ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.14 )
- 日時: 2011/08/23 20:08
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
「俺を……殺す?」
衝撃の言葉に、俺は呟いてしまっていた。
実感が湧かなかった。殺す、といわれても、あまり実感がない。言われたことがないからだ。けれど、目の前から先ほどまでは存在しなかった、自分に対する明らかな殺意が、あぁ、こいつは——俺を殺す気なのだと、理解を十分に改めた。
一歩近づかれると、一歩後ずさる。少女は剣を持ちながら、冷徹な表情で、ゆっくりと俺を見て歩いてくる。
何故俺を殺さなければならないのか。恐らく、あの凄まじく異能な力を人間という存在に知られてはならないのだろう。先ほどの化け物は、この目の前にいる俺を今から殺そうする、"一時期正義の味方"も、神という風に呼んでいた。
つまり、あの化け物は本当に神という呼称だ。そして、この少女の言う役職が——そう、神殺し。
神は、今まさに人間にとって敵であるように見えた。神殺しは、それを駆除してくれる味方……ではないのだろうか?
「何故、俺を殺す必要がある。それなら、何故神を殺した」
自然と俺は、言葉を口にしていた。
俺の言葉に、足をピタリと止め、少女の姿をした神殺しはゆっくりと口を開いた。
「神は、人間が嫌いだ。そして、私達も人間が嫌い。殺す前に教えておいてやろう。私達が神を殺す理由は——世界をあるべき日に戻す為でもある。そして、神の罪を断罪するため」
「世界を、あるべき日に……? 神の罪……?」
分からない単語だらけのことを言って、突然少女はふっと笑った。
月夜の光が、いきなり明るくなったと思えば、少女の顔はそれに照らされてとてもよく見えた。
ザザァー、と木々に風が舞い、その風に合わせて木々は揺れ動いた。少しショートな髪型を押さえ、暗闇のせいでよくは分からなかったが、三つ網に片方に結んであり、そこに通常なら首にかけるのではないかと思わしきネックレスのようなものが巻かれていた。そのネックレスの先端には、碑石のような、何か神秘的な感じのする石がつけられていた。
少女は、その碑石に月光が当たり、ほのかに表情が見えやすくもなったのだろう。
それはとても、今まで見たことないようなほど、綺麗だった。
「だから、人間。この世界は何度でも死に、何度でも孵る。私は——そんな、この世界が大嫌いだ」
その瞬間、少女はもの凄い速さで俺の目の前まで駆け抜け、そのまま右手に持った剣を振り上げ、そして大きく俺の目の前で振り下ろした。
「——人間なんて、大嫌いだ」
肩に、まず刃物が入る感覚がした。血が少し出る音を、生身で感じたかもしれない。そして次に、何故だか電撃の走るような音と、もの凄い音量の耳鳴りが聞こえてきた。
一体それがどこから鳴り、実際に届いているものなのかも分からない。
ただ、この音は、頭が死にそうになるほど痛かった。俺の視界は、その時ゆっくりと暗闇に飲まれ、一気に真っ白な世界へと閉じていった。
それから何分経っただろう。経過している時間が全然分からない。その最中、耳に誰かの声が聞こえて来る。
『あいつは、打たれ弱い。現実を受け止めず、現実逃避を繰り返すだろう。だが、向き合わなくてはいけない。あいつは、大丈夫。決して逃げるばかりじゃないさ。そう、あいつは強いから。俺は信じてるんだよ。ただ、怪我しねぇかが、親としては気がかりだがな……。まぁ、いい。辛気臭い。あいつは、俺と同じことを繰り返しそうで怖いけどな。……けど、俺もあいつも悔いは残らない。何故か? 決まってるさ。……これでも、家族だからだよ。あいつは、俺を殺そうとした奴の——』
何だ、これは。
頭がおかしくなりそうだった。突如として頭の中に流れるようにして言葉が入っていく。これは俺の記憶? いや、違う。俺はどうしてしまったんだ。頭が痛い。痛くて堪らない。こんな世界——壊れてしまえばいいのに。
「うわああああああああッ!! ああああああああッ!!」
思い切り叫んでみた。この痛みから逃れるためには、叫ばないといけない気がした。いや、叫ばないとやっていけなかった。痛みから逃れる為に、俺は叫んだんだ。
そうだ、いつでも俺は——逃げていた。今もこうして、逃げている。逃げていたら、何事も助かる。面倒なことも、全部全部。消えてしまえば、どれだけ楽か知れない。俺の闇は、こんなものじゃ消えない。
ならいっそ、俺自身が消えてしまえばどうなるんだろう。そうすることで、何か変わるのだろうか。世界は何か異変を起こすだろうか。
何も、変わらない。たった一人、俺という人間は死んでいくだけだ。死に行く生き物のスパイラルは永遠で、俺はそれに乗っ取っているだけ。
世界の、思うツボじゃないか。
「え……!」
叫び終わると、変な考えばかりが過ぎり、可笑しな気分だった。笑えてくる。何だ、この変な感情は。
そう思っていると、目の前から驚いたような少女の声が聞こえた。ゆっくりと、俺は目を開けて見た。
少女の姿は、まさに目の前にあった。目と鼻の先とは、このことを言うのだろうか。ふわっと、いい香りが鼻腔をくすぐってきた。
だが、妙に異変があったのは、少女の表情と、手に持っているはずのものがないということ。更に、翡翠の光までも消えてしまっていることだった。
「どういう……」
少女は驚いた表情で、ゆっくりと呟いていた。俺はわけが分からず、その様子を伺っていたが、先ほどの少女から伝わってきた殺気や何やらが全く感じられなくなり、力などが何もかも損失してしまっているようだった。
「お前かッ!?」
突然、少女に凄い剣幕で首元を捕まれたが、力は弱い方だった。もし、力が会ったとするならば、俺は
この場で絞殺されているのだろうか。だが、今は払おうと思えば、簡単にこの少女の細い手は払えるだろう。
つまり、この少女は——見た目通り、普通の人間の女の子にしか過ぎない状態ということだった。
「何の話だ?」
冷静を取り戻し、俺は呟いた。そうして少しの間、少女といがみ合うが、少女は己の力の弱さに気付いたのか、自分の手を見つめて苦虫を噛んだような顔をしてその手を離した。
「力が、無い……」
「力?」
「力が、全部無くなってる……!」
少女は、自分の先ほどまで持っていた力が全て無くなっていたようだった。俺も驚かずにはいられない、という状況なのだろうが、つまりは俺の命が助かったのだ。それに、力が無くなったとするならばそれはそれで話し合いというものが出来るだろう。言えば、好都合だった。
「に、に……人間になった……!?」
少女は一人、愕然とした顔で呟いた。両手で小さく、整った顔を押さえつつ、後ろ髪が一つ長く三つ編のようにされているおさげがふあっと、俺の目の前を過ぎった。
その時、俺は思い出していた。それは確か、俺を殺そうとした最中に言った時の少女の言葉。
『——人間なんて、大嫌いだ』
この言葉が、俺の脳裏の中から思い出される。少女明らかに、人間のような存在ではなかった。異能の力を持つ、神殺しとも呼ばれるほどの力を持った存在。それは明らかだった。
人間とはまた違った者という解釈が一番当てはまるのだが、姿形も、全て人間なのであまり違いも分からない。
人間を嫌っているのなら、人間ではない格好をすれば良いと思った。力を失えば、ただの人間。神のように、猫とかに変身は出来ないものか。
「ち、力、お前が奪ったんだろっ!」
「奪えるはずがないだろ。もし奪えることが出来たのなら、とっくに奪ってる」
「黙れッ! うっさいっ!」
……そっちから聞いておいて、この態度だ。けれど、それがどれだけ彼女にとっては深刻なものかが証明できた。
綺麗な艶のある髪を両手で掻き毟り、何でだと繰り返している。その様子は、見ている方では滑稽だった。
人間が大嫌いな存在が、人間になった。
どんな物語より、かなり酷なように思えてくる。
月夜は、俺と少女を光りで包んでくれた。その瞬間、神と対峙していた時にはいなかったコオロギや蛙が鳴き始めた。
「奇遇だな。——俺は、神様が大嫌いで、なおかつ、この世界も大嫌いなんだ」
俺の言葉を聞き、少女はどんな表情で見ているだろう。そんなことは気にせず、何故か笑みが零れてしまっていた。そして、次に笑い声。これだけ笑ったのも、久々なのかもしれなかった。無表情だとずっと言われてきて、クズ人間のレッテルを貼られた俺は、この時死にそうだったというのに、笑えてきたのだった。
あぁ、どうやら戻ってこれたのだろう。いつもと同じ感じが、辺りの雰囲気からして分かる。少女の姿を見ずに、俺は綺麗に光り続ける満月を見つめた。
俺は、またしても生きた。生きようとしたんだ、多分。
月明かりは、どこまでも暗い夜を照らしていた。