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Re: Ebony girls dual Fencer ( No.9 )
日時: 2011/08/17 02:31
名前: だいこん大魔法 (ID: qd1P8yNT)

やがて闇は薄れていく。
急に重力がもどって、黎迩は一瞬自分の体がどこにあるのかわからなくなって、そのあたりを転がる。だけど、地面の感触を思い出した瞬間に立ち上がって、開かない目を無理やりこじ開けて、自分のいるその場所をたしかめてみることにした。

「・・・おきたのですか?」

だが、黎迩のそのすぐ目の前に、シャルルの美しく整った顔があったから、それはかなわなかった。それを意識した瞬間、シャルルの甘酸っぱい梔子のいい香りが漂ってきて、一気に黎迩は覚醒する。どうやらシャルルの言葉から察するに黎迩は眠ってしまっていたらしかっ
た。
黎迩はシャルルの肩を押して、冷静に遠ざける。それにシャルルは不思議そうな顔をする。・・・どうにも、こういった面でシャルルは無防備というか無意識でやっているらしかったため、黎迩はなんか自分だけもりあがりそうになっていたことに罪悪感を覚えた。
だが、すぐに黎迩はわれに返る。そう、ここにはシャルルがいるのだ。さっきまで変な世界・・・夢だといってしまえば信じてしまうであろうさっきの現象・・・それが、本当だったということが証明されるというわけで———さらにここは・・・その世界の中でシャルルが言っていた———【デュアルフェンサー】なる組織の中なのでは?と、黎迩の頭に最悪な考えが思い浮かぶ。
黎迩にとって・・・妹、共働きでいつも言えにいない両親なんかよりも、ずっと大切に思っている存在・・・また、妹に迷惑をかけてしまうこと、妹を守れないこと———それに絶望しそうになったところで・・・シャルルが声をかけてくる。

「大丈夫なのです。ここはお前が思っているような場所ではないのですよ」

その声には、どこか羨望と嫉妬のような色が混じっているようにも思えた。だけどそれは一瞬で、黎迩はその言葉にすぐさま反応して、当たりを見回す・・・するとそこに広がっていたのは———自分のよく通っているCD屋があるビルの屋上だった。
普段は解放されていない場所だから、すぐには気がつかなかったが、ビルの下から流れてくる商店街の音楽、そしてほかの建物などを見る限り・・・ここは、商店街の中だった。いつも黎迩が通っている・・・普通の、なんの【異常】もない・・・ただの、商店街だった。

「ほ・・・本当にここは商店街の中なんだな?」

それでも、確認せずにはいられなかったのか、黎迩はシャルルにそうやって聞き返す。もちろん、とシャルルはうなずくが、ここで深刻な表情になって———

「そう・・・なんですけどね、お前、本当に【デュアルフェンサー】にくるつもりはないのですか?」

シャルルの表情には、どこかわかれを惜しんでいるかのようにも見えるし・・・どこか、なにかを失ってしまうのではないか。という色が感じとれたが・・・黎迩は、やっとの思いで解放されて、いままでの話はすべて夢物語として終わらせてしまおうと決断したのだろう、そんなシャルルの悲しそうな表情など無視して———こう言い放つのだ。

「いかないよ。もうお前らみたいな【化け物】と関わり合いになるのはごめんだしな」

その発言は・・・まったくもって、人のことを考えていない、自分勝手なものだった。その言葉が発せられた瞬間に、シャルルの表情がいきなり憤怒の形相になり、顔を真っ赤にして・・・【異形】と戦ったときのように、ありえない速度で黎迩の目の前までせまり、胸倉を思い切り掴みあげたのだ。
そのシャルルの速度に当然ただの人間である黎迩はついていけなかった。なされるがままに黎迩はシャルルに掴みあげられて、足が地面からはなれる感覚を味わう。そこまでいったところで・・・シャルルが瞳いっぱいに涙をためながら———

「おい・・・誰が【化け物】なのですか!?」

そう言い放ち、黎迩をおもいきり壁にむかって投げつける。その力は尋常なものではなく、正気を保っている人間の力とも思えなかった。
黎迩は壁に背中から叩きつけられて、ガフッといったふうに息を無理やり出さされる。その黎迩がぶつかったところの壁には罅が入り、シャルルの力が尋常ではないことはあきらかだった。

「こ・・・こんな力をもっているやつ以外に・・・誰が【化け物】だっていうんだよ」

それでも黎迩は、強気を保っていた。もとより・・・こうしなければ、シャルルは自分のことを【デュアルフェンサー】に誘い続けるだろうと思ったから———こうしなければシャルルは・・・この腐りきった自分を、大切に思ってしまうかもしれないから・・・だからこそ、なにも考えていないようなノリで最悪な言葉を言い放ち、シャルルを傷つけるのだ。なにかを守るにはなにかを傷つけることしかない・・・もう、そんな方法しか信じられない・・・腐りきってしまった自分の脳・・・中学のころに腐らされた脳を・・・心の中で、あざ笑う。

「お前は・・・お前はぁ!!」

黎迩がシャルルをあざ笑うかのようにしていったその言葉に、シャルルは再び黎迩にむかって走り出す。そしてそのまま黎迩の腹に防具につつまれた手を叩きつけようとする。それを見た黎迩は・・・痛いだろうなぁ、とか思いつつ、その拳を、早すぎるその拳を、ただみていることしかできなかった。

(これで・・・シャルルは俺のことを忘れてくれるかな?綺麗さっぱりに)

そう思ったところで拳はかわせない距離まで迫って———腹に当たる寸前に、ピタリ、と止まった。
いつまでもこない衝撃に疑問を覚えた黎迩は、おそるおそるシャルルの顔をのぞきこむようにして見上げてみる。するとそこには・・・またしても、顔を真っ赤にして・・・というか、どちらかというと若干恥ずかしがっているようにも見える染まり方をしたシャルルの顔があった。目もとにはまだ涙がうかんでいるが。やはりどこか恥ずかしそうで・・・

「ど・・・どうした?」

そう、とっさに黎迩は聞いてしまった。
それにシャルルは、うきゅううぅ・・・とかなんか奇妙な唸り声を上げて、拳を下ろしてそのままその場所にへたれこむ。それをみて再び黎迩は心配になってしまい、どうした!?と今度は必死な形相で叫ぶ。
それにシャルルはやはり恥ずかしそうな表情で・・・顔をそむけて、目線だけでこちらを見て・・・

「お・・・お前、さっきのは全部ウソなのか?」

「ギクッ」

その突然発せられた言葉に黎迩は体を硬直させる。・・・ば、ばれてる!?
そう思った黎迩だが・・・この少女が、普通の人間ではない、力をもっているのだとすれば、それもあたりまえか、と思い、あきらめようとするが・・・やはり、妹のこととかがなによりも重要である黎迩にとってそれはできない相談なわけで・・・まさかあんなに怒るとは思っていなかった、シャルルが【化け物】だということを・・・もっと言うしかなかった。
・・・実際問題、一目ぼれというのだろうか、それににたなにかを感じたシャルルのことを傷つけるのは、黎迩にとってもいやなことだし、できるのならばやりたくない。だけども・・・そうしなければ、自分のすべてを守れないから・・・なにかを犠牲にするしか、なかったのだ。

「・・・うそじゃねぇよ。全部本気でいってる」

だけど・・・それがいやだという自分がどこかにいて、かなり白々しい言葉がその口から吐かれてしまった。それを聞いたシャルルは、若干怒ったような顔になったけども、すぐに思案顔になって、いいことを思いついた、といわんばかりに顔を輝かせる。
その顔を見た黎迩は———再び、シャルルのその美しさ・・・というよりも、幼く、無防備に顔を輝かせるシャルルの顔を見て———口を開きそうになってしまうが、自制心でなんとかそれを止めて、シャルルの動きを見守る。
するとシャルルは、どうしてかいきなり背を向けて、歩きだしてしまった。それを黎迩は呆然と眺めて・・・

「お・・・おい!!も・・・もしかして諦めてくれたのか!?」

その言葉にはどこかわかれを悲しんでいるようにも見えて、どこかこれでよかったんだ・・・という諦めの色が眼に見えてしまうのではないかというぐらいに色強く感じ取ることができた。だからこそシャルルは、頬を紅潮させたまま黎迩のほうを振り返って、にこやかに笑いかける。

「しょうがないからお前を【デュアルフェンサー】に(連れて帰るのは)諦めてやるのです。でも、すぐに会えますから、別にこれは別れじゃないのですよ」

そうなにかを企んでいるような口調でいったシャルルは、黎迩が倒れている反対側の屋上の壁を乗り越えて、漆黒のマントを風になびかせながら、華麗にジャンプして、その姿をあっさりと消してしまう。あまりにもいきなりな出来事に、体が、とういうよりも脳がついていけなかった黎迩は、壁を背にしたまま、こうつぶやくのだった・・・。若干口癖になりつつある、その言葉を。

「いったい・・・なにがどうなってんだよ」

天を仰ぐかのようにして口にした言葉には、誰も答えてくれることはなく、虚しく空気に、風にかき消されて・・・夕闇に染まる街へと・・・流されていくのだった。





「ただいまっと・・・」

あの世にも奇妙な体験をしたあと、もう夢物語だったってことでいいやとか考えながら家の玄関を開けた黎迩は、若干気だるげにそんな言葉をはきながら、靴を脱ぎ捨てる。
というよりも、腰の痛み以外はなるでなにもなかったかのように時間が進んで言ったのだ。シャルルは簡単に自分の目の前から消えてしまったし、そのことから若干痛いけどめちゃくちゃかわいかったやつ、という認識しかもう黎迩の頭のなかには残っていないし、それはそれで名残惜しいのだけれども、あの夢・・・の中でいいのか、シャルルの言葉をかりるなら【異空間時計】という世界の中で足を攣ったはずなのに別段それもないし、あの【化け物】が歩いてできたはずの足跡だって商店街にはなかったし、人間もちゃんと動いていたし、夕闇も綺麗だったし、もうあれは夢としか思えないし・・・そう思ってもだいたいつじつまがあわないところがあるのだが、そこは無理やり無視しておけば大丈夫だ、とか思ったりして、本当に黎迩はさっきまでのすべての出来事を夢物語として終わらせようとしていた・・・なのに、だ。

「あ、お兄ちゃんおかえりー!!そんでもってお客さんがリビングにいるからよろしくねー」

二階から大きな声が返ってくる。それにはいはい、と黎迩は適当な返事をして、お客とは誰だろうか、と考える。
親の仕事関係のお客ならば、たいていは兄である黎迩に用事があるわけで、今回もそんな類の客だろうと適当に考えた後、鞄を廊下の適当な場所にほうりなげて、少しばかり乱れた制服を調えてからリビングのドアをあけて———

「・・・帰ってくるのが遅いのです、どこをほっつき歩いていたのですか?」

・・・優雅に黎迩の椅子に座って、裕香にだされたのであろうコーヒーを飲みながら、ジト目を黎迩にむけつつそう言い放つシャルル・S・リーネさまの姿がそこにあったのだった。