ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Ebony girls dual Fencer 【企画始動】 ( No.21 )
- 日時: 2011/08/27 23:48
- 名前: だいこん大魔法 (ID: qd1P8yNT)
黎迩が強風に飛ばされないように踏ん張る中、【犬】も同じように踏ん張る。だがしかし。風の強さは弱さをますどころから強くなっていく。黎迩は後ろにいるためか、その風の威力はそこまで強くないのだが、【犬】たちのほうではそうではない。じょじょに強くなっていく突風にとばされそうになりながらも地面にへばりついている。だがしかし、腐敗しているかのようにボロボロで気色の悪い体は次々にその形をくずれさせていっていた。毛がなくなり、その下から無数の人間の腕のようなものが生えてくる。それは壁に張り付いてなんとか体を固定させるが、半分から裂けている頭は中心からどんどん体にそって避けていき、そのごとに白い生々しい骨がバキボキと折れるいやな音が聞こえてくる。それをさもおもしろいといわんばかりに見ていた寧々は・・・ついに、それを放つ。
寧々が指をパチンッと一度鳴らす。その音は風の唸り声の中でも響くほど大きな音で、黎迩の耳にも届く。そして、それが攻撃の合図だということがわかる。だから黎迩は目を瞑って、耳をふさぐ。これから聞こえてくるであろう断末魔の叫び声を聞かないために・・・。
やがて、その弾幕ははなたれる。ありえないほどに大きいそれは、圧倒的な破壊を撒き散らし、左右にそびえる家の壁を巻き込み、破壊しながら【犬】にむかって飛んでいく。そのスピードはけして速いものではないが・・・それが近づくにつれて黎迩のほうにくる風は弱まり、【犬】たちのほうの風は強くなる。そのため、ノロノロとしたその弾幕をよけることは・・・ほぼ不可能だといえた。
【犬】たちは怒りに狂い、咆哮する。だがその音はすべて風の唸りにかき消されて聞こえない。皮膚がはがれはじめ、血がいたるところから飛び散り始める。それでも【犬】は雄たけびを、咆哮をあげつづけ———やがて、その音は・・・断末魔の叫び声となる。
弾幕は【犬】たちに直撃した瞬間、その姿をあっさりと消してしまった。
ただ【敵】を排除するための力・・・その対象が消えてしまえば自動的にその存在価値をなくしてしまう力。それを垣間見たとき、ただの人間が正常でいられると、そのとき誰がおもっただろうか。その存在はただの人間にとっては、拳銃の銃口が自分にむけられているのと同じようなものでもあるし・・・たとえそれが自分にあたらなかったとしても、別の誰かにあたって、その瞬間を見てしまったときと同じ———わけがわからないという感情と、関わりたくないという衝動に駆られるのも無理は無いのだ。
だけど黎迩はなぜかそうならなかった。最初にシャルルの【異能】というのだろうか、軽い振りで圧倒的な存在感をはなつ敵を殺してしまったのを見て黎迩はなにもかんじなかった・・・というよりも、自分と【シャルル】という存在が別次元の存在だと勝手に認識して、恐怖を上塗りしてしまったのだ。人間にとっての恐怖・・・黎迩の恐怖は自分にむかう殺意ではない。そんなものは、とっくの昔に克服してしまっている・・・だからこそ怖いものがあるのだ。自分が垣間見たその殺意が・・・自分ではなく、他人にむけられるということが・・・。
自分の知っている・・・なにかにむけられてしまったときのことが———。
・・・とまぁそんなことは今はどうでもいい。とにかく黎迩はこの時、普通の人間のように、今までこんな明らかな殺意をもってあいてを殺すという状況を見て・・・なにも感じなかった。ただ思ったことは・・・寧々がまた、自分とは別次元の存在だということだけだった。
「・・・ったく、今回はちっとばかし大物すぎねぇか?こんな大量の【犬】を見るのは久しぶりだぜ」
寧々のほうは、黎迩がとくになにも反応しないということをいいことに愚痴り始める。そのことから、寧々が黎迩を助けに入る前に何度か【犬】と遭遇しているということが伺える。そのたびに寧々は【犬】を殲滅しているのだろうか、あたらからはもう【犬】の遠吠えだのは聞こえない。もしかしたら、黎迩がここまで逃げてくる際に何度か【犬】に見つかっていたのかもしれないが、それもすべて寧々が倒してくれていたのではないだろうか?
そう思ったときにはもう、黎迩は聞いていた。
「なぁ、暁さん。あんたさ、これまでに【犬】を何回ぐらい見かけたんだ?」
でも、その質問はすこし的が外れていた。
寧々は黎迩が考えていることなんてちっともわからないのだろう、命の危機にさらされている黎迩の緊迫感とかけはなれた、楽観的、おちゃらけた態度で黎迩に振り返ると、さきの戦闘で一切乱れていないその髪の毛を少し撫で付けるように押さえてから
「んー・・・そうだな、だいたい五十体ぐらいはみかけたかなぁ?でも私のほかにこの【異空間時計】の中にはいった同僚も三十体ぐらいぶっつぶしてたから、今だと軽く百体ぐらい殺したんじゃないのか?」
「・・・俺は何体殺したか、という質問をしているわけじゃないんだが」
「おっとすまないね。でも結果おんなじことだろ?」
ケラケラといってのける寧々。それに黎迩はなにかおぞましいものを体のおくそこに芽生えさせる。そう、生物を殺してもなんにもの感じていないかのような寧々の態度・・・なにかを殺したというのに平然と笑っている寧々のその姿・・・シャルルもここまでとはいわないけれども、平然としていた。それで感じる・・・もしかしたら自分だけがおかしいんじゃないかという、錯覚。それを覚えてしまう自分に対する恐怖が舞い上がってくる。そう・・・まるで昔のように。自分が剣道の道を突き進むというのはおかしいことなんじゃないのか・・・自分だけが、その夢に執着しているんじゃないのか・・・という・・・妄念。そのときと同じように・・・今も、そんなことが黎迩の頭の中で交差する。
「・・・どうしたんだ?」
だがしかし、寧々が黎迩の顔を覗き込むようにしていったその言葉に無理やり意識を、その妄念の交差を切り捨てられる。
「な・・・なんでもねぇっすよ」
ちょっとばかし言葉がおかしくなってしまったが、黎迩はなにごともなかったかのようにそう言う。
「そうか?ならいいんだが・・・いやでもお前、なんでこんな・・・まぁ自分でいっちまうのもあれなんだけどさ、生物が目の前で殺されているっていうシーンをみても平気なわけよ?ふつうなら吐いたりなんなりするはずなんだが・・・ていうか私もそうだったしな」
寧々のその疑問は当然といえよう。なにかが殺される。というよりも、大きなものというか、血が流れているものが目の前で殺されるという背景を一度もみたことがないただの人間のはずの黎迩が、なぜこんな平然としていられるのだろうか。しかし黎迩は、それを恐怖とは感じない。なにかが殺される。自分に牙をむくものが殺されるというのは、恐怖ではない。そう。ただひとつ、自分の大切なものにその牙がむくこと・・・自分の大切なものが、血を流すこと・・・自分の大切なものが、殺されること・・・それが、黎迩にとっての恐怖ですべてでもあった。だからこそ黎迩は吐いたりしない。少しばかり怯えは感じるが、吐くまでにはいたらない。
だから黎迩はもとのとおりの、それでもちょっとだけ引きつった顔で
「・・・なんでだろうな?」
というだけにとどめた。
「・・・ま、いいさ。慣れも不慣れも関係のねぇ仕事現場だ・・・私たちの目的は【異形】の殲滅とお前の保護の二つだから・・・しっかりと私の後ろに隠れておけよ?」
「・・・そうするよ。そうしないと簡単に死にそうだ」
「ハハッ!!事実だぜ」
黎迩になにも変化がないことをとくにきにもとめないで寧々は歩きはじめる。この【異空間時計】を作り出した【異形】のもとにだろうか、それとも仲間のもとにだろうか・・・それとも、シャルルの元にだろうか、それは黎迩にはわからなかったが・・・ついていくことしかできない、守ってもらうことしかできない無力な【獲物】は・・・ただ無様に、歩きだすのだった。