬉しそうな声。 その内容は、明日夢さんが、長年の研究の末に最近、完成させた技術。
人間と昆虫のDNAの有効的な融合による強力な新生命体を造ると言うもの。
普通なら生物兵器として糾弾されるだろう、道徳心の欠如だと非難されるだろう。
そんなことを彼女は、平然とやってのける。
強大な化物に対抗するためにその強大な力を利用するというのは良くあることだと思う。
でも、利用される対象が、春水君となると話は別だ!
あたしにとって一番大事な存在だ! そんな彼が、醜悪な姿になってしまう。
人の姿を忘れ明日夢の人形と化す。 なぜよ? サットって言うお気楽で楽しいMっ気たっぷりのペットが居るじゃない!?
何で春水君を…………許さない。
殺してやる。 あたしの心は全然、冷静じゃなかった。 あの日からずっと壊れたままで修繕なんてできてなかった。
心は、そんな単純じゃなかった。
無用心にも扉は開いている。 或いは誘っているのか?
否だ。 一々、あたしの動きなど監視していないし奴等は、どうせあたしなど眼中にないに違いない。
後悔させてやる……死体は見慣れた。 銃の撃ち方もすでに知っている。
やってやる……
「機関銃……」
眼に映ったのは機関銃。 どうやら、サットの面々の報告を受けているようだ。
律儀に全員揃っている。 その機関銃はサットのメンバーの装備の一つだ。
彼らは、危険を冒して食料を調達するために外に出る事はある。
でも、ホームに戻ると常に、弾薬の補填をしている。
乱射すれば全員殺せる程度の銃弾は、明らかにその機関銃の中にあるだろう。
幸いにして個人識別コードなどと言う面倒なものもない。
おそらくは、この状況を想定してのことだろう。 外に出て他の外の人間に対峙することなど皆無なのだ。
律儀なことだ。 生真面目に普通を踏襲していれば良いことを。
「もしかしたら暴走したりしませんかね?」
「そうしたら、撃ち殺せば良いのよ」
機関銃を握る。 引き金に指を差し伸べる。
こっそりと身を屈め進入する。 この施設は、外からの防御は完璧に近いが中の警備は、柔も良い所だ。
異物が中に入っても何も反応はしない。 つまり、人間の目しか異物を確認する術がない。
最も、それで十分だからと言う想定なのだろう。 甘いんだよ。
あたしは、居ないような物だって思っているのが……
サットの隊員のあるしゅ最もな問いに最も残酷な返答を返す明日夢。
その姿を捉える。 どうやら、サットの面々が彼女の盾になるように彼女の前に立っている。
成程、ボディーガードだ。
彼女を一瞬でも護って死ねるならあんた達は本望だろう?
「死ね……」
「ウワあぁぁぁぁアァァアあアアああああああアァァァアアああぁァァァああッッッッ——————」
一息深呼吸をして素早く銃口を向け乱射する。
弾丸の発射される無機質で規則的な音。
何かが破砕する音。 悲鳴。 肉が抉れる様。 内臓が空に踊りビチャリと落下する様。
脳が吹き飛び赤の中に骨の白が浮ぶ様。
全てが鮮明ではなくエコーが掛かっている。 汚い男の悲鳴が、心地悪い。
女の悲鳴はない。
この状況で悲鳴一つ上げないとはやりますね。 流石、イカレ女です明日夢さん?
まだ、生きている明日夢を見詰めてあたしは、銃を彼女に向ける。
「あららららららぁ……聞いてたのかぁ? ついに聖人卒業だね刹那ちゃん? あたしは、本当に嬉しいよ」
「うるさいな……黙れよビッチ!」
次は自分の番だって分らないの?
苛々するな。 叫べよ。 喚けよ。 涙を流して懺悔しなさいよ! 命が惜しいでしょう!?
何をしても何を言ってもアンタを殺すことに変わりは無いけどね!
あぁ……黙れって言っちゃったか。 まぁ、目の前の女はどうせ、黙らないでしょうけど。
「……………………」
「何よ。 お得意のマシンガントークはどうしたのよ?」
律儀に黙る目の前の白衣の女。
周りは血の海で鉄の刺激臭が鼻を突く。 正直、犯行者のあたしが、恐怖しているのに。
目の前の女は、何も感じて居ないのか……口角を上げて手を広げて笑い出した。
「はははははははははははははははははははははははははははっ! 撃ちなさいよ?
あたしには、何の未練も何の記録もないのよ! 唯、世界に明日夢と言う存在の力を刻み込みたかっただけなのよ!」
ターン。 けたたましく笑う明日夢の言葉を遮りあたしは、銃弾を発した。
彼女の大腿部に弾丸が命中しジワリと衣服を通して血が染み出ていく。
彼女は、音も無く這いつくばる。
しかし、なおも痛みも感じていないかのように彼女は喋り続ける。
「憐れな憐れな刹那ちゃん! 本当は、全然、春水君になんて見られても居ないのに!
分らない! 彼は、唯、君を慰み者にしたいだけ! 貴方の内面なんて興味なくて体と声と顔だけにしか!」
「それが、どうかしました? あたしも春水君にはそれしか望んでいませんよ……
拍子抜けですよ明日夢さん。 貴女には本当に失望しました。 死ね」
捲し立てる明日夢。
その言葉は、最初から全て知っていたこと。
あたしも春水君も……所詮は……
あぁ、何だ。 観察眼に優れていて嫌味ったらしい貴女が最後に言う事はその程度なんだ?
拍子抜けだな。
死ね。
明日夢——————…………
>>END
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