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Re: Cheap 第八話更新 10/29 コメ求む!【500突破】 ( No.52 )
日時: 2011/12/07 19:41
名前: 風猫(元:風  ◆Z1iQc90X/A (ID: rR8PsEnv)
参照: 急遽トリ変更!

Cheap(チープ) 〜第九話「明日夢」〜


  「ずわあぁぁーんぬぅぇぇーんでゅぇーしたア゛ぁぁぁぁァァァァァァッッッッッッ!」


  間に合ったぁ。
  サットの連中は本当に良い盾になってくれた。 お陰で間に合った。
  しかもギッリギリ! 撃たれる瞬間。 はぁっ、快感!
  良い緊張感でした…………さぁ、こっからは、レッツパーリィ!

「なっ? 何なのよ!? そんな……」
「月並みな反応乙!」

  痛め付けてやる。
  この鉄の装甲と怪力、人間の倍の数の腕と強靭な凶刃!
  負ける要素なんて欠片もない!
  痛め付けてやる! 良い声で泣きそうだ! 泣け! 啼きなさい!
  啼け泣け鳴け泣いて! 鳴け啼け鳴け泣け泣け啼け! 甲高く……
  そして、一向に減る事のない化物狩りに興じてお前に見向きもしない彼の名前を呼べ!
  そうしたらあたしは、全力で嘲笑してお前を殺す!
  ぐっちゃぐちゃに……キリング!
  レッツパーリィ!

「化物……醜いんだよ! 明日夢!」
「分ってるさ。 分ってますよぉ!? 心も……容姿も醜くなっちゃって……
世界の全てが憎くてたまらねぇなぁおい! 綺麗な小猫ちゃんでいつまでもてめぇはいられるのかよ!?」

  刹那ちゃんの腹部にあたしの蹴りは見事に命中したようだ。 口内から少量の血を流し腹部を支えながら苦しそう。
  心なしか……いや、確実に大量の脂汗が出ているなぁ。
  歪んだ眉根はそれでも形が整っていてそそられる。 化粧っけのない相貌が発汗と対照的に蒼白となっている。
  絶望、痛苦? それとも両方……快楽。 悦楽。 あたしにはそれしか感じない!
  さぁ、始まったばかりだ。 絶望のレッスンを続けよう!
  刹那————……!

「逃げるなよぉ小猫!」

  よろめく足を全力で動かし小猫ちゃんは、醜態をさらしながら逃げ続ける。
  圧倒的な脚力を有する怪物だ。 今の私は。 正直、彼女の動きなど本気になれば容易く捉えることができる。
  だが、恐怖に表情を歪ませて逃げるお嬢さんと言うのはなんともそそられるもので……
  腰を振りながら誘ってんのか!? って、感じでいつまでもみていたくなってしまうの。
  殺すのは簡単。 なんでも簡単なんだ。 だって、あの化物昆虫達だって数ヶ月で明確な対策武器が完成したのだから。
  とにかく、力を振るって破壊して圧倒的な死の恐怖と無力感からくる絶望感を味わわせて……
  恥辱、屈辱……味わわせて。 どこまでも愉快だ。
  時々、私の様子を伺おうと振り返る彼女の眼には、既に大粒の涙が浮べられていた。
  でもまだ。 まだまだ、足りない。 せめて失禁でもして貰えると愉快だなぁ。

「くっそ! 何で体全て装甲で覆われてるのよ!? 普通甲虫っておなかの部分はふっから柔らかなのにっ!」
「残念ねぇ? そんなライフルで貫通できるほど柔らかくなくて……」

  女子トイレの区画に差し掛かり十秒以上走っていた彼女は意を決したように振り返り銃を構える。
  二発ほど射撃し軽く装甲に阻まれた事を確認して毒づく。
  甲虫のあれは柔らかい体を護るためのものでさ。 腹這いに歩行する彼らは腹部を装甲で覆う必要性が少ないのよね?
  だから、甲殻で覆われていないの? 
  ならば、二足歩行のあたしならDNAが体の硬度を不足と評価し全ての部分を装甲で覆っても何も不思議はない。
  まぁ、絶望感が増すわよねぇ? 攻撃手段なくなっちゃたわけだし。
  そろそろ、抵抗する気力も無いかなぁ? いやいや、それは無いなぁ。
  
  だって、最近、できた甲虫甲殻対策武器が武器庫にはあるわけだしね?
  まぁ、そこまで辿りつく覚悟があるってことは勇ましくて格好良いわね。
  でもさ。 美談よ。 そこまでたどり着いて武器を手にして反撃できるなんて夢にすがるなんて……
  蛮勇を通り越して愚行。 付き合ってやろうじゃない。 
  刹那ちゃんはけん制にすらライフルじゃ役不足と悟り銃を思い切りあたしに投げつける。
  勿論、そんなものに何の意味も無いのだけど一瞬の足止めになればということだろう。
  それなりに重量のあるライフルを捨てた事により身軽になった彼女は、先ほどとはまた違った速度で走り出す。
  移動先は決まっている。 彼女も馬鹿じゃない。 淀みなく最短ルートで走り出す。
  腹部の痛みは容易いものではないはずだけどアドレナリンが大量に分泌されて耐えれているという所かしら。
  無駄無駄……あそこまで行くには、女の足じゃどう考えても十何分かはかかるんだから。
  緊迫感に体を制御できなくなって足もつれさせて倒れちゃうんじゃなーぃ?

  響き渡る音は、刹那ちゃんが全力で床を蹴る音だけ。 静寂の中に騒音。
  中々に愉快だ。 しばらく、八分程度のあいだ、あたしはゆっくりと彼女の後を歩いて追う。
  時々、後ろを向きあたしの表情や動きを確認するが無駄な反撃などは一切せず彼女は走り続けた。
  息を切らしながらもなお。 体力有るなぁ。 さすが、バスケ部のエースってだけはある。
  それに、この重圧でも倒れないのだから胆力もたいしたものだよ。 良いね良いね! 最高だねぇ!

  まぁ、それでも、巨大クワガタの力を有したあたしから比べれば体力も有限で……鈍間なんだけどさ?
  一回、本気で跳躍すれば一瞬で追いついてしまうのが分る。 勝負にならない鬼ごっこ。 
  退屈だけど圧倒的な強者の気分と言うのは大した優越感だ。
  あたしは、存分にそれを堪能して一気に跳躍する。 コンクリート造りの床が砕けて抉れる音が心地良く響く。
  これほどの脚力なのか。 ちょっと、お姉さん快感!

  飛翔する。
  身体が宙を浮く。 この建築物は相当に広くてさ? 四階建てなのだけど一階一階が、高さ五メートルくらいあるのよね?
  一回の跳躍。 一回の飛翔。
  それだけでさ。 全力で逃走を図る刹那ちゃんを追い越すには十分だったよ。
  悲しいね? 貴女は武器も無い。 目的の進路上にはあたしが居る。
  絶望的だよね? もう、手段ないよね? あたしの横を何とか通り抜けるなんて……
  そんなふうに圧倒的有利の余韻に浸っているあたしを彼女は一瞥もせずすぐさま来た道を戻る。 
  この研究所は一階一階が広いが、階ごとの造りは単純だ。 廊下が長ったらしいだけで道が一繫ぎなのだ。
  つまりは、行った道を戻って走り続ければ結局は目的地にたどり着けるということ。

「へぇ、まだ、抵抗するんだぁ? 無駄だってのが分んないのかなあぁ!?」
「——————クスクス。 明日夢さん。 明日夢さんは全く分ってませんね?」

  あ゛? あたしが何を分っていないって? あんたはあたしから絶対逃れられないんだっての!
  それともあれか? 虫殺しに必死な恋人もどきの道化君が来てくれると本気で信じてんのか!?  
  馬鹿? 莫迦なの? 超馬鹿なんじゃないの!? あのさぁ……いつだってころせんだよ。
  ほーら、背中にキックが入りまちたよぉ刹那ちゃぁーん!

「がっ!」
「ノーッッ! まだ、倒れるなよぉ? まだまだ、虐めたりないんだよぉ!」

  メキッと言う不快な何かの砕ける音。 恐らくはどこかの骨が砕けたのだ。 快感。
  倒れこむ刹那。 おいおい、倒れて良いって誰が言ったぁ!? 
  そう、楽しく床でのたうって貰うのはもっと痛みを感じさせてからだ!
  あたしは、右腕上部にあるミヤマクワガタの大顎とそっくりの鋏を彼女の右腕にあてがう。
  ひやりと冷たい感覚が襲ったのだろう。 彼女の全身が情けなくふるえた。  
  じゃぁ…………痛い目にあって貰おう。
  人間には二つの恐怖がある。 一つは圧倒的な死の感覚や知識に無い物などに対する精神的ショック。
  次に、容赦ない肉体的な痛みに対するショック。
  
  痛みだ。 今、君に痛みを与えてやる。
  ギチギチギチギチ……少しずつ少しずつ万力のように彼女の細く白い腕を千切っていく。
  血が流れ白い肌が朱に染まっていく。 声にならない慟哭を彼女は、垂れ流し続ける。  
  高く澄んだ彼女の声は綺麗で心地良い。 
  ミシッ……
  どうやら、骨に到達したようだ。 人間ってこんなふうに痛みを与えても案外気絶できない生物なのよね。
  ほら、案外、脆いと思ってる人が多いけど上手くやれば両手両足、切断してもすぐには死なないのよ?
  ははっはははははははははははははっ! ミシッ……ミシミシミシミシミシミシミシッッッッッ————————!

   


   最ッッッッッッッッッッ高ォ——————————————!




「あっ……あ゛あぁアァァアアあぁァァあぁぁあアッアあぁぁあアあっっがはぁっあがっ…………はっ、はっはっはっ……うあぁ」

  骨が砕け散り完全に切断された腕がボトリと音を立てて床に落ちる。
  彼女は、力なく倒れこんだ。
  あぁ、もう飽きたな。 殺そうか。 
  あたしさ。 新しい楽しみ見つけたから。 死ぬの面倒になっちゃったんだよ?
  あの研究が成果を結ぶまでは結構、外に出て化物共と戯れてさっさと死んでみるのも良いとか思ってたけどさ。
  今はさ。 この圧倒的な力をふるいたいんだ。 ふるってふるってふるいまくって……

「潰れろ刹那————……ん?」
「消し飛べ明日夢」

  地べたに這いつくばり羽虫のように悶絶する刹那。 
  虹林刹那を今すぐ処断することを決定したあたしは、圧倒的に巨大な鉄の足で彼女の心臓を踏み潰そうとする。
  その瞬間だった。 聞き覚えのある声が耳に響く。
  まじかよ? 笑えないぜ……この声。 あぁ、彼女の賭けが勝ったとでも言うのか?
  ふざけんな。 おい、振り向いた目の前にあるこの円筒状のグレーのはなんだ?
  映画とかでも良く見かける。 あぁ、そうだ。 手榴弾。 対巨大甲殻昆虫用に特化した手榴弾だ。
  あはっアハははははははははははハッ! 無いわぁっ! 何の奇跡よ? 
  でもね? でもさ。 あたしの今の反射神経ならこんなの爆発する前に投げ返すくらいの事できるんだぜ?
  そもそも、爆発を直撃でくらっても死なないっ!?
 
  ライフル!? 対巨大甲殻昆虫用のライフルがあたしの左足に……痛い! ぐっ……
  あぁ、頭の中で刹那ちゃんが、してやったりみたいな笑み浮かべてるのが見えた……
  畜生。 群青原春水! 何様————————…………







                        ————————炸裂した。 目の前が圧倒的光量に支配される……


  続いて体中の装甲が根こそぎ吹き飛ぶ感覚。 そして、顕になった筋肉が熱により蝕まれる感覚。
  耳をつんざくほどの音響。 だがっ!
  だが、あたしは、死なないんだよ! そもそも、この爆発じゃ彼女も聞けんじゃないかボーイフレンド!
  爆風のダメージは有るかしら? もしかしたら手榴弾の破片が脳髄深くや心臓深くを抉るかも。
  いや、炸裂したのだ。 いままさしくそう、なっているかも!

「ははっ……良いね良いね最高だ! 自分の女ぁ、捲き込む寸前だったぞ。 なぁ、群青原君!?」
「…………あいにくと運命の赤い糸は奇跡を呼び起こす」

  何を馬鹿な?
  そんな非科学的な妄言打ち砕いてやる! どこまでも愉快なんだよぉ!
  あたしは、コンクリート造りの色気のない床を圧倒的な脚力で踏み拉き跳躍する。
  なおも冷静な表情で奴は、ライフルを構え容赦なく弾丸を発射する。
  あたしは、別段、装甲の固いクワガタの頭部を模した物が付いた右腕上部を盾にしながら進む。
  五発目の弾丸を受けついに砕けたが、すでに奴との距離は無に等しい。
  チェックメイトだ! あいつの持ってるライフルは一回、最大六発までしか装填できない! 死ね!

  群青原春水——————……
  あれ? 何で……なんで腹部に激痛が奔っているんだ?
  あたしは、ゆっくりと下を見る。 
  そこには、半径二センチ程度の結構大きい穴が二箇所。 開いていて血がどくどくと流れていた。

「悪いね。 律儀にあんたの造ったままの状態で使ってるわけじゃないんだよ」
「…………ふん、自分で銃器改造するとか……アンタもこの地獄に染まってきたじゃない」

  あぁ……出血多量で眼が霞んで来た。 
  でも、この化物の体力は人間に比べりゃ無尽蔵だ。 
  まだ、手をふるってアンタを潰すくらいの体力はある!
  まだ、動けるのか? そんな瞠目を彼は見せた。 科学者として分る。 これは、嘘を付いている表情じゃない。
  如何に、彼がまだ、武器を残していても行動が遅れれば意味を成さない!
  そうだ。 化物になってまでこんな餓鬼を殺せないようじゃ名折れだ!
  振り下ろすまでに何とか拳銃やらで一撃入れてくる可能性もあるがそれぐらいじゃ止ってやる気はない!
  そうだ。 殺す。 あたしの努力の結晶。 その圧倒的力がこんな餓鬼一人殺せず敗れて良いはずがない。

  れ? あぁ……なんだ? これ? 右脇腹? 右脇腹に激痛!?
  冷たい……これは刃物か?
  あぁ、切裂かれる感覚が襲う。 甲虫対策用の武器じゃない。 柔らかくなった腹部だから……
  あぁ、刹那ちゃんか……彼女には、護身用のナイフが配布されていたような……



  

  気が…………————————

「ゴプゥ……」
「……春水は、殺させない……殺させない!」


  
  畜生。 ここまでか。
  完全なる闇があたしの視界を支配する。
  刹那に見えたのは、空虚なるあたしの姿。 

 

  厭だった。
  むなしいのはいやだった。
  そんなまま消えていくのは厭だった。 今でもいやで…………

  だから、誰にも受け入れて貰えないから。 理解していたから……
  圧倒的な誰もが認める化物に—————……


  体が熱い。 痛みが痛覚を超えて全てが分らない。
  もう、何も感じない。
  意識が、混濁し途切れた————————…………







「」





>>END

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