ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 《インフィニティ・オンライン》 ( No.1 )
日時: 2011/08/14 15:30
名前: 神凪夜草 (ID: 4CT2wXi/)

《プロローグ 》 

 耳まで裂けた口から紫色の瘴気のようなものが、呼吸をするたびに辺りに漂う。全身が紫色で、背中からは黒の翼が生えている(飛行能力は無いようだが)巨大な化け物。まるで悪魔のような風貌をしていた。身長は三メートルといった所だろうか。
 俺を軽く見下ろすことが出来るほど巨大だ。
 初めて見た時は恐怖で足が竦んだが、二度目の対戦だからだいぶ慣れている。
 その頭上に《タイラント》と言うモンスター名と、長い横線——HPバーと呼ばれるそれは、この世界での生物の生命の量——が浮いている。
 奴のバーは七割ほど減少して瀕死の一歩手前、黄色になっていた。だが油断は出来ない。
 タイラント。名前の意味は”暴君”。このフロア《魔の迷宮》のボスモンスターだ。
 奴はその名に恥じぬ攻撃力と凶暴性を持っている、『ソロ』で倒すには危険すぎるモンスターだ。
 そもそもボスモンスターは数十人の精鋭を集めて一斉に攻撃するのが今の世界の常識なのだ。俺のようにソロで戦うなんて、死にに行くような物だろう。
 『通常』のプレイヤーにとっては。
 そもそもこの世界での死——HPバーが0になることは、『本当の死』を意味する。これはもはやゲームではないのだ。死んでもセーブ地点で生き返ることが出来るなんて、優しい設定はない。いや、正確に言えば無くなった、というべきか。

「オオオオ!!」  

 咆哮とともにタイラントが接近してくる。たいした速度ではないのだが巨大な悪魔が凄い形相で接近して来る様は凄まじい迫力だった。

「ふーッ!」
 
 無荒くなる呼吸を整えながら、頭上から振り下ろされる巨大な爪を太刀でガードして受け止める。凄まじい衝撃に火花が散った。
 だが、あまりにも強大な攻撃力を相手が持っている場合、ガードしてもダメージを受ける。俺のバーが一ドットほど削られた。それと同時に全身の骨が軋む。
 この世界でのダメージは本物なのだ。もっとも、そういう世界になったのはつい七ヶ月前。——あの事件が起きた時からだ。
 タイラントの爪が再び振り下ろされる前にその懐に入り込み、両手で握った太刀で連続して斬り付ける。タイラントのバーが二ドットほど減少して赤色——瀕死状態になる。
 
「オオオオ!!」

 タイラントは雄たけびを上げて巨大な爪を滅茶苦茶に振り回すが、回避スキルを鍛えている俺には一撃もあたらない。
 ボスモンスターは瀕死状態になると変形するもの、体力を回復するもの、防御力を上げるもの、と色々なエフェクトを持っているがどうやらこいつは攻撃力を上げるタイプらしい。
 俺は回避スキルで避け切れなかった攻撃を太刀でガードで防ぎ、バーが半分ほどに削りながらも懐へ潜り込んだ。
 
(今だ!)

 刀身が青色に輝く。連続攻撃スキル《フラッシュブレード》だ。
 俺は太刀を右に切り払う。防御力のもっとも低い腹を刃が切り裂さかれ、鮮血が飛び散る。飛び散った血は赤色の光の玉となって消えていく。
 グオオ、という悲鳴があがった。
 フラッシュブレードはまだ終わりではない。切り払った刃はあり得ない速度で左へ、右へと連続で動き何度もタイラントを切り裂く。
 やわらかい肉を刃が切り裂く感覚が伝わってきて、この世界が夢ではないという実感を俺に叩き付けてくる。
 
「グオオオオオオ!!」

 断末魔の悲鳴を上げながら、タイラントの体が赤く発光し、自らの血と同じように光の玉となって消えていった。
 これがこの世界での死。
 未だに実感が持てないが、この世界でのプレイヤ——人間も死ぬと同じように消えていくのだ。
 ボスモンスターは倒すと、この世界での金《コイル》とアイテムを大量に落とす。ボスが出すものはかなりレアな物が多いから、集団で攻略するときは山分けなのだが、今回は俺の独り占めだ。
 ボスモンスターを倒した喜びは沸いてこない。
 死の恐怖が去った安堵のため息を吐き、俺はドサリと倒れこんだ。長時間の戦闘の疲れがドッシリと身体に重くのしかかってくる。回復用の薬を飲んでもこの疲労感だけはどうにもならない。宿に帰って寝ることですか癒す事が出来ないのだ。
 メニュー・ウインドウを開き、ダンジョンから脱出するためのアイテムを選択しながら俺は思い出していた。
 七ヶ月前の事を。