ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

episode Ⅰ ( No.25 )
日時: 2011/11/22 13:07
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5YBzL49o)
参照: http://profile.ameba.jp/happy-i5l9d7/



シェイカはウォルを見ながら固く閉ざした唇を薄く開く。そしてそこから吐息がもれる。

「ねぇウォル。今の状況分かってる?」

 静かで凛とした大人っぽい声は、今までのシェイカの印象から遠退く。
 ウォルは和らいだ瞳をシェイカに向けた。優しげな瞳は今までの事を全て拒絶し、抹消していた。それらの出来事は悪夢、嘘、偽りへと変換されそうになっていた。シェイカは唇を噛み切るとウォルに言い聞かす。起こった事、そして誰が発端で、これからしなければならない事を。

「……貴方の仲間は死んだの。お母様もみんな死んだんだよ。そしてそれは貴方の中に通う血が原因。貴方を手に入れるために起こった。言ってる事、伝えたい事分かる?」

 シェイカは俯いていた顔を少し上げ、上目遣いでウォルを見る。普通なら可愛らしい仕草だが、その瞳は鋭く背筋がゾクリとし、伸びる。しかし、どうしてもウォルをまともに見る事が出来ない。これを告げたらどうなってしまうか分かっていたから。その言葉がウォルを連れ戻し、現実へと呼び戻す。逃れられない運命と共に。 ウォルは頭を抱え、しゃがみ込む。

「俺が原因でみんなが死ん、だ?」

——

皆は奴らにめった刺しにされ、風穴を空けられて、殺されて

訳の分からないまま散りいって

あがらうことも、拒むこと出来ずに死んでいった

それなのに、ぼ、く……俺は生きていて

なのに、なのに元凶は俺で





じゃあ、だったら皆を殺したのは……ぼく? 僕じゃないか


——

「あ、あぁァ……あああああァあああああああああああアアああああああああああアああああぁ」

 耳を突き刺すような叫び声。シェイカはその光景を、ただただ黙りこくって見つめていた。しかしその空色の瞳に分厚い灰色の雲がかかり、淡くにじんでいるように見えた。
 スタットは驚きながらも口を開く事はなく、ただただ目の前で起こっている事実を、背けることなく眺めていた。ウォルの叫び声は鮮やかに咲き誇っていた花が枯れるが如く、次第に掠れ小さく萎んでいった。

「ぼ、くが、僕が、何をしたって言うんだよ」

 傍にいても、聞き取れないんじゃないかと思う程の静かな怒声。顔は繊細な髪に覆われて見えないが、泣いているのだろう。両膝を地面についたまま、立ち上がろうともしない。シェイカはそれを小さな耳で掠め取ると、乱雑にウォルの胸倉を掴み、立ち上がらせる。そして鋭い光を放つ両の目でウォルを見つめる。

「甘ったれるな。ウォル、貴方は“裏社会”に踏み込んだんだよ。どんな理由かなんて知らないけど、覚悟してこの世界にいるんでしょ? だったらな……何かを背負ってはいけない」

 シェイカの最後の方の言葉はどこか寂しさと悲しさを織り交えたようだった。ウォルは涙の跡の残った顔で、シェイカを見つめる。ウォルの方が背が高いため、シェイカが胸倉を掴んでも地に足がついていた。それでもシェイカの視線からは逃れられずたじろぐ。その空色の瞳が心なしか影を宿し、全てを見透かされたような気持ちに包まれる。目を閉じ息を吸い込む。そして目を開く。その紅い瞳は一点の迷いもないものだった。

「そうだな……シェイカ、ありがと」

 少し照れ臭そうにするウォルを見て、シェイカは驚いたように目を見開く。そして自然とウォルの胸倉を掴んでいた手は緩くなっていた。

 シェイカから解放されたウォルは、苦しかったらしくむせていた。そして服の汚れた箇所を叩き、きちっと直す。
 その一部始終を黙って見ていたスタットは眠たそうに欠伸をすると、ようやく口を開く。

「で、このあとどうすんの?」

 その声にワンテンポ遅れて二人はくるりと振り返る。
 ウォルは顔を歪め、目を伏せる。シェイカはそんな彼の心情を読み取ってか、顔を斜め上へと向け、宙を仰ぐ。その表情は先程よりもさらに険しが、さっきまでは無かった迷いが見え隠れしていた。
 この言葉を口にしたら、彼はきっと“壊れてしまう”に違いない。それでもシェイカは告げる。彼を信じているから。