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Re: 空蝉は啼かない ( No.1 )
日時: 2011/08/10 12:35
名前: 紫雨((元:右左 ◆mXR.nLqpUY (ID: 8hgpVngW)

prologue『雲間の月はやがて消える』




放課後。
とある高校の屋上、少女はフェンスの上に危なげなく座っていた。
右手に持つ大きな飴を不満そうにガリガリと砕く。
黒いパーカを着ていて、表情は伺えない。

「おい、お前、何をしている! うちの生徒じゃないな、どこのだ!」

眼鏡をかけ、教材を左腕に抱えた如何にもお堅そうな教師が屋上へと上がってきた。
少女は大して興味を抱いていないようで、一瞥もくれない。

「聞いているのか!」

怒号を撒き散らし、少女の肩を掴む。
無理矢理振り向かせようと試みるが、彼の手の中に掴んでいたはずの既に少女はいない。
代わりに欠けた飴が無残にも砂を纏い、コンクリートに落ちていた。

「……! どこへ行った!」

周りを見渡すも、少女の姿が視界に映らず屋上から去ろうとする。
すると、突然何かに首を掴まれ、視界には真っ青な空が映っている。
離された瞬間、背中に鈍痛がして顔を歪め、唾液が漏れる。

「がっ!」

抱えていた教材が散らばる。
眼鏡が音を立てて落ちる。
少女の手により体を裏返され、組み伏せられる。

「……お前、さ」

教師のモノではない、透いた声が彼の耳朶を打つ。
背筋が凍ったように寒気が襲い、言い知れぬ恐怖が競りあがる。

「篠崎朔乃って男、知ってるだろう」

疑問形ではなく断定しているところから、この高校の生徒だと分かっているのだろう。
それを態々言わせるとなると、行き着くのは一つ。 脅しだ。

「探しているんだ。 なァ、教えてくれ」

妖艶な声で問いただす。

「……た、助けてくれっ! し、篠崎なら今日は家だろう!」
「ふうん。 だけどね、このまま普通に暮らされてもわたしは困るんだよ」

そう言って裾の擦り切れたワンピースのポケットから小瓶に入った怪しい紫色の液体を取り出した。
コルクを取り、一滴だけ彼の腕に垂らす。 滴の原型をとどめたまま、皮膚に染み込んでいく。
いや、取り込んでいくという方が正しかろうか。

少女はニタリと嗤い、組み伏せていた体を退ける。
彼の体になんら変化はない。 痺れているわけでも、皮膚が変形することもない。

「……失敗作、なのか? つまらないね」

少女の笑みは完全に消失し、立ち上がる。
フェンスの方へ歩み寄る足が無機質な着信音によりピタリと止まる。
携帯電話の液晶には、『鷹取水落』という名前。

『あれ、電話取ってくれるんかい』

茶化すような声が、少女の苛立ちを更に募らせる。

「ちゅーかさ、“アレ”、何も起こらないのだけれど。 失敗作かい?」
『……知らねーです。 うん、朔乃見つかったわけ?』
「めんどくさい、から、止める」
『見つからなかった訳だあ。 まあ偶然にでも見つけたら言ってよう』

妙に語尾を伸ばす言い方が癇に障って、電話を彼方へと飛ばす。
眼を太陽から保護するように手を額に添えて、電話を飛ばした方を見る。

「朔乃は頭キレるから、大丈夫だろう。……多分」

少女はフェンスを飛び越えて、狭い足場に立つ。
蹴りだした瞬間、指を鳴らす。 少女はそこから姿を消した。

一つ残された教師の死体は、小刻みに痙攣しだす。



けれど、空蝉はもう啼かない。




                                     To Be Continued...