ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.19 )
- 日時: 2011/08/24 18:36
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
その後、俺の記憶は途切れた。
月夜を眺めていたと思いきや、気付いたら一人、神社の前を歩いていた。あの少女を探そうという気にもなれず、俺はそのまま叔父さんの家へと帰って行った。
今が何時なのかは分からないが、まだ明かりが点々と付いている。それは、勿論叔父さんの家にも。
叔父さんの家のインターホンも鳴らさず、ガラガラと引き戸を開いて中へと入る。和風の匂いが玄関からして漂ってきた。
中へ入り、居間へと向かうと、叔父さんは何か荷物の整理をしていた。
俺の存在を認めるや否や、叔父さんは「あぁ」と声を漏らして笑顔で俺の傍へと寄って来た。
「お帰りなさい。用事は、もう済んだのかな?」
「用事?」
「神社で、私と話した後、用事があるのでと言って、私は客人が来たから対応したように覚えているのだが……」
叔父さんの言っていることが、聞き始め分からなかったが、これが神隠しされていたということだろう。都合の良い様に記憶がすり返られていた。
あれは本当のことだったのだろうか、と。腹元に熱を帯びつつ、痛みを感じさせているだけでは、あんな非日常な出来事、信じられるはずもなかったが……叔父さんが、こうして記憶している。それは十分証拠だろう。
どこか叔父さんは抜けたようなキャラのようで、これでも記憶力は凄い。住職という仕事柄なのかは分からないが、どういった案件だったか、どういった客人が今日は訪れるのか、とかも把握しているし、家で二階に上がったり下りたりしているのは、どこに何が仕舞っているのか分かっているせいであり、決してただ意味もなく階段を上り下り繰り返しているわけでもない。
そんな叔父さんが、こうして言っていることは正しい記憶として判断されているのだろう。俺は渋々、普通にやり過ごして食卓に着いた。
「叔父さん、雪は?」
「ん? あぁ、雪は今日、友達の家に泊まるとか言ってたね」
初耳の情報だったが、叔父さんが俺の為に食事を食卓の上に置いてくれる姿を見ていると、どんどん興味が移っていく。
今日の料理は、カレーだった。具材は至ってシンプルで、じゃがいも、にんじん、牛肉、玉ねぎ、と。腹が減っていた俺は、このシンプルなカレーでもとてもご馳走に見えた。
「美味しそうですね」
「ん……? あぁ、そうかい? 男二人だけど、仲良く食べようか」
そうして叔父さんもテーブルに自分の分のカレーを置いた。
ふと、叔父さんの後ろに飾られている古びた時計を見ると、時刻は既に8:00となっていた。
居候だが、叔父さんが「何杯でもおかわりしていいよ」と言ってくれたので、その言葉に甘え、決してお世辞ではない美味さのカレーを3回食べた。
「よく食べるのは、いいことだよ。何でも、元気でいたほうが良い」
ニコニコと笑顔でカレーを食べ終わった皿を持ち上げつつ、叔父さんが俺に向けて言った。
俺も叔父さんの後に続いて、カレーのルーで汚れた自分の皿を台所へと返しにいった。
それが終わると、二階にある自分の部屋へと入り、既に畳の上へと寝転がった。
一息吐き、俺はぼんやりと天井を眺めた。
今日あったことがまるで嘘のようだった。非日常すぎる。突然、あんな出来事が——いや、前からだった。前から、何だか変な感じがしていた。こう、胸騒ぎが起こっている。ふつふつと、何かが込み上げてくる感じ。そんな錯覚に近いものを感じていたからこそ、俺はこの家に来た。理由は、他にもあるのだが。
「ふぅ……」
一息吐き、俺はゆっくりと目を瞑った。そうしていると、真っ暗な世界の中に一人だけポツンといる気分になり、時が止まっているような気さえした。
周りは虫の合唱で溢れかえっているはずなのに、今日は何故か全く聞こえない。変だと思い、再び目を薄っすらと開けると、
「あれ……?」
窓から、緩やかな風と共に、あの少女が突っ立っているように見えた。此処は二階で、窓から入ることが可能なんだろうか。その後、一瞬にして目の前がクラッと一回転したようになり、暗闇の中へと堕ちていった。
目の前に寝転んでいる先ほどの人間を見下しつつ、部屋の雰囲気を確かめた。特に何もおかしいところはなく、至って普通の人間が住む部屋。
人間独特の"匂い"がしないのは、自分自身も人間となってしまっているからだろうか。
「この男、何者だ……」
呟きつつ、男に近づいてみる。完全に眠りに入っているようだ。その分、この男が何者なのか調べることが出来る。
人間になっても、"人間の中身"を見ることは変わらず出来るようだ。
前から追っていた、あの黒猫が餌に選んだ男だ。それ相応の力か何かを持っているのではないか。その力のせいで、自身の"神の力"を失ってしまった。そう考えるのは、あの力を奪われた瞬間からしても明らかだった。
ゆっくりと顔を近づけてみる。腹元には、痣があるようだ。黒猫の奴から付けられたものなのだろう。そっと、手を男の胸辺りにかざす。
すると、ふわっとこの人間の持つべき力が見えてくる。だが、その中身は驚きしかなかった。
「な……!」
手を離し、体を遠ざける。後ずさり、男を見る。
この男は——
翌日。
いつものように目覚まし時計無しで起きる。時刻は——昨日と同じ?
昨日の早起きだけで、このスタイルを身に付けてしまったのだろうか。となれば、こちらとしてはとても迷惑だ。
眠さがまだほんのりの脳内を刺激し、まだ寝てもいいという体の甘えもついでに付いて来る。
どうせ今日は雪がいない。今日しか雪はいないということを考えると、また次の日から同じように早起きを強制させられる可能性が十分考えられる。ということは……今日ぐらい、まだ寝てもいいだろ。
そうして、睡魔を受け入れ、また眠りの世界へと入ろうとした——その時、
「いつまで寝とんじゃーっ!!」
ガタンッ! という音と共に、どこか聞いたことのある女の声が聞こえてきた。
まさか、と思い、俺はドアの方へと視線を向けた。すると、有り得ない人物がそこに立っていた。
「いや、あの、え?」
「何だその顔は。たかだか人間風情で」
「いやいやいや。そうじゃなくて。え?」
俺の見た人物は——昨日、俺を殺そうとした少女だった。
変わらない、髪の艶といい、綺麗な黒髪にチリンッ、と音を立てている髪に結ばれた碑石のようなものに、横髪に添えられたようにしてある結びがとても可愛らしく揺れていた。
よく考えると、雪が此処にいるはずがないじゃないか。友達の家で一日を過ごしている雪が、わざわざ俺を起こしに此処まで戻ってくるはずがない。こうして女の声がしただけで、おかしいと思わなければならないのだ。
だが、それよりも、だ。どういう状況に陥っているのか、誰か説明をしてくれないと意味が分からない。
「あの、叔父さーんっ」
とりあえず、叔父さんを呼ぶことにした。だが、その反応を見て少女は「無駄だ」と一言呟いた。
何が無駄なのか、わけも分からない俺は、とにかく目覚め、ゆっくりと腰を上げる。
「あの坊主なら、出張で出かけた。つまり、この家は今、私とお前しかいない」
「……そんなこと、昨日言ってなかったぞ」
「あぁ、言ってないだろうな。朝、お前が見るように配置したようだ。一階に置手紙があった」
そう言って、少女はふさっと一枚の紙を俺の目の前に落とした。ふわり、ふわりと、虚空に揺れる紙を掴み、読む。
『すまないが、急な出張が入ってしまった。朝ご飯は作ってあるので、お食べなさい』
とだけ書いてあった。
急な出張なんて、住職さんにあるのだろうか。いや、人が死んでお経をあげに行くとか、そういうのがあるのかもしれない。けれど、早朝にそんなことをしに行くものなのだろうか。
「もしかしてだが、何かやったのか?」
「やれるはずがないだろう。坊主が勝手に出張したんだ。私は何もしておらん」
仁王立ちで、偉そうに俺を見下しているこの少女は、一体何者なのだろうか。第一、何故ここにいる? 昨日、あれからどうなったのだろう。
考えれば考えるほど、何もかも分からなくなってくる。
「まあいい。お前に話がある」
「話?」
「そうだ。下りて来い」
そう言って立ち去ろうとするが、俺は一言「待て」と呟いた。
すると、少女は俺の方へと怪訝な顔をして振り返った。
「此処で話せばいいだろう。何だ」
俺が言うと、少女は暫く黙り、ボソッと「人間ごときが、指図だと……?」と呟いた気がしたが、嘆息し、少女は俺を冷酷な目で見つめ、そして言い放った。
「——お前、私と契約を結べ」
何が契約なのだろうか。どうして結ぶ必要があるのか。どうして命令系なのかなんてものは、疑問が多すぎてわけが分からなくなっていた。
少女は、ただただ、俺を見下しながら冷酷に言ったのだ。それを見て、俺はよく分かった。
あぁ、こいつは本当に人間が大嫌いなんだ、と。