ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- episode Ⅰ ( No.12 )
- 日時: 2011/08/22 11:50
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
- 参照: 参照100突破!!
朝方特有の静けさと淡い霧の中、ウォルは大通りを歩いて行く。昼間や夜中は騒がしい程人が行き交うというのに、今はまばらにしかいない。たまにすれ違う大人たちの目と言う目からは、生気を感じとることが出来ない。ウォルはそんな大人たちに目をくれる事はないが、軽く嘲笑うかのようにしっとりと湿った唇が弧を描く。まるで自分は“そうならない”と言っているように見えた。
右斜め前に細い煉瓦の小道が人から隠れるように存在していた。赤茶色やオレンジ色や茶色の四角い煉瓦がバランス良く並べられ、足場はさほど悪くなさそうだ。
ウォルは迷う事なく大通りを外れ、煉瓦の小道の上を歩いて行く。歩く度に煉瓦の上のわずかな砂がジリッと音をたてる。
この道の両側は店と店のわずかな隙間にあるため、人がすれ違う事も困難であろう。
しかし数歩、歩いただけで煉瓦の小道は開け、道の両側では小さな店が目をとめるようになる。道は次第に平坦な道から上り坂へと変わっていた。
誰ともすれ違わず歩き続けて、何十分経っただろうか。やっとウォルの目的の場所が姿を現す。
「やっぱりここは綺麗だ。落ち着くな」
普段、人には見せないような笑みを口元にたたえる。そこは何の変哲もないただの丘だった。でも地平線の彼方から、オレンジ色と黄色の絵の具を混ぜ、にわかに青いキャンパスに描いたような光がひょっこりと頭を出す。漆黒の暗闇に染まっていた家々も、地平線の側から明るい光に包まれる。闇から光に変わる瞬間を目にする。
ウォルは緑の中にぱっと目を引く鮮やかな紫色の花の存在に気づく。朝露に濡れ、少し頭を垂れている。小さな花々が集まり、大きな花畑を作っていた。
ウォルは周りの雑草を踏み締めながら、花の近くまで行くと立ち止まる。一滴の露が花の葉から滑り落ちる。腰をおると右手で数本の花の茎を無造作に折る。ウォルは摘み取った花を手に朝日を見据える。
「……ショーン助けられなくてごめん。安らかに眠ってくれ」
目を閉じ、花を唇にそっと触れさせると手からこぼれ落ちる。
目を開くと朝に似合わないような強い風が上向きに吹く。その風に乗せられ、まとまっていた数本の花はそれぞれに散り、天へと運ばれて行くようだった。
ウォルは朝日を浴びて天へと運ばれて行く花を、顔を少し上げて見つめていた。その光景を安心したように見ていた。少し辛そうな悲しそうな笑みは残酷で美しかった。
ウォルの後ろ姿は朝日を浴びて神々しく、勇ましく輝いていた。
闇に見を委ねる少年とこんなにも眩しい輝きを放っている太陽は似つかない。と言うよりもこんな風に交えてはいけない。闇と光は何があっても見える事はないのだから……
リーン、ゴーンと六時を知らせる鐘がロンドン一体に響き渡る。それに反応してか、何処からともなく真っ白い鳩が頭上を数羽飛んでいく。
「時間、か……今日からまた一週間“表”で過ごすのか。」
ウォルはほんの少しだけ名残惜しそうに日に背を向ける。
すると何かを思い出したのか焦ったようにコートのポケットから魔法陣の描かれた紙をだす。ちらりと辺りに誰もいないのを確認すると、右手の人差し指と中指で紙を挟む。
「我、名のもとにおいて契りを交わした汝此処に呼び戻す……“ネル”」
紙が手から消えるのと同時に艶の良い真っ黒な猫が地上に降り立つ。目は金色で黒い毛並みによく映えている。眠そうに欠伸をしながら伸びをするとウォルをじっと見据える。
「久しぶりだなウォル。お前さんが聞きたいのは留守にしてた間の三ヶ月間の事だな?」
前足をペろりと舐めながら黒猫は口を開く。その事実に微塵も驚きもせずにウォルは頷く。
「使い魔のお前が俺の変わりに過ごした三ヶ月間の事を全て、手短に話せ」
ウォルは欠伸をするとしゃがみ込み、ねっころがる。そして、終いには目を閉じる。話しを聞く気があるのかないのか分からウォルの姿を見るものの何も言わなかった。ただ一言
「一度しか言わないからな」
と言うと三ヶ月間の事を話し出したのだった。