ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- episode Ⅰ ( No.4 )
- 日時: 2011/08/05 11:23
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
三月八日午前二時、場所はイギリスのブライトン郊外。春に近づいてきたが、まだ夜中は冷える。ここから話しは展開していく。
とある場所へと何の躊躇いもなく、一人の少年はカウンター席へと着く。周りは柄の悪そうな大人ばかりで煙草と酒の臭いが酷く、鼻がひん曲がりそうだ。
ここは裏通りの地下、人目のつかないようにひっそりとあるパブ。そんな場所に若僧が入って来たがために視線を独り占めにしていた。そしてあろうことか自分の姿をもっと見せつけたいとばかりに、顔をすっぽりと覆っていた黒いフードのついたマントを勢いよく脱ぐ。少年の顔があらわになるのと同時に人々からどっと歓声が上がる。
「ウォルじゃねぇか!! おりゃあ、てっきりお前さん捕まったと思ってたぜ」
「ウォル、よく無事だったわね」
ウォルと呼ばれた少年は金色に近い茶髪をもち、瞳は淡い紅色。顔の全てのパーツが良く、端整な顔立ちだ。
二人の男女を筆頭に人々がウォルを取り囲み、声をかける。先程までの嫌悪感に包まれていたのが嘘のように皆が笑顔に変わる。そしてウォルが口を開くのを今か今かと待っていた。
「心配かけてごめんなさい。でも俺は少し怪我しただけで、“成功”したから大丈夫です」
無表情だった顔が少し動き、静かに微笑をみせる。それを聞いた大人達は目を見開き、みるみるうちに口は弧を描いていく。そして次の瞬間にはウォルを除く全ての大人達は「よっしゃー!!」など、狂ったように奇声を上げていた。
ウォルは自分より年上のそんな大人達を静かに見つめていた。そして最初に座った席につくと、カウンターを挟んで反対側の店主と目があう。
「マスター、いつものくれる?」
ウォルは眠たそうに欠伸をする。店主はその様子を見て肩をすくめると、カウンターの下の棚をいじりだす。ウォルは店主の準備が始まるのを確認すると、横目だけでまだ騒がしい大人達を見る。男女関係なく楽しそうにしているしている光景が写る。
不意にカランとグラスと氷が触れた音がし、その方向へと視線を向けるとカウンターの上に鮮やかな青色のカクテルが置いてあった。
「今日は成功祝いにさくらんぼもつけておきます」
店主はその鮮やかな青色に映える、真っ赤で小さなさくらんぼを乗せる。ウォルは「ありがとう」と小声で告げると、グラスを顔に近づけて香りを楽しむ。そしてグラスの淵を唇につけ、傾ける。ふわりと甘く少し酸味のあるフルーツの味がじんわりと広がっていく。 一気に飲み干したウォルの頬は赤く染まっていく。そしてグラスの底に沈んでしまっていたさくらんぼのヘタを掴み、真っ赤な実を口へと運び頬張る。
「ずいぶんはしゃいでるな。そういえばショーンは今日来てないの?」
ウォルは困ったように、呆れた表情でゆるゆると頭を振ってみせた。しかしそれも最初だけでショーンという者の安否を聞くときは、また無表情に戻る。まるで“動揺”を偽り、隠すように。
「……捕まったよ。お前さんが此処を留守にしている間に」
店主は磨く必要のない輝かしいグラスを手にとると、白い布で吹く。
ウォルはその言葉にすら表情を変えず、グラスをもう一度手に取ると種を吐き出す。
「そっか、分かった。俺もう眠いし疲れたし帰る」
ウォルはお金をカウンターに置くと立ち上がる。店主は困ったように笑いながら軽く頭を下げる。
「ありがとうございました。また来週お待ちしています。」
ウォルは振り返りもせず、出口へと歩いていく。そして軽く手を上げると闇へと溶け込むように、その場から消えていった。
ウォルに目もくれなくなった大人達も、流石に気がついたらしい。そして何故か驚いたような者、感心してる者もいた。
「すげえよなウォル。こっからロンドンまで一瞬で移動出来ちまうなんて」
「流石、元Aランク魔術師よね」
ウォルが消えた場所を大人達は尊敬の眼差しで見つめていた。