ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.11 )
- 日時: 2011/08/18 13:42
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
俺は、何不自由なく暮らしていた。
前の家は、今通っている学校からさほど遠くもない場所にある、一軒家だった。
当たり前のように両親は居て、当たり前のように過ごしていて、当たり前のように、状況を受け止めていた。
それがどれだけ哀しいことだったか分からない。けれど、俺には記憶というものがなかった。両親は、今さっきまでいたような感覚ではなく、前からいなかったという認識だった。
両親がいない事実そのものの認識を確実とさせてきたのは、中学生の頃だった。
俺は、どうしていたんだろう。
この間、父親とどこかへ行ったか? 母親と、一緒に買い物なんかに出かけたか?
どうだっただろう。俺は、どこに居たんだろうか、と。
元々、俺はここまでクズ人間と呼ばれるような人間ではなかった。俺は、もっと笑っていた。関心を持って、俺は中学生活を楽しんでいた。
けれど、それがまた、両親の記憶のようにどこかへいってしまうのだろうか。そんな不安が募るばかりで、結局俺は——この世界は、何て酷いのだろう。そう思うようになっていた。
「——俺は、神様が嫌いです」
叔父さんの話を中断して、俺は突然呟いた。
これまでの意味の分からない、いや、俺の人間性までもを変えた両親が喪失していく感じ。俺は、弱かった。神様とかいう、得体の知れないものに祈り、そして助けてもらえるなんて、
そんな安く、簡単な話はないだろう。
叔父さんは、俺の言葉を受け止めたのか、いつになく真剣な表情で俺の顔を見つめていた。住職の人に、神様が嫌いです、何て言ったらバチ当たりだろうか。いや、そもそも場所が神社だしな。
俺はそう思い、謝ろうとしたその瞬間、
「私も、嫌いだよ」
「え?」
「神様。嫌いだよ」
まさかの答えだった。
住職という仕事をしていて、仏とかいう神を慕う仕事なんじゃないのか? お経とか、いっつもあげたりしているのに。
叔父さんの答えは、色々な面からしてもぶっ飛んでいた。
「私の妻がね。何年か前に亡くなった。それは、知っているね?」
不意に叔父さんから問われたので、その事実は知っていることだし、ゆっくり頷いた。
叔父さんは、それを見届けると立ち上がり、ゆっくりと歩き回り始めた。
「私の妻は、凄く元気だった。全然、生きていれる。私より元気で、私よりよくこの寺の世話などをしてくれたりもした。よく働く妻で、一番愛していたんだよ」
柔らかい口調で、ゆっくりと話していく叔父さんは、いつもの叔父さんの表情だった。ゆったりとしていて、マイペースな感じの、叔父さん。
聞くところによると、叔母さんは叔父さんよりも働き者だったらしい。マイペースな叔父さんには、ピッタリの奥さんなんじゃないかと俺は思った。
「けれどね。私の奥さんは、亡くなった。いや——"無くなった"」
「どういうことですか?」
俺が問うと、叔父さんはゆっくりと、俺を見つめ、後ろ腰辺りに両手を重ねていた。その顔は、どこか悲しんでいるようにも見えた。
「無くなったんだ。ある日、突然、パッとね」
「それは……一体?」
「これを、私達人間は神隠しと呼んでいる」
「神、隠し……」
俺はそのキーワードを喉の奥へと飲み込んだ。何故だか、奇妙なことに神隠しというキーワードが——両親に繋がっている気がしてならない。
嫌な予感がした。
「そして、私も……妻のいなくなったという日がない。君の、両親がいなくなったという事実とそうだ。同じなんだ」
哀しそうな顔をして呟くように、叔父さんは言った。
だからか。俺の事情を知ったのは。ということは、叔父さんにも不思議な現象はあったのだろうか。
身の回りに起こる現象というのは、まさにその両親の記憶が喪失していくという不思議なものだが、今回話したいのはまたその他のこと。
つまり、あの黒猫のことだった。
勿論、叔父さんが俺と同様の現象を起こしていたということは驚いた。だが、どうしてもあの黒猫と、両親の記憶喪失のことが引っかかる。
異常な現象ほど、異常な出来事に絡まれやすい。
「叔父さん。聞きたいことがあるんです」
「何だい?」
涙もろいのか、叔父さんは目元をグッとどこから取り出したのか、ハンカチで押さえていた。
「今日、というか、昨日もそうなんですけど……喋る黒猫って、いますかね?」
「喋る、黒猫?」
素っ頓狂な顔をして問い返してきた。まあ、そりゃそうだろう。誰だってそんなこといきなり言われたら、アニメの見すぎやら、漫画の見すぎという風に茶化すことは間違いないからだ。
「その黒猫は、憂君に、何か言ったのかい?」
「あぁ、えっと……お前は何者だ、って言ってきたと思います」
叔父さんは俺の言葉を聞いて、考える素振りをする。それからゆっくりと口を開いた。
「まさか、なのだけど……憂君、君はもしかして——」
と、叔父さんがやけに神妙な顔をして話していた途中、
「お客様がお見えになられております」
ススス、と障子が開き、初めに会ったあのお坊さんの姿があった。叔父さんを見て言った後、次に俺を見て、そのお坊さんは笑顔で俺に頭を下げてきた。
それに対して、俺も頭を下げることにする。あぁ、あの時はどうもっていう意味を込めて。無表情だから、どうしようもないと思うが。
「ごめんね、憂君。この話はまた今度にしよう」
叔父さんはそう言って、その場からお坊さんと一緒に立ち去って行った。
俺は部屋に取り残された状態で、正座を崩す。ゆっくりと立ち上がって、背伸びをしてから、俺は叔父さんの家に帰って寝よう。そう思ったその時、
「やぁ、人間」
声が聞こえた。聞き間違うはずない。この声は——あの黒猫の時に聞こえた声だ。
辺りを見回しても、それらしき人物の欠片もない。どこにいるのか全く分からない。立ち上がり、障子をくまなく開けてみようかと思ったが、
「まぁ、そう気を荒ぶらないでよ」
「ッ! 何者だ」
この声に反響するようにして聞こえるその声は、まさにこの部屋とこの声が一体化しているようで、気味が悪かった。
「邪魔な者は追い払ったから、やっと君と一対一で話し合えるね」
「質問に答えろ。お前は何者だ。どこにいる?」
「はは、質問が増えてないかい? まぁいいや。じゃあ答えてあげるわ」
声は嘲笑うかのようにして共鳴し、ゆっくりと正体を告げた。
「僕は——神だ、人間」