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Re: 神は世界を愛さない  ( No.13 )
日時: 2011/08/21 22:33
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

何なんだ、コイツは。
この目の前にいる、顔を歪ませた"モノ"は、俺の眼を覗き込むようにして見つめたまま、微動だにしない。
その様子に、鳥肌が少なからず立っていっているが、俺にとってそれは恐怖という存在ではなく、気持ち悪いという存在だった。

「離れろ」

俺は一言呟き、目の前のモノの眼を逆に見据え、睨みつけた。そうすると、そのモノは、甲高い笑い声をあげながら、後退していく。
黒猫から、人型になったからといって何が変わるわけでもない。ただ分かるのは、目の前のモノは、化け物だ。

「まぁ、いいよ。何を言っても、もう無駄だしね」

その化け物は、呟くようにして言った後、俺を見て、その不気味な笑顔で、

「さぁて、消しちゃおう」

不吉な予感が、俺の全身を駆け抜けた。この化け物は、俺を消そうとしている。消す、というのは、この世から除去するということか?
もしそうだとすれば、考えられるのは、殺されるということだろうか。
ゆったりとした歩調で、女の子の姿をしたその化け物は、再び俺に近づいてくる。急に、何だか心が締められるような思いがした。

「何故、俺を消す必要がある」

俺は化け物に話しかけ、何故こういう状況に陥ったのかを聞き出すことにした。
まず、物事の事の始まりを知らないと、後々から面倒なことになりかねない。自分のおかれている状況を自分で把握しておかないと、自分の知らず知らずの内に、自由を奪われていては敵わないからだ。
俺の言葉を聞いても、目の前の化け物は何も答えない。ただ、ゆっくりと歩み寄って来るだけだ。

「答えろ」

冷静にそう呟くと、途中で足を止め、再び不気味な笑いを堪えきれずに出すような形で、段々と口から漏れ始めていた。
化け物は、そのまま俺を見据え、ゆっくりと口を開いた。

「お前は、普通の人間じゃないからだ」
「何……?」

化け物の言葉に、俺は少し違和感を持った。
普通の人間じゃない。それはどういう意味があるのだろうか。俺が周りからクズ人間だと呼ばれていることと関係しているのだろうか。

「お前の無機質な心と、中に秘めた力だ。貴様は——神を扱える」
「どういう意味だ。お前が神なんじゃ——ッ!?」

その瞬間、俺は空中を舞っていた。
一瞬で化け物は俺の目の前まで来て、その勢いで俺の腹を殴り飛ばしてきた。そんな目にも見えない速度には到底敵わず、その力の向きに応じて、後方へと吹っ飛んでいくこととなった。
途中にある木にぶつかり、俺は小さく声を漏らした。

「ふふふ。お前は、神の敵だ。いや、神の食事だよ。お前は美味しい。お前のような人間はとても美味しいんだよ」

何を言っているのかわけが分からず、俺はただ、このままだと殺されてしまうことが分かった。何も成す術がない。俺はゆっくりと腹を押さえながら立ち上がると、そのまま化け物の傍から走って逃げた。どこに何があるかさえも判断のつかない、暗い道の中を。
後方から化け物の気配が感じられたが、そんなことはどうでもいい。ただ俺は、逃げなきゃいけない。そんな気がした。
そうして俺は、大きな岩らしきものの陰へと隠れた。前方を見ても、化け物の姿はない。此処は、まだ先ほどのところよりも月明かりがあり、見えやすくなっている。
この大きな陰の中だったら、何とか助かるのではないかと考えながら、化け物が来る様子を伺っていた。

「逃げても無駄よ? お前は此処から、逃げれない。助けも呼べない。ただ、孤独の恐怖に打ちひしがれ、絶望の中で"食べられるの"」

食べられる。そのキーワードが、どうにもおかしかった。
ただ殺すだけではないのか? 喰う、ということなのだろうか。
そういえばさっき、俺が美味しいとか言ってた気がする。それは、俺を喰うということ変わりないことなんじゃないんだろうか。

「ふふ、そこの岩の陰、だね」
「——ッ!?」

思わず絶句した。心臓の音が止まらない。俺は、死ぬのだろうか。
神隠しと言っていたが、これは俺を喰らうためのステージであって、神隠しは単なるそのステージを作る土台みたいなものなんじゃないだろうか。
人気もなく、誰にも知られずに、神に喰われる為のステージ。
それが、神隠しなのだろう。
目を瞑り、俺はゆっくりと死を受け入れようとした——その瞬間、凄まじい風が、上空から舞い降りてくるような気配がした。
空を見上げても、何も無い虚空。星の無い、不気味な夜空が広がっていたのだが、その中で何かが飛んでくるような感じがした。よくは分からないが、何かが来る。

「なッ!?」

化け物が声をあげたその時、ザンッ、と音がしたと思い、化け物の方を見てみると、大きく肩から一直線に化け物は——斬られていた。

「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁああああ——!!」

凄まじい声を出してもがいている化け物は、その斬られた片腕をもう片方の腕で拾い上げ、後退していく。その後を、ボタボタという、奇妙な血の音が追っていった。
化け物を斬った者。それは、少女だった。
ショートにしている髪は漆黒。服は動きやすそうな短パンに、長袖の黒いシャツをつけている。腕には、翡翠に光るブレスレットがつけられている。その光に合わせて、手に持っている物騒な現代の技術になさそうな機械で作られた剣を持っていた。
長い刀身には翡翠色の光が灯り、その回りには機械でゴチャゴチャした部分が動力のような感じがし、手に持つ柄の部分は槍を半分にしたぐらいの長さなので、相当剣にしては長い感じがした。
刀身だけであんなに長いのに、柄もあれだけ長いと、振り回せば、それは大きく範囲が広いだろう。

「——神を名乗る罪人よ。お前の魂は、人を喰らいすぎた。力を集め、その力を世界に帰せ」

わけのわからない言葉を、少女は見た目相応の声で化け物に目掛けて言った。翡翠の光のおかげで、その少女の顔は浮かび上がるようにして見える。その少女は、とても綺麗だった。

「神殺し……ッ!」

化け物は呻くような声でそう呟いた。その表情は、先ほどの余裕染みた表情とは違う、恐怖に満ちた顔だった。

「一瞬で消してあげる」
「ひ、ひぃ……!」

化け物は後ろへ翻し、逃げようとしたが、少女はそれよりも速く化け物に詰め寄り、翡翠に光る機械の剣を大きく右に薙ぎ払った。
化け物の体は容赦なく斬られ、鮮血が飛び散る。少女には、一滴もかかってはいなかった。
そのまま、少女は倒れている化け物に対し、上から見下して、呟いた。
化け物は既に息絶えているのか、断末魔すらもあげない。体は無惨に引き裂かれ、見る影もなくなっていた。

「神殺し、完了」

少女が呟き、翡翠のブレスレットを持った手を化け物の死体の上へかざす。
その瞬間、化け物はふわっと、青白い光が灯って、静かに上空へと消えていく。その様子を終始、俺は見届けていた。
わけが全く分からなかったが、どうやらこの少女は味方らしい。俺はその少女が来たことにより、もう敵は消してくれたという気になって岩の陰から出た。だが、その瞬間、

「誰だッ!?」

先ほどの冷静な表情とは一変し、少女は俺へと喧騒を駆り立てて睨みつけてきた。
一体何なんだと思いながら、その少女に話しかけようとしたが、

「人間……? もしかして、まだ喰われてなかったのか……」

少女は怒ったような表情で俺を見つめ、そうして呟いた。
俺は何が何だか分からない状況の中、迷っていた。喰われなかった、というのはどういうことなのだろう。
この少女にとって、俺を助けた助けないはどっちでも良かった、ということだろうか。
ゆっくりと少女は再び冷静な顔に戻り、俺に向けて剣を突き出し、こう言い放った。


「お前は、見てしまった。人間がいるとは思わなかった。……神殺しを見てしまった以上、お前は殺さなくてはならない」


少女の目は、冷徹だった。