ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- episode Ⅰ ( No.16 )
- 日時: 2011/08/24 22:37
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
ウォルは机に肘をつきながら窓に目をやる。今朝はあれだけ晴れ渡っていたのに、今はどんよりとした暗雲がたちこめていた。
「でな、その時のあいつの顔が……おーい、ウォルさん聞いてますかー?」
私服のシンプルなTシャツを身につけ、寝癖のついた茶髪の少年がすかさずウォルの様子に気づく。机の上に座りながら二重の空色の目でじっとウォルを見つめる。
壁によっ掛かり、黒縁眼鏡をかけた少年も心配そうに見つめる。外国では珍しい黒髪に、一重のわりには大きい薄緑の目が目立つ。
「ごめん。ぼーっとしてて聞いてなかった」
ウォルは人懐っこそうな笑みを浮かべながら謝る。二人の少年は顔を見合わせると寄り一層、不信感を募らせる。
「また勉強の事でも考えてたのかよ。まだ大事なテストまで一年あるんだから、もう少し気楽になれよ」
Tシャツを着た少年はからかうようにウォルの肩を叩く。
それに便乗するかのように眼鏡の少年も口を開く。
「本当だよな。学しかない俺から学年トップ奪わないでくれよ」
その口調は冗談っぽさが一欠けらもなく、本気だということがひしひしと伝わってくる。
「んな訳ないだろ、その手の冗談はよせよ。僕は勉強好きじゃないし、この間結果が良かったのはムーディが勉強教えてくれたからだろ。」
ウォルはため息混じりに語りかける。マイクは、なぁんだ、と安心したように胸を撫で下ろしていた。ムーディはまだ納得のいかないような表情を残していた。
「で? さっきの話しの続き僕にも教えてよ」
ウォルは静まり返ってしまったこの場をなんとか明るくしようと切り返す。
マイクの口角は見る見るうちに上がり、そんなに聞きたいんなら話してやる、と嬉しそうに話し出していた。ウォルもムーディも良く喋るマイクの会話に笑っていた。
ウォルは学校が終わり、家へと足を運んでいた。魔術を使わずにこんなに歩くのは久々だと、鈍い疲れが出てきた両足を動かしながら思う。
昼休みの後の普段は長く感じる外国語と数学の授業も、今日はあっという間に感じていた。授業をちゃんと聞いていなかったとか、寝ていたからとか、そんなんじゃない。授業の事ならほとんどの事も覚えているし、難しい問題をあてられても答える事が出来たのだ。平然にすらすらと答えた後に振り返って睨んできたマイクとムーディの表情を思い出して、ウォルは思わず笑みをこぼす。
しかしそんな幸せに浸る事を神は許さない。彼は“表”にも“裏”にも属する人間だ。裏社会という底無しの泥沼に片足でも踏み込んでしまったら、逃げ出せない。理不尽だが表から完全に足を抜く事は出来るが、裏からは抜けだすことなど絶対に出来ないのだから。
ウォルもきっとここまで深く考えずに足を踏み入れてしまったのだろう。だって彼は“取り戻したい”ただそれだけだったのだから。大好きで自分にとって唯一無二のものを。
——僕から……僕から魔術を奪わないでくれ!!——
彼が狂い始めたのは裏に身を委ねたからではない。この国から“魔術”というものが禁止されてからだ。彼から魔術を取り上げたのだ。
事の発端は今から一年前に遡る。何の前触れもなく国が“魔術禁止法”という法律を定めたのだ。今まで仕事や家事や学校の授業などにまで馴染んでいた魔術を使えなくなるという事を聞いて、国民は反発しようとした。しかし国は理由も何一つ語らなかった。そして魔術を使う者がいたら“殺す”と一言を残し、それ以上は語る事がなかったのだ。
彼を壊してしまった全ての原因は国にあった。
ウォルが“僕”だったのに裏の人間としても生きていけるために“俺”という人物をつくるはめになった理由も国にある。
僕は僕で俺でもある。俺は俺で僕でもある。そんな二つの世界で生きていくのが彼にとって普通になっていた。