ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- episode Ⅰ ( No.21 )
- 日時: 2011/09/10 20:39
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
ウォルはそのあとしばらく眠りについていたが、バスのアナウンスで夢から引き離される。
「まもなくブライトン、ブライトンです」
乗った時と変わらないやる気が微塵も感じられない声が耳にはいる。ウォルは目を擦りながら、ふと後ろを振り返る。そこには最初に見かけた女性も男性もおらず、ウォルが寝ている間に降りたようだった。
もう一眠りしたいようだったがあと数分もしないでブライトンの駅へと着くため、わずかな明かりが灯る街中の光景を見る。
次第に道は広くなり、明る過ぎる駅へと着く。ロンドン程ではないが、二時近いというのに傘をさした人がまばらに歩いている。
プシューという音と共にバスが停車し、ドアが開く。
ウォルは立ち上がると前へ歩みを進め、お金を払う。不意に運転手の視線を感じ、軽く会釈をしてバスから降りる。
外に出て傘を開く。ウォルは温度差に驚き、足を前へ動かすのも躊躇ってしまうようだった。息をフッと吹けば、白い靄が夜空を舞う。それは何の変哲もない光景だったが、ウォルにとっては息をしていること……すなわち生きていることを目で感じられるこの季節が好きな理由の一つだ。
ウォルの足は意識せずとも一年通っているパブへと向かう。大通りを左右見渡しても目に写るのはシャッターばかりでつまらない。そのつまらない物たちの間をいくつか越えていくと左側に細い路地裏が見えてくる。
ウォルの口角が少しだけ上がるのが分かる。その表情は“表”とはまた違う。どこか大人っぽいが生意気そうな“裏”の顔。
裏通りへと一歩入ろうとした時だった。ウォルにとって見たくない者たちが数人裏通りで何か話しているのが見えた。ウォルは足を引っ込め息を殺してその場でじっと耐える。珍しく強張ったその表情、そして額からは汗が流れ落ちる。頭を過ぎるのは嫌で嫌で胸が張り裂けそうな予感だけだった。
もう一度覗いて見れば、もうその者たちの姿形はなく、反対側へと行ったのだと大きく息を吐く。
と、同時に裏通りに足を忍ばせる。パブへと入るための地下に向かう階段の目の前に来た時に、避けていた答えが突き付けられる。
「……冗談はよしてくれよ」
手にしていた傘を広げたまま落とす。階段前に張られていた強力な魔術結界が破かれていたのだった。ウォルはギュッと強く目を閉じ、次の瞬間には階段を転げ落ちるようにして降っていた。もう一つ、絶対に見たくなかった“血痕”を見てしまったからだ。
階段を降ったウォルはパブの中へと入る扉の前まで来ると、赤黒い血がべったりとついたドアノブを押す。
「……えっ? み、んな…………ゲホッ、ゴホッゴホ、ガッッ」
ウォルの目の前に広がったのは正しくこの世の地獄だった。いつも酒の匂いで溢れていたこの場所は酒と血の鉄の香りの生臭さが混ざり合い、吐き気がするほど臭く、むせる。内臓とおぼしき物や肝臓、あらゆる臓器が引きずりだされ血の上に散らばっている。そしてウォルの視点が定まらない瞳には幾人もの死体らしきものが写る。ウォルは胃がせりあがり口に手をあて、前屈みになりながらも地の海と化した床をぴちゃぴちゃ音をたてながら歩いていく。
「レノア? ジーク? 誰、か……生きてないの?」
ウォルの涙声は頼りなく、震えが激しい。どれだけ呼びかけても目の前の血だらけの死体たちは動かず返事などしない。
どこを見ても一面死体だらけ。体を切り刻まれた者、体を銃で貫かれた者、体をばらされた者、目を開けたまま苦しげな顔つきの者、ウォルを除いて誰一人として生きている者はいない……はずだった。
「……ル、ウォル……ウォル」
不意にウォルの真後ろからかすれた低音の太い声が聞こえた。その声が誰なのか顔を見ずに分かった。
「マスター何があったんだ!?」
ウォルはマスターの姿を見ずに真後ろに駆け寄る。しかしそこにいたのは予想以上のマスターの無惨な姿だった。仰向けで横たわりグラスの破片で切ったらしい頭からは血が流れ出し、銃弾が貫通した右胸からは服に染み渡った真っ赤な血が今だに流れ出している。
しかしそんな状況に陥りながらもウォルに何かを伝えようと、口を動かすが出てくるのは息と血だけ。
「喋らなくていい、じっとしてて」
自分が答えを求めたことによってマスターが死の淵へと近づいていることに気づく。起き上がるのを止め、破れ落ちていた誰かの服を掴み右胸に押し当てる。
だがマスターは首を緩く左右に振り、顔を苦痛に歪ませながら命と引き換えに伝える。
「ウォ、ル……家に、戻…………れ、グフッ、お前、ガハッ、“奴ら”に狙われて、る…………」
マスターはそこまで言い終わるとウォルを見る。そしてそのまま目を閉じた。
この瞬間生きている者はウォルを除いて全て散った。