ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は世界を愛さない ( No.10 )
日時: 2011/09/01 21:19
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)

「ふぁぁ……」
「お前、すっげー眠そうな」

竹上が俺の顔を覗きこんで、呆れ顔で言う。
その返事には返さず、ただ俺は頭上に広がる青空を見上げた。とても清清しいと思えるほどの気持ち良さ。そして何より、この心地よさが俺の心をなおさら癒してくれる気がして良かった。

「なぁ、竹上」
「ん……お前から話しかけてくれるなんて、珍しいな。どうした?」

竹上は凄く嬉しそうな顔をして俺を見つめてきた。屋上で食ってるからあまり人気がないって言っても、顔が少々近くて鬱陶しいな。
それにしても、何でこんなに屋上は気持ちが良いのに俺達以外には誰も人がいないのだろう。全員、家の中とかが好きなのだろうか。いや、そんなはずはないか。それなら外で野球やサッカーをやる必要など、毛頭ない。

「俺は、青空になりてぇ」
「……ぶふっ」
「何で笑うんだよ」

真剣に青空になりたいと言ったつもりなんだが、こいつの胸には響かなかったようだ。

「いや、だって! お前、高校2年生の言う台詞じゃねぇって!」
「そうか? 俺は、何せ凄く楽に過ごしたいからな。青空みたいに、清清しい気持ちでいたい」
「何も青空が清清しい気持ちでいるわけじゃないだろ。ってか、いきなりどうしたの?」
「何でもねぇ」

購買で買ったパンを一齧りして、寝転がった。
ほのかな温い風が当たり、このまま寝てしまいそうな気もする。
それから何気無い話を竹上と交わし、俺は竹上が先に戻るのを見届けた後、屋上から廊下へと出てすぐのところに自動販売機があるので、その自動販売機でコーヒーを一人、買っていた。
ガコンッ、と音が鳴り、何もない静けさの中でコーヒーを手に取る。冷たいコーヒーが手にじんわりと冷たさを伝えているのを感じ取りながら、コーヒーを開けようとしたその時、

「ニャー」

猫の鳴き声がした。校舎の中で猫が紛れ込むということ自体が聞いたこともない。大抵、こんな人の集まる場所に猫が来るかと考えつつ、俺はゆっくりと周りを見渡した。
いた。俺の目線の先には、不気味にまで黒い猫が、黄色い目で俺を見つめていた。ジーっと見つめているその瞳は、揺ぎ無く俺しか見ていない。いや、俺しか眼中にないような感じさえした。

「——何者だ、お前」

目を疑った。
猫が——喋った。
目を細め、何回か瞬きをしてもう一度猫の方へと向くと、そこに猫の姿がなかった。
俺は夢でも見たのだろうか。いや、そんなはずはない。猫の鳴き声に、さっきの声……あれは、確かに人間のような声だった。
猫が話すはずもないだろう。そんなことは分かっている。だが、確実にあの黒猫の口は動いていた。
昨日から嫌な予感がどこか蠢いていた。それは、あの廊下を見た時の出来事。黒猫はあそこにいた。
そして、俺に向けて——

「何してんの?」
「ッ!?」

声のした方へ振り向くと、そこには雪の姿があった。
訝しげな様子で俺を見つめ、「何でそんな怖い顔してるの?」と聞いてきた。
俺がもし、ここでさっき黒猫を見て、喋ってきたといっても、誰も信じないだろう。それは、この雪も例外じゃない。

「……何でもない」

ポツリ、と呟いてその場を去ろうとしたその時、

「あ、ちょっと待ってって」
「何だ?」

雪が俺の腕を握り、この場から去ることを止めさせた。
今は正直、嫌な気分だった。変なものを見たせいで、先ほどの屋上での清清しい気分が台無しだ。そのせいか、いつもの俺とは違うことが分かったのか、少し心配してそうな顔をしていた。
だが、次に雪が口を開き、言葉を話した瞬間——心臓が止まるかと思った。


「私、さっき猫の鳴き声聞いたんだけど、見なかった?」


絶句した。あの鳴き声は、雪にも聞こえていたのだ。
いや、でも此処の近くにいたのならば、聞こえなくもない。それは勿論、分かっている。だが、直感的に変な感じがしてならない。
この階の下は、食堂だ。とはいっても、何階か上ってこなくてはここまで来れない。そして、毎日といっていいほど、雪は食堂で友達と食事を取る。

「お前……どこにいた?」
「え?」
「さっきまで、どこにいたんだよ」

俺の様子がどこかおかしいと思ったのか、雪の焦った様子が手に取るようにして分かる。

「え、えっと……食堂に、いた。食堂で、ご飯食べてたら、何か分からないけど、どこからか猫の鳴き声がして、それで、直感的にこの階まで来たら……」

俺がいたわけか。
でも、猫の鳴き声はそんなに響くものなのだろうか?
校舎内で猫の鳴き声を聞いたことがないにしても、食堂なんて人が大勢いて、ガヤガヤとした雰囲気の中だ。その中で、たった一匹の猫の鳴き声が聞こえるのか。

「どういう風に聞こえた?」
「え? え、えっと……何だろう、どうしてか、分かんないけど……」

雪はわけが分からないという感じに挙動不審となっていた。それもそうか。猫の鳴き声——いや、猫と違う何かに呼び出されたと思えば、それは必然的なことになる。
実際、俺はこのような奇妙なことが前に起きたことがあった。そのことが、俺の引越しなどとも関係があるが……。

「分かった」

そう呟いて、雪には何も分からないように、とどこか願いながら言った。だが、雪の性格上、何が何だか分からないことは追求したくなるのか、

「一体、何かあったの? それに、猫は? もしかして、猫の鳴き声、憂も見たの?」

そんな感じに聞かれた。だが、俺はこの不吉な出来事がどうしても俺に関係があるような気がしてならない。
もしかすると、雪にも関係があるかもしれない。俺らしくもない不安に似た気持ちが、

「猫なんて、いなかった」

顔を背けて、そんなどうしようもない嘘を呟いてしまっていた。




その後、普通に授業があったのだが、雪はどうしても浮かない様子だった。よほどあの猫の一件が気になるのかは分からなかったが、何にしても、もし俺に関係があるとしたら……叔父さんとのことを思い返してみた。
そもそも、叔父さんから神海家に来ないかと言ってきた。雪とは、何故か隠しても無いのだが、あまり知られていない幼馴染であるため、叔父さんと俺の両親はよく仲が良かった"のだそうだ"。
一度は断ったが、叔父さんは俺の身の回りに起こることを何かと知っていた。そのことが、俺の居候をする決断を下したのだった。

学校が終わると、俺はすぐに校舎を後にしようとした。

「お、おいっ! 神嶋さん!?」
「すまん。また明日な」

竹上が俺を見つけ、途中一緒に帰りたかったのかは知らないが、声をかけてきた。だが、俺にはそんなことよりも、叔父さんと話したかった。
もしかすると、叔父さんはこのことについて、今日俺と話したかったのかもしれない。
神社で、ということは、何かあるのだろうとは思っていた。普通、話しをするということなら、家でも構わないだろう。わざわざ神社に行くというのは、職業の柄でもそれはないと思う。実際に昨日、住職の姿で家へと案内されたので、あの格好でどこにでも行けることは可能なのだろう。
つまり、神社で為すべきことがあったのではないだろうか。
全く、厄介だ。




叔父さんの家へと帰り、荷物を整え、服をとりあえず着替えてから神社へと向かった。
最初に行ったあの何段もある階段とは違い、こちらは斜面もゆったりとしていて難なく上ることが出来た。
上って行くと、裏側から叔父さんの姿が見えたので、声をかけた。

「おぉ、来たかな。さぁ、靴を脱いであがっておいで」

叔父さんに言われるがままに、俺は靴を脱いで神社の中へと入った。
前に入った雰囲気とは違い、どこか線香の匂いが漂っていた。この寺は、代々伝わる寺らしく、この地域で代々伝わる由緒正しい寺なんだそうだ。だからこんなに広いとか何とかは聞いたが、そんなことより、本題に移って欲しかったので、自分から切り出した。

「あの、叔父さん。俺に話しって、何ですか?」
「あぁ、そうだね。その為に呼び出したんだったね」

叔父さんは、ゆっくりと正座をし、「楽にしていいよ」と言われたが、胡坐をかくわけにもいかないので、叔父さん同様に正座をすることにした。
古い和室の中へと連れられ、中にはタンスなどが置いてあるぐらいで、特に何もない。一応は応接の間なんだそうだが、随分と個室だと思いつつ、俺は叔父さんの顔を見つめた。

「そうだね。まず、君を神海家に呼んだ理由は、何だったかな」
「それは……俺の身の回りに起こる出来事に対して、叔父さんが知っていたから。それに、両親がいなかったから」

今更そんなことを聞いてどうするのかと思ったが、ゆっくりと思い返していくうちに、次第に記憶が鮮明になってきた。
両親は、俺の記憶に"あまり"いない。

「君には、両親の記憶はなかったね」

そう、俺の記憶に両親は、幼い頃しかいない。いたという記憶があり、また一緒に遊んだり、幼い頃可愛がってもらったという記憶がある"のみ"だ。
その理由は、話してしまえば実に簡単だった。それは、俺が——

「両親が死んだという記憶を、失ってしまったから」

俺は、両親が死んだ記憶が喪失してしまっている。
つまり、どうして両親がこの世にいないかが、その理由が、そもそも何故いないのかが、分からない。