ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は全てを愛さない ( No.3 )
日時: 2011/08/16 20:30
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

HRが終わると、俺は鞄を持って廊下へと出た。
だが、そこには既に黒猫の姿は無く、見渡してみてもどこにもいない。
あの黒猫が姿を現してから5分以上は優に経過してしまっているのだから、それも仕方ないことだと納得せざるを得なかった。

「憂さんやっ!」

その時、背中に衝撃が走った。後ろを振り返ってみると、そこには短髪でツンツンヘアーをしている男が笑顔で俺を見ていた。
この男は、俺の唯一の友達ともいえる、竹上 直輝(たけがみ なおき)。高校一年の頃からの付き合いで、今は二年になっているが、なおも交友は続いている。だが、クラスは違い、こうして休み時間か、昼飯時、それとも学校が終わってからしか会わないようになっていた。

「またそんなシケた面してよー。お前の笑った顔なんて見たことねぇよ」
「学校ではそういうキャラを通してんだ。テレビの前だとよく笑ってるんだけどな」
「よく言うぜ。この学校にいる生徒全員がお前の笑顔なんて見たことねぇって言うだろ。ほら、神海だって見たことないって言ってるじゃんか」

そうして竹上は顎で教室内にいる雪を示した。雪は、HRが終わった後、仲の良い友達と談笑を繰り広げていた。
凄く楽しそうに笑うその姿は、周りの男から見ると明るくて可憐で、とても素敵なんだそうだ。

「かっわいいよなぁ〜神海。あんな可愛い子に世話焼いてもらえるなんて、お前どんだけ幸せ者だよ。出来ることならお前になりてぇよ」
「やめとけ。お前と俺は違う」
「かぁ〜っ、臭い台詞だねぇ。どこで覚えた? その台詞」
「今頭に浮かんだだけだ。俺は別にお前になりたくないしな」

そうやって話している最中、突然竹上が途中まで帰ろうぜ、といって誘って来たが、俺は返事もせずにそのまま歩いて行った。

「お、おいっ! 待てって」

竹上は俺に向かって呼びかけ、俺の後を追って走って来た。




この学校は、都会の外れの方にあり、なかなかのどかな場所にあるのだが、現在の俺の家はそのまた外れにあった。
学校を出てから、竹上は俺について来て、それとなく話しを交した。音楽のことが大体を占めており、俺にも分かる話題を振ってくる辺りがこいつなりの優しさでもある。
例えそうだったとしても、俺的にはどっちでもいい。
暫く歩くと、竹上は「こっちだから、俺」と言って少し離れた。

「じゃあな、神嶋」
「気をつけて帰れよ」
「気をつけてって、俺の家、もう殆ど目の前じゃん」

竹上は指を差して自分の家を示しながら言うが、あまり聞こえない。それは俺の耳穴についているイヤホンから流れ出る音楽のせいだとは思うが、それを外そうという気もないし、竹上の話を聞こうという気にもなれない。そのまま歩いて帰宅することにした。

俺の"今日から住む家"は、遠く感じるかもしれないが、さほど遠くもない。歩いて通えるほどだ。徒歩で50分ほど。遠いとは俺は感じない。
竹上の家から少し先を進むと、そのまた外れへと出た。周りは田んぼなどがいっぱいで、日光の光が薄い水の上を反射しており、どの田んぼもキラキラと、日光で輝いていた。
部活動をしていない俺は、部活動に励んでいる生徒よりも早く帰宅するので、今の時刻は明るい天気と共に、空は青で埋め尽くしていた。
周りを見渡すと、そこには田んぼが辺りに見え、家は全く建っていない。少し遠くの方に家が住宅地のようにして建っているぐらいで、後は木々に覆われた丘の上にある神社しかない。
俺の現在の家は、まさしくその神社だった。

神社の前まで来ると、長い階段が出迎えた。段数は数え切れないほどで、ゆったりとした斜面にその階段は作られていた。
この階段を上らないと、神社には辿り着けない。

「ふぅ」

一息吐き、一歩ずつ階段を上り始めた。
どれぐらい経ったかは分からないが、汗が制服を濡らし、身体に張り付くベタつきが嫌になるほどだったが、目の前には既に数えるほどしか段数は無く、ようやく神社に着くことを予想させた。
その予想通り、登り切ると、まず大きな鳥居が出迎えてくれた。その次に、広々とした境内に、その奥には本堂が見える。
築何年になるのだろう、と考えながら、ふと本堂の少し前方辺りに、箒で落ち葉を掃いているお坊さんを見つけた。
そのお坊さんは、俺の姿に気付くと、ゆっくりとこっちに寄って来た。
ツルリとしたスキンヘアーは、まさに坊さんの証。そして何より、この坊さんらしい着物が印象的だった。

「お帰りなさい」
「あ、ただいま。あの、叔父さんはどこに?」
「本堂の方で休んでおられます」
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」

お坊さんに頭を下げると、俺はそのまま本堂の方へと歩いて行った。
本堂の中は、大きな釈迦像があり、まるで俺を睨んでいるようだ。その様子を見て、何気無く手を合わせてお辞儀をした。
そうすると、奥の方から足音が微かに聞こえてきた。

「おぉ、来たか。荷物は全て届いてある。さぁ、入りなさい」

先ほどのお坊さんと同様に、髪型を丸坊主にしている男の人が奥から顔を見せると、笑顔で言った。
この人が"神海叔父さん"。叔父さんの後に続いて、俺は靴を脱いでから入り、ちゃんと靴を持ってくるのを忘れずに本堂へと入った。
中はさすがにこじんまりとしていたが、なかなか広い。
この裏側に、叔父さんが住む家が建っている。勿論、境内にあるわけではなく、少し平らになっている丘が続く奥の方に叔父さんの家はある。
ゆったりとしている階段なので、先ほどのどれぐらいあるのか分からない段数を誇る階段ではない。何故こちらから行かなかったのかと聞かれると、この階段は直接叔父さんの家に通じるからだ。わざわざ神社にいる叔父さんを訪ねるのに、無断で叔父さんの家から通って神社まで行くわけにも行かなかった。
緩い階段を楽々下りていくと、叔父さんの家へと着く。そうして居間へと連れられ、座らされた。

「遠かっただろう?」
「いえ、大丈夫です。こういう、のんびりした所は好きなので」
「ほぅ、最近の若者にしてはいいね。お茶でも飲みなさい」

ゆっくりとした口調で、俺の目の前に茶飲みを置いてきた。一度頭を下げると、俺はそのお茶をゆっくりと啜った。

「こういう仕事をしているが、家の食事などはお腹いっぱい食べてもいいから、固くならなくていいよ」
「あぁ、はい。ありがとうございます」

そんな感じで、言われた通りに座って、片方の耳にイヤホンを付け、音楽でも聴きながらお茶を飲んでいると、「ただいまー」という声が聞こえてきた。
そして、その帰って来た人物は、俺がいる居間へとやって来て——

「……」

固まっていた。
俺の目の前にいるのは、何を隠そう、神海 雪だ。
そう、俺は今日から雪の家に住ませてもらうことになっていた。

「よぅ」
「……よぅ、って……! お父さーんっ!?」

俺を直視して、固まった後、顔を真っ赤にして叔父さんを呼ぶ雪。
それに応じて叔父さんがはいはい、と住職の姿をしたまま二階から下りて来た。

「何で!? 何で憂がいんのっ!?」
「あれ? 言ってなかったかな? 今日から神嶋君は、神海家の一員になるんだよ」
「言ってないよっ! 有り得ないッ! 何で年頃の若い娘がいるのに同年代の男を同じ屋根の下で住まわすわけっ!?」
「それには色々わけはあるんだよ。仲良くするんだよ?」
「ちょ、ちょっと! お父さんッ!?」

雪の言葉も虚しく、叔父さんはそのまま、また二階へと上がって行った。俺はその間も茶を啜ってその様子を見ていた。雪は、壊れたロボットのような動きで頭を動かし、俺を見た後、

「あ、有り得ない……!」

そう呟いて猛ダッシュで家を飛び出して行った。
ダメ人間が居候するから、それに嫌気が差したのかもしれないな。
ふぅ、とため息を吐いて、俺はその場に寝転んだ。天井は木製で出来ている。今日から此処が俺の寝床となる。

まあ、それならそれで、面倒臭くなくていいか。