ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は世界を愛さない  ( No.30 )
日時: 2011/08/28 21:06
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)

土屋の噂は瞬く間に広がり、学園内の同じ学年では知らない人はいないほどの著名人となっていた。
この時期に転校してくる、ということもあってか、珍しさと共に人柄も良いという噂が好印象を与え、こういう結果に至ったわけだった。
俺とは対の性格なわけで、とても俺には理解出来ない雰囲気を持っていた。

「あの雰囲気は、とても良いよなぁ」

帰り道、隣で呟くようにして竹上が言う。土屋のことをさっきから話しているみたいなのだが、全く聞く耳を立てずに俺は音楽を聞いていた。
土屋は、雪と随分仲良くなったようで、どうやら土屋は今日から寮で過ごすみたいだ。そのため、雪は土屋の部屋を掃除する手伝いとして行っているようだった。

「なぁ、神嶋もそう思うだろ?」
「あぁ、そうだな」
「だろ? だろ?」

適当で答えているとは気付いていないのか、竹上はハイテンションで笑顔をこちらに向けてくる。
なおも話し続ける竹上に、あぁ鬱陶しいなぁなんてものを思いながら歩いていると、後ろから「おーいっ!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

「ハァ……やっと、追い、ついた……ハァ……」

俺達の後ろには、藤瀬が肩で呼吸をしながら、膝に手をついている姿があった。顔色からしても、とても具合が悪そうな感じだった。
藤瀬は運動、確かあまり出来なかったような印象がある。体育の時間など、メタボ体型な奴と同等のスピードで走る。こんな細身で、長距離走れそうな感じもほのかにあるというのに。

「お、おいっ、大丈夫か? 藤瀬」
「あ……竹上、君……? ご、ごめん……ハァ、ありがとう……」

竹上が駆け寄り、藤瀬に深呼吸をさせる。藤瀬はゆっくりと息を吐いたり吸ったりを繰り返している横で、竹上も藤瀬と同じように動いていた。二人して同じ動きをしているその様子を、俺はじっと見ているだけだった。

「ふぅ……落ち着いたよ。ありがとう、竹上君っ」
「い、いやぁ? それほどでも——」

藤瀬に称えられ、竹上はその藤瀬の女の子様様ともいえる笑顔に赤面しつつ、照れ笑いをしながら言っていた。

「何を男に発情してんですか。さすがホモですね、竹上さん」
「ひでぇっ! そのホモネタ、朝からじゃん! そろそろやめないと俺の世間体ってもんが——」
「んで、何の用だ? 藤瀬」
「人の話を聞けぇぇっ!!」

竹上がうるさく俺に突っかかってくる中、藤瀬は微笑し、俺を見ると、昼飯に誘った時ほどではないが、少し照れているような表情で、

「一緒に帰っても、いいですか?」

そう発案してきた。
竹上は俺に突っかかることをやめ、その藤瀬の言葉に「いいぜ!」とか一人で言っているが、既に住宅街に入ったところなので、竹上とはすぐに別れるので、いいぜもクソもない。

「藤瀬、お前家はどこだ?」
「あ、僕の家は……この住宅街を抜けて、少し曲がったところに昔ながらの橋があるんだけど、そこを渡ってから見えてくる家々の中に僕の家があるんだけど……神嶋君は、違う方向?」
「違う方向は方向だが、途中までは同じだ」

俺が言うと、そうだったんだと声をあげて藤瀬は再び微笑した。その様子に、竹上が一人で「俺を忘れてね?」とか言っていたが、俺と藤瀬は全く聞いてはいなかった。というより、藤瀬は知らないが俺は聞こえていたのだが、わざと無視をしていた。
理由は、面白いからに決まっている。

「じゃあ途中まで帰るか」
「ほ、本当ですか……!? ありがとうございますっ!」
「え、ちょ、お二人さん? 俺は? 俺を忘れてない?」

大したことでもないのに、藤瀬は嬉しそうに頭を下げては上げ、喜びの笑顔を見せた。竹上は、一人有り得ないといった顔で俺達双方を見比べていた。

「竹上、お前もうすぐ家だし、此処まで来れば一緒に帰らなくてもいいんじゃねぇか?」
「え、そうなんですか? 竹上君」

俺の言葉に合わせて、藤瀬が少し呆けた表情で竹上を見て言った。無論、俺も竹上の様子を見る。

「う、ぐ……! このBL野郎共が! チヤホヤして帰りやがれぇ! ……チクショォオーッ!!」

そのまま竹上は目から汗を流してその場から猛烈な勢いで去って行った。あの勢いでそのまま家に帰るつもりなのだろう。

「だ、大丈夫なんですか?」
「いつものことだから、気にするな」

欠伸をしつつ、俺は藤瀬が唸っているのを見て再び歩き出した。その後を藤瀬もパタパタとおぼつかない足取りで追ってくる。

「でも、羨ましいです」

住宅街を歩いていると、突然藤瀬が言った。
俺は何のことだか分からず、イヤホンを付けながら「何が?」と聞いてみた。すると、藤瀬は少し曖昧に微笑んでから口を開いた。

「神嶋君と、竹上君がです。それに、神嶋君は凄く格好良いですし、頭も賢いですし、スポーツも出来ますから。羨ましいです」

最後の方は、少し哀しそうな顔をしていたように見えた。
俺は、そんな藤瀬を見て、ため息を吐いてから答えることにした。

「そんなことねぇよ」
「え?」

藤瀬は、驚いた顔をして俺を見た。何だか、藤瀬は変に哀しそうな感じが漂っている気がした。こいつも、何か過去にあったりしたんじゃないかと。俺と竹上の様子を見て羨ましいなんて異常に思えた。

「お前が思ってるほど、良いもんじゃない。それに、俺はお前の方が羨ましがられるタイプだと思ってる」
「そ、そうですか? そんなこと、言われたのは……神嶋君が、初めてです」

ボソボソと、小さい声で藤瀬は言う。その表情はずっと暗いままだった。何だか、気まずい雰囲気というか、こういう慰めるようなものは慣れていない。それどころか、慰めるなんてこと自体をやったことがない。
そのまま歩いていると、住宅街を抜け、ようやく田んぼが広がる田舎の様子が目の前に溢れて来た。
梅雨の時期が原因か、曇天の様子で、雨がいつ降ってきてもおかしくはないんじゃないかと予想が出来るほどだった。
ぼんやりと空を眺めたり、田んぼの景色を見回したりしている藤瀬は、どこかこの場所に慣れていないような感じがした。

「何でそんなにキョロキョロしている?」
「え、あ、す、すみません。な、何だか、やっぱりいいなぁって思いまして……」
「何が?」
「この、雰囲気がです。とても素敵だと思うんですよ。……あ、か、神嶋君はそうじゃなかったですか?」

笑顔から一変し、挙動不審になって俺に聞いて来る。何だか見ていて飽きなかった。

「いや……俺もこの雰囲気は好きだ。だから此処に暮らしている」

詳しく言うと、此処に暮らしている理由の一つがそれ、だろうな。

「ほぇぇ……。何だか、神嶋君はもっと静かなところがいいと思ってました」
「静かなところって、此処も十分静かじゃないか?」
「ほら、蛙とか、コオロギが田んぼがこれだけあるせいか、よく鳴いているじゃないですか。あれ、聞き慣れたらうるさいですよね」

藤瀬はクスクスと笑いながら言った。その言葉に多少納得しつつも、返事は返さなかった。
そんな他愛もない話を繰り返しつつ、俺と藤瀬は丁度橋のところへと通りがかった。そこで、藤瀬は足を止める。

「あ、僕はこの橋を渡らないといけないので……」
「あぁ、そうだったな。お疲れ」
「は、はいっ」

申し訳無さそうに頭を何度も下げたりしながら言ってきた言葉を聞き流しつつ、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
だが、その時、後方から「あのっ!」と藤瀬の声が聞こえてきた。後ろを振り返り、橋の方に藤瀬が何故か顔を紅潮させて俺を見つめていた。

「また、一緒に帰っても、いいですかっ?」

そんな他愛もない、約束。藤瀬は、紅潮しているからこそ分かりにくいが、やはり不安そうな顔は拭いきれていなかった。
どこか、藤瀬の心の中に何かが詰まっているような……。憶測だが、そんな感じがしていた。
通学路の途中に差し掛かるので、迷惑も何も無く、また断る理由も無い。音楽を聴きながら一人帰るというのも良いが、たまにこうして話しながら帰るのも悪くはないとその時思った。

「たまに、な」

だからこそ、こう告げた。
たまに。その言葉はどれだけ曖昧で、人間臭いんだろう。

「はいっ! ありがとうございますっ!」

藤瀬は嬉しそうに笑顔で頭をもう一度下げた。それから頭を上げると、小さな女の子のような手で俺の背中へと向けて手を振り続けた。