ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- episode Ⅰ ( No.7 )
- 日時: 2011/08/15 09:02
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: BGc0M6LZ)
- 参照: iPad touchからの更新
ウォルは空間移動魔術を使い自分の家、部屋へと戻って来ていた。時刻は既に三時を回っており、その事実を知っただけで眠気が倍増して視界がぼやけていく。
部屋を一瞥してもそこは三カ月前と何一つ変わっていない。変わるはずなどないとわかっていても、確認してしまっていた。
「久々の家だな。」
静まり返った部屋に低音の声が響き渡る。着ていたコートをハンガーにかけるとベッドに座り、そのまま仰向けに倒れる。薄っすらと開いた目には真っ白な壁紙の天井が映る。その光景が心を落ち着かせてくれる……はずだった。目をゆっくりと閉じ、もう一度天井を見るために目を開く。そこは先ほどまでとは違い、真っ白が真っ赤に血塗られていた。ウォルの眠たげだった瞳孔が見開かれ、無表情な顔の眉がぴくりと動く。
そして何が可笑しいのか分からないが、顔を押さえて笑い出す。しかしそれは普通の笑みからは遥かに遠く苦しそうだった。
「分かってる。俺はもう抜け出せないって事ぐらい」
悲しそうに顔を歪めるがそれもほんの一瞬の事で、直ぐに疲れたように目を閉じる。指をパチンと鳴らすと、ついていた電気がフっと消えて闇に変わった。
ウォルは自分の手にドロリとした生々しい手触りをおぼえて、固く閉じていた目を恐る恐る開く。らしくなく震えた手を挙げれば真っ赤と言うよりは赤黒く色づいた自分の手が瞳に映る。ウォルの無表情さは変わりがなかったが、呼吸が酷く乱れ視点が定まらないでいた。ゆとりが少しも出来ないうちに自分が今“何処”にいるのかを確認する。
闇が一面を支配し、一筋の光も見当たらない空間。入口もなければ出口もない。果てしなく終わりが見えない。まるで罪人を閉じ込めておく脱獄不可能な牢だった。
ウォルは数分も経つと冷静さを持ち直し歩き出す。そして突如しゃがみ込むと地に触れ、そっと目を閉じる。
「魔術で創り上げられた空間じゃないな。だとしたらこれは夢か」
音もなく立ち上がり、何の変化も見せない空間に呆れたようにため息をつく。
「今日で八回目、だったか。こんな場所へご招待されるのは初めだな」
皮肉をたっぷりと込めて呟く。正面から人の足音が聞こえてくると、伏せ気味だった切れ長な目をその人物に焦点をあわす。
「お前と会うのも久々だな」
その人物の周りだけ淡い光に包まれる。ウォルの目の前にいるその人物は生き写ししたようなもう一人の彼自身だった。
その声に反応したかのように、口を開く。
「……タイムリミットが近づいている」
「だから何のだっていつも聞いてんだろ!! 今日こそ答えろ」
彼は右手の人差し指で真っ正面に立っている自分自身“ウォル”を指す。
「お前がお前でいられなくなるまでのタイムリミットだ。忘れるな、己の犯した罪と犠牲を……それを償う日がくることを」
その言葉を合図のように辺りは白い雲のようなふわふわとしたもので包まれる。その靄は段々と濃くなっていき、近くを見るのでさえ困難になる。
そしてその場から離れるように、もう一人の彼は消えようとした。
「待てよ」
そこでウォルの悪夢は、はかなく覚める。汗でベタベタとした手は何かを掴もうと、天井へと垂直に伸びていた。ゆっくりと拳を開いてみるがそこには何もない。
ウォルは自分でも気づかないうちに“救い”を求めていた。きっと天井に伸びた手は堕天した自分を“裏”から断ち切ってくれる誰かの手を掴もうとしていたに違いない。
寝起きは最悪だったのに、どこか安心しているウォル自身がいた。
腕時計を付けっぱなしだったのを思い出し、時刻を確認する。午前五時二十四分、まだ三時間くらいしか睡眠をとってないが体を起こす。変な夢を見たせいか、帰って来た時より体が怠く感じる。
ウォルは三時間前に来ていたコートを手に家を後にした。