ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Ebony girls dual Fencer ( No.1 )
日時: 2011/09/03 12:50
名前: だいこん大魔法 (ID: qd1P8yNT)

First Chapter Zero・・・Variant




「なんなんだよ・・・いったい・・・なにがどうなってやがる!?」

夕闇とも違う、ほかのなにかの色によって覆われた街の中を、一人の少年が疾走する。
少し茶色がかった髪の毛に、少しばかり鍛えられた体、それなりに整っている顔立ちをした、ごく普通の少年だった。
人並みをかきわけ・・・というよりも、動かなくなってしまった人の形をしたなにかを避けながら、その少年はなにかに怯えるように、なにかから逃げるように、息も絶え絶えになりながら全力で駆け抜けていく。
少年以外が誰も動かなくなってしまったこの街、夕闇ではない、ほかのなにかによってオレンジ色・・・いや、赤色に染め上げられたこの街は・・・あきらかに【異常】そのものだった。
街のすべての人間の動きが止まる、そんなことは、絶対に起こりえないであろう現象であり、ありえないものだった。
そう・・・これはありえない現象なのだ。

「くそっ・・・もう・・・どうすりゃいいんだよ・・・っ」

人並みをかきわけて疾走する少年は、後ろを振り返って絶望しきったかのような声をあげる。少年の体力はそれなりにあるようで、息がきれはじめているようにも感じ取れるがまださきほどと変わらない速度で走っている。だけど、その少年は完全に・・・逃げ切れないと悟っているのだろうか、諦めきった声でこういう。

「なんなんだよ・・・あの化け物はっ」

絶望しきった表情で、もう一度少年が後ろを振り返る。そう・・・その少年の視線の先には———【異形】があった。
動かなくなってしまった人々を蹴り飛ばしながら、少年以外が動いていないこの街を歩く、ひとつの影がそこにあった。それは、少年の身長よりもはるかに大きい、人間の倍近くの体躯を持った・・・道化師の姿がだった。
ピエロのような仮面をかぶり、道化のような服装をした【異形】は、その手に巨大なナイフを三本ずつもちながら、視線を少年へとむけて、仮面の下でじゅるり・・・とよだれをたらす。
それを聞いた少年は、顔を青ざめさせながらも必死に逃げる。少年と【異形】の距離は開いたままだが・・・なにせ大きさ、歩幅が違うため、少年が少しでも失速してしまったのなら、すぐに追いつかれてしまうだろう。それをわかっているからこそ、少年は本気で疾走し続ける。
まるで【異形】は・・・この【異常】の街の主であるかのように・・・そして、そこに迷い込んだ、自分の領域に迷い込んだ獲物を捕らえるハンターのように———少年に、狙いをつけ続ける。そして少年は・・・哀れな獲物、ハンターに狙われる獲物のように・・・ただただ逃げ回るだけ。
なにもすることはできない。というよりも、ただの人間がどうこうできるような相手ではないことはたしかだった。動かなくなってしまった人間を蹴り飛ばしながら歩いてくるようを見ていれば、その脚力がそうとうだということがわかる。もとより、その【異形】が走れば確実に少年は捉えられる。だがそれをしない。そういうことを考えると、この【異形】は本当にハンターなのかもしれなかった。
銀色の光を放ちながらゆらゆらとゆれるナイフ。その大きさは、人間が使っているようなちっぽけなナイフとは桁違いで、そこらへんに売られているような模造刀よりるはるかにごついもので・・・一回でも攻撃をうければ確実に人間なんてまっぷたつにされてしまうであろうことはたしかなものだった。

「ぐあっ!!」

そのとき、少年が悲鳴のような叫びを上げる。そのまま少年はごろごろと地面を転がっていき、うつぶせに倒れる。ハァハァ、荒い息をはきながら、必死に立とうとするが、しかしそれはかなわない。そう・・・今までずっと全力で、限界を超えてしまうぐらい全力で走っていたからこそおこった———そう、足を今この瞬間で、攣ってしまったのだ。
それをみた【異形】がケタケタと耳障りな声で笑う。その進行は止まらない。少年は振るえながらも顔だけを【異形】のほうにむけて・・・今度こそ完全に絶望しきったかのような目で、その【異形】を見ていた。
もう・・・確実に助からないことは確かだった。

「だ・・・だれか———たすけてくれ・・・」

そうつぶやいてみるものの、当然のように、この【異常】の街に少年と【異形】以外動いているものはいない。だから、間接的に少年を助ける、助けられるものは誰一人としていなかった。それを理解しているはずなのに・・・少年は、幻覚でも見たかのように、あるひとつのビルの屋上を見上げた。
そこにはひとつの影があった。
小さな影だった。【異形】のように、巨大な、あきらかに人間ばなれしているような影ではない。そう・・・それは、普通の人間と同じような、いや、少し小柄な人間の影が、そのビルの屋上にちらりとだけ見えたのだ。

「・・・は・・・はは、まさ、か、自殺しようとして・・・あそこで動きを止められたって言うやつか?」

絶望しきっていながらも、少しばかり皮肉な笑いをしてみせる少年。だが次の瞬間・・・その影が、突然ゆらりと揺らいだのが、少年の目に映った。

「なっ!?」

それをみて少年は愕然とする。その影は、屋上から飛び降りたのだ。何の前触れもなく、動かないと思っていたその人影が、突然屋上から飛び降りたのだ・・・そして、その落下先には———【異形】が、いた。

「なにやってんだよあの馬鹿!!くそっ・・・なんとかしねぇと———」

自分が動いたところでどうにかなる問題ではないとわかっていても、みすみすと、自分以外に動けるやつを殺させるわけには、死なせるわけにはいかなかった。場合によってはおとりに使えるかもしれないとか、そんなことを少年は思っていたりもしたのだが、そこらへんは気にしないでおこう。

少年は、動かなくなってしまった足に鞭をうって立ち上がる。無理をしているのがあきらかにわかるように、少年の右足、攣ったほうの足はブルブルと震えていた。だけども、もう少しの距離まで迫ってきている【異形】と、その上から落下してくる人影をみて・・・やるしかない、と、動きはじめる。
【異形】が再びケタケタと耳障りな声で笑う。少年の必死な姿を見て笑う。少年はそれに屈辱など覚えない。むしろ恐怖しか覚えない。だけども・・・みすみすと、自分の目の前で誰かを殺させる、死なせるわけにはいかない・・・その信念だけで、少年は動かなくなってしまった足に鞭をうって、再び全力で走り出す———【異形】のほうにむかって。
【異形】の笑いはそこまでだった。少年の突然の行動に唖然としているのだろうか、【異形】の動きが一瞬止まる。それを見た少年は、確実に自分の限界を超えるほどの力で走り、落ちてくる影の真下にスライディングする。その人影は、少年にそのままキャッチされて、少年はその人影をキャッチしたとみるやそのままお姫さまだっこの形で抱えあげて【異形】とは反対方向にそのままダッシュして逃げる。
冷や汗をかき、緊張しきった顔で少年は無理やりり笑顔をつくって、その自分が無茶してキャッチした人物の姿を見る。
そしてその瞬間———少年は、目を奪われた。
そう、それは女の子だった。少年が十五、六さいの外見だとすれば、その少女の外見はあきらかに少年のものよりは下だった。いってしまえば、十二、十三あたりぐらいの年齢をした女の子だったのだ。あきらかに日本人ではないであろう、煌びやかな金髪は片方でむすばれていて、サイドポニーという髪型になっている。目をギュッと瞑っていて、唇をぎゅっと引き結んでいるところを見ても、その少女の美しさは隠し切れない。幼いながらも完璧な美しさをもっているといっても過言ではなかった。体重はおそろしいほどに軽く、足もすらりと綺麗で、美しい。だけど———それだけではなかった。その少女の姿・・・服装が、あきらかに【一般人】のそれではなかったのだ。
黒い漆黒のマントをはおっていて、その下からのぞくのは漆黒の、シンプルな形をしたワンピース。手元を覆う手袋のような形をした防具、膝から下を覆い隠す漆黒のレギンス———そして、少女の首からたれる、十字架をかたどった漆黒のアクセサリー・・・。
コスプレともいえない、どこか不思議な姿をした少女だった。もしもこの状況じゃなければ、少年は確実にこの少女のことを痛いやつだとかいっていたのかもしれないけれども・・・それでも、少年は少女に目を奪われてしまった。
やがて、少女が目を覚ます。来るべき衝撃がこないことを不思議に思ったのか、その目を———あきらかに普通の人間とは違う・・・輝くような・・・紫色の瞳を———あける。そしてその目で———少年のことを捉える。
だが次の瞬間だった、少年が生存本能とでもいうのだろうか、後ろからせまる意思をもたない【殺気】を感じ取って、少女のことを無意識に強くだきしめてそのまま横に転がっていく。その瞬間、少年がさきほどまでたっていたところを、銀色のナイフが通り抜けていく。
・・・まさしく、間一髪だった。
だがそこで怯えているわけにも行かず、少年は少女のことを地面におろして、【異形】のほうを睨み付けながら立ち上がる。少女はそんな少年のことを不思議な目でみつめているが、少年はそんなことは無視して、【異形】にむかって一歩、一歩と歩き始める。
そう・・・どうしてか少年は、この少女のことを守りたい、とか思ってしまったのだ。
美しい外見に目を奪われたから・・・とかそういうのもあるかもしれない。だけども、それとはちょっと違うような・・・それでも、少年は納得のいかない思考を振り払って、憤怒の形相と化した【異形】を怯えながらも強気な瞳でにらみつけて・・・一歩一歩と近づいていく。
そのときだった

「・・・まって」

清んだ、とても優しく、綺麗な声が、少年の耳をうった。
その声の主が誰なのかはすぐにわかった。少年は後ろをふりかえって、その少女のことを見つめる。その少女はいつのまにか立ち上がっていて、少年の服のすそをきゅっとつかんで、フルフル、と頭をふった。

「あいつはあなたのような人間がどうにかできるような相手じゃないのです」

そして、こちらに憤怒の形相で迫ってきている【異形】を指差す。
だが少年は、そんなことわかっている、といって

「だからといって・・・このまま逃げてたってどうせ捕まっちまうだろ?だったら・・・」

「大丈夫」

少女が、少年の決意というか、思いというか、それをさえぎって言葉を口にする。

「さっきは着地に失敗しそうになったけど、私はあなたみたいに弱くないですから」

そういって少年の体を思い切りひっぱって、無理やり後ろにさせる。そのまま少女は【異形】にむかって歩きはじめる。当然のように少年は、それを止めようと叫ぶ

「まて!!まさか囮になろうってんじゃないだろうな!?だったら俺が———」

「囮?」

そして一瞬、少女が振り返る。そこにはあからさまな自信の表情が浮かんでいて・・・あからさまに、少年を馬鹿にするような表情が浮かんでいた。

「この程度の【異形】に、私が負けるはずないのです」

そして———少女が、十字架に手を当てる。それに呼応するかのようにして、十字架が漆黒の光を放ち始めて・・・その光が少女の右手を包み込み始める。それはやがて細長く伸びていき————シンプルな、西洋の剣の形をした、漆黒の剣となる。
唖然とする少年に見向きもしないで、少女は走り出す。その速度はあきらかに人間のそれとは違う、いくらどんなアスリートでもここまでの速度はだせないってぐらいに早く———【異形】との距離をつめる。
【異形】はそれに反応することができなかったが、一瞬おくれてナイフをふりかざす。それを少女はひらりと、あっさりとかわして、剣を【異形】の足を狙いにして横薙ぎに振るう。それは、あからさまに軽やかな動きで、とても力が入っているようには思えなかったが・・・その斬撃は【異形】の足をあっさりと切り落として、【異形】が悲痛なばかりの絶叫をあげる。
だが少女の動きは止まらない。そのまま大きく跳躍して【異形】の腕を、切り落とす。そしてその腕が地面に落ちる前に一度足場にして、もう一度跳躍をする。次に斬ったのは首だっだ。【異形】の首は断末魔をあげることなく切り落とされて、そのまま地面に落ちる———そして、切り落とされた【異形】の破片は、赤黒い・・・だけども、けして人間の血ではないものを流しながら、その姿を薄れさせていく。
だが少女の動きは止まらない。そのまま【異形】を何度も何度も何度も何度も引き裂き、最終的に【異形】の原型がどうなっていたのかわからなくなってしまうほどにズタズタにして、少女は一度舌うちをする。

「うーん・・・やっぱり今回のも【狂い神】じゃなかったね・・・ちょっと大きかったから期待してたのですけど」

そして、完全に置き去りにされてしまった少年は———ただただ唖然として・・・そして、助かったという安堵の息とともに・・・こんな言葉がでてきたのだった。

「いったい・・・なにがどうなってんだ?」

未だ動かない人々、未だ変わらない町の【異常】をみつめながら———少年は改めて、夜峰 黎迩は改めて———自分がどうしてこんなことに巻き込まれたのか・・・という記憶を、たどり始めた。