ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.12 )
- 日時: 2011/08/19 17:53
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
今自分の状況が全く分からない。
何故このようなことになっているのか。叔父さんの話を聞きに此処まで来ただけだ。後は帰って寝る。それで十分だ。
なのに、どうしてこんな面倒なことに巻き込まれないといけない。
一歩も動けず、和風の個室にただ一人、俺は佇んでいた。その原因は、先ほどから俺に向けて話しかけてくる、この謎の声。
「神、だと?」
俺は呟きながら、辺りを見回す。特にこれといって変化も無く、障子の傍に影の一つもない。天井を見上げても、人の目線らしきものは感じられない。部屋の中にいるということもないようだった。
だが、何だ、この変な威圧は。押し寄せられる波のように、俺はその威圧を全身で感じ、一歩もそこから動けずにいた。
どこにいるかも分からない。更にはどこにもいる"気配がない"はずなのだが、威圧のみがこの空間の中を漂わせている。
「ふふ、そうだよ」
声はまたどこからか聞こえた。場所が特定できず、辺りを見回すことしか出来ない。
「どこにいる?」
「此処にはいないよ。君の思ってる通りさ」
「お前は一体……」
「だから言ったでしょ? 神だよ、神」
相手は笑っているのか、語尾に所々笑みを浮かべているような喋り方で話している。
全く、面倒臭いことになったな。別に、こんな威圧のようなものは、関係ない。
俺は普通に歩き、障子を素早く開いた。そこには、誰もいない。しかし——外には異変が起きていた。
「夜、だったか?」
辺りは真っ暗で、夜だった。静けさが漂う、夜の中に一人、寺の中で残されているような状況だった。
薄暗くだが、周りの風景が見えるのは、真っ暗な夜空に煌く満月のおかげだろう。
何故だか、この雰囲気といい、満月といい、どこかで見たような意識に襲われるが、特に気にもせずに俺は寺の廊下を歩く。
既に威圧は無くなり、あの声も聞こえなくなったが……どうにも、時間の経過がおかしすぎる。
俺が叔父さんを訪れたのは、うろ覚えではあったが、4:30だ。今の季節、梅雨時期なので、完全な夜の時間帯になるまでには、7:30〜8:00の間ぐらいが妥当だろう。
しかし、3時間ほども此処で俺が忘れられていた、なんていうことはいくらあの叔父さんといえど、有り得ないことだろう。
一体何がどうなっているのか全く分からないまま、とりあえず神社の中から抜け出すことにする。
裏口に繋がっている観音像が祭られてある場所へと向かった。観音像の無表情の顔は、夜だと一層不気味に見えた。
叔父さんもお坊さんもどこかに消えたかのように、此処にはいない。まるで人気がなかった。
ただ、満月の光だけに照らされている神社は、怪談話様様の如く、不気味さが漂っている。
あの声の主がどこにいるのかは知らないが、俺はとりあえず叔父さんの家へと戻ることにした。
裏口のドアを開けて——出ようとしたのだが、ドアが閉まっていた。もう戸締りをしてしまったのだろうか。外側から南京錠がかかっているようだった。
「表から出るしかないか……」
考えた結果、表のあの険しい階段を下りて行くことにした。
本堂の裏口を本堂の玄関から出て、回って行くと確かに行けることは行けるのだが、その間に木々が多く生え茂っており、懐中電灯という代物も持たずにして歩ける道ではないことは見ただけで分かる。
がむしゃらに前に進めば着くことは可能なのではないかとは思うが、此処は何せ山を切り崩して建てたようなところにあるので、少しでも道を間違えると、緩くはあっても、木の枝が大量にあったりする急斜面かどうかまでは分からないが、転落することになる。その間に木々も沢山あるので、木にぶつかって怪我をする可能性も十分考えられる。
そう思うと、あの裏口の扉は役目が大きいのだろう。
「少し見えにくいな……」
表の階段へと着き、下を見下ろして見ると、奥の方は暗闇続きでよく分からない。いくら満月が光り輝いていようと、これだけ急斜面だとそこまで照らされないようだ。
人間という奴は、光体がなければ目が見えない生物だということを此処に来て思い知った。
一歩ずつ、ゆっくりと下っていくことにする。そうした方が確実で、手っ取り早くはないが、安心できるだろう。
ゆっくり、足場を確認しながら歩いていく。そうして何段かは分からないが、着実に下って行った。
しかし、後どれほど段があるのか分からないというのは不安だった。初めて此処に来た時に数えておくんだった。とか言っても、今はどうにもならない。
「ふぅ……」
ゆっくり、ゆっくり。そうして下って行き、ようやく次の足場は広々とした地面だ、と思ったその瞬間。
ズルッ、と何かが滑った音がした途端、自分の視界が揺らいだ。
目の前が一気に落ちていく感じ。これは、転んでいるのだと分かる頃には、俺は随分下へと堕落していったようだ。あちこちに痛みが走り、何箇所か打撲をしているようだった。
真っ暗な為、よくは見えないが、大分汚れてしまっているようだ。擦り傷や、切り傷による出血も多少あるだろう。
どう転んで行ったのかは分からないが、何かに滑り、転げ落ちたことは間違いない。ゆっくりと腰を上げ、立ち上がると、その視線の先には——黒猫がいた。
「お前——」
「久しぶり? ふふっ」
どうして久しぶりだろうか。声は先ほど、部屋の中で聞いていた声と同じだった。
今更だからあまり驚かないが、この目の前の黒猫が俺に向けて言葉を出している。気持ち悪く、嗤いながら。
「お前が、神か?」
声の主の正体は、やはり喋る黒猫だった。この黒猫は、どういうわけか自分を神だと名乗っている。そもそも、神がこんな簡単に人間と接触していいのだろうか。俺はそんなことを考えつつ、神と名乗っていたこの黒猫に聞いた。
「不思議でしょう? この感覚」
嗤う黒猫は、俺の言葉をスルーして話し出した。
「貴方、今までの人間とは違うわね。もっと、驚かない? 何で猫が喋ってるんだ、とか」
「別に。驚く必要はない。前に学校の廊下で二度も会った」
「あら? そうだったかしら?」
白々しい風にして黒猫は笑みを浮かべながら言う。
確かに、普通の人間ならこのような状況に、黒猫が喋る、嗤う。確かに驚くだろう。
けれど、俺にはそんなこと——どうでもよかった。
「茶番はいい。早く家に帰してくれないか?」
「帰す? ふふ、貴方気付いてないの?」
黒猫はなおも笑みを浮かべながら、ゆったりと俺の方へと歩いてくる。歩幅が小さいため、歩きながら話しを再開し始めた。
「この状況、どうみてもおかしいでしょ? 貴方はもっと明るい時間にあの部屋にいた……。なのに、今はもう夜。何が起こってると思う?」
黒猫はゆっくりとした口調で話していく。それから沈黙の間も歩みを止めず、俺へと向けて歩いてくる。
その時、俺の脳裏に叔父さんの言葉がかすめた。
『無くなったんだ。ある日、突然、パッとね』
『これを、私達人間は神隠しと呼んでいる』
もし、俺は忘れられているのだとしたら。
叔父さん達は、故意で忘れているわけじゃない。そんなことを叔父さん達がするはずもないし、第一こんだけ暗くなったら探しにも来るだろう。
もし、俺は居なくなった。いや、無くなっている状態が今まさに"この状況"なのだとしたら——
黒猫は、既に俺の目の前に来ており、ゆっくりと体は膨らみ、ゴキ、ゴキ、と音を立てながら変化を遂げていく。思わず、俺は少し後ずさり、その様子を見守った。
まるで骨が砕け、分解し、また合成されることを繰り返したような音は、段々と強くなっていき、黒猫は何かの形を作り上げる。
闇夜のせいか、それに気付いたのは、姿を変えた"黒猫だったモノ"が俺に近づいてきてからだった。
「お前は、今、この場で、現在進行で、誰にも気付かれず、忘れられ、消え去り、孤独。——そうだ、お前は、神隠しにあっているんだよ、この人間風情がッ!! あァ!?」
おぞましいほど顔を歪ませ、笑みを作っている、目の前の"女の子"は、俺の眼をしっかりと見据えながら言った。
その表情には、笑顔、歓喜の他、憎悪、殺意、罵りの含まれたような。
そんな、"人間とは到底思えないもの"だった。