ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: ( No.37 )
日時: 2011/11/30 07:19
名前: 萌恵 ◆jAeEDo44vU (ID: amGdOjWy)

 いつの間にか夜が明けて、東の空に太陽が昇ってきた。路上でもサラリーマンの姿がちらほらと見え始め、片手に携帯電話を握りしめながら歩み去っていく。そのうち、小学生の集団までもが学校へと急ぎ始めた。
 そんな、いつもの朝——
街の片隅にある可愛らしい一軒家の扉が開いて、中からツインテールの少女が飛び出してきた。年齢は十歳前後だろうか。夏用の制服に身を包み、背中にピンクのランドセルを背負っている。
少女——北城レイカが、唇の端を上げてにこっと微笑んだ。ついで、深呼吸する。
「——いってきまーすっ!」
そう言うなり、元気に通りを駈け出して行った。曲がり角に差し掛かると、行く手に同じ制服を着た少年や少女が歩いていた。レイカもその集団に混じり、学校への道を辿り始めた。

 谷川市立緑小学校——
六年前に出来たばかりのこの学校は、まだ新しい四階建ての校舎とパステルブルーの制服を来た生徒達が目印だ。正面から見える時計は、今は八時十分を指していた。登校してくる生徒の数が最も多い時間帯だ。そのせいか、この時間はいつも正門が全開に開いている。これも、普段と変わらない情景の一つだった。
 レイカは、両腕でお菓子の入った袋を庇いながら、人の群れの中を進んでいった。ようやく学校の敷地内に入り、校庭の周りをぐるっと歩いてから、校舎の中へと入っていく。レイカが昇降口で靴を脱いでいると、クラスメイトの少女が喋っている声が聞こえてきた。
「——でね、昨日、ここら辺でまた殺人事件があったらしいよ」
「えー、本当?」
そう言って、楽しそうに笑う。
——しかし、レイカの表情は明るい笑みからかけ離れたものとなっていた。
 靴が脱ぎ終わると上履きを履き始める。その時にはもう、あの暗い表情は顔から拭い去られていた。
 レイカが廊下を歩き始めると、急に何かが体当たりしてきた。
「にゃ——ッ!」
体当たりしてきた何かは、ずいぶんと小柄な体をしていた。それに、この声——聞かなくても分かっていた。
「こらぁっ、みるく!」
レイカが叫ぶと、小柄な体をした人物——高橋みるくが悪戯っぽく笑った。
「またやられたー♪レイちゃん、またやられたー♪」
歌うような口調で言うと、軽やかなステップを踏み始める。しかし、レイカはそれを無視して教室に入って行った。
 その後は普通に授業して、休み時間にお菓子をこっそり食べて、また授業。給食も食べて、やっと帰りの会の時間。
その頃には、みんなクタクタだった。

 学校の帰り道——
空はまだ、薄い水色をしていた。白い綿菓子みたいな雲も、海で泳いでいるかの様にたなびいていた。
そんな空を見つめながら、レイカは重い溜息をついた。学生にとって学校から自宅への道が長ければ長いほど憂鬱な気分になるが、レイカの家はこの角を曲がってしまえばすぐについてしまう。宿題だって簡単に出来るものばかりだし、嫌な事があったわけでもない。しかし、レイカは知っていた……この憂鬱な気分の原因を。
 背後で声がした。登校時に出会った少年達だ。何を喋っているのだろうか。思わず耳を傾けてしまった。

「昨日の夜の殺人事件の事、ニュースで見たか?」
「あー、それしってる。なんでも、殺し方が残虐そのものなんだってね」
「そうそう。一度目は包丁が胸に刺さったまま倒れてて、今回は鉈で体をバラバラに…」
「うそっ!怖ーい!」

少年達が遠ざかっていく。それに従って声も小さくなっていった。レイカは耐えきれなくなって、逃げるように走り出した。自宅の玄関の前に立つと扉を勢いよく開ける。すると、今までこの家の中だけに渦巻いていた甘い空気が、むわっと溢れだしてきた。それを気にすることなく、レイカは家の中にずんずん入って行った。
 玄関には観葉植物や写真立てや可憐な靴が置いてあり、ずいぶんと明るい印象を持たせた。レイカは手早く靴を脱ぐと、足早に廊下を歩いて行った。廊下の両脇にはお手洗いや浴室への扉があったが、レイカは真っ直ぐ奥の扉へと突き進んでいった。そこはリビングで、マカロンやクッキーやチョコレート等のお菓子が山のように置いてあった。レイカは近くにあったマカロンを掴むと無造作に口に放り込んだ。むぐむぐとほっぺたを動かしながら、床に置かれたままの数々のワンピースを見つめる。一口に「ワンピース」と言っても、この部屋にあるワンピースは白や黒や桃色だったりと、色々なものがあった。しばらく部屋の端から端まで注意深く見まわしていたが、突然なんの前触れもなく、ソファの上にポンと置かれた黒いワンピースをとりに行こうと動き出した。しかし、色とりどりのマカロンとウエハースとクッキーの山がそれを阻止した。だが、ソファへとたどり着くにはどうしてもここを通らなければならない。他に道が在ることはあるのだが、その途中にはホラー映画のポスターがじつに偉そうに鎮座していて通ることができないのだ。仕方なく、お菓子の山を無理やり突破する。当然、お菓子は崩れ落ちた。
 ——数分後。
鏡の前に立ったレイカは、満足そうにほほ笑んだ。