ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は世界を愛さない  ( No.31 )
日時: 2011/08/28 01:46
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)

「土屋さん。この荷物は、どこに置けばいい?」
「あ〜うん〜。それは〜、そこらへんに置いといて〜。それと、土屋さんじゃなくて、希咲って呼んでいいよ〜?」

何部屋もある寮の中の一部屋。そこに私はいた。
土屋さんは今日から寮に住むことになるらしく、私はその手伝いとして此処に来ていた。
この部屋を使っていた前の人が綺麗好きだったのか、それともその前に使っていた人が去った後、用務員さんが綺麗に掃除をしていてくれたのは分からないけど、とても清潔感が溢れてて、居心地がいい感じがする部屋で、私もこんな部屋がいいな、と思ったぐらいだった。
寮は、個人部屋と各人数部屋とがあり、個人部屋はその名の通りに一人で住む部屋のことだけど、各人数部屋は一人以上ということになる。といっても、規則で一部屋に人数は3人までということになっている。理由は、あまり多く一緒に住まわせて、夜中など騒がしくされると周りの寮生にも迷惑だし、何より管理が難しくなるからだそうだ。だけど、それほど寮のルールは厳しいものじゃなく、よく5、6人で一部屋に集まり、遊ぶことだってよくある。それに、寮生じゃない生徒も私のように出入りが出来るので、結果こうして手伝いに買って出ているというわけだった。
ちなみに、土屋さんのこの部屋は個人部屋なので、土屋さん一人で住むんだそうだ。
私なら、すぐに各人数部屋を選んでしまうと思う。色々、寂しいような感じもするからだ。友達が居てくれた方が、楽しいしきっと良い。けれど、個人部屋しかほとんど空いておらず、探すのもまた面倒だし、という理由で土屋さんは個人部屋にしたんだとか。
ダンボールの箱をまとめ、折り畳んでいる作業を一度止めてから一息吐いた。

「ふぅ、大分片付いてきたかな」
「うん〜。雪ちゃんのおかげだよぉ〜、ありがとね〜」
「ううん。どうせ暇だし、この後も一人で帰るだけだから、別にいいよ」

そう言いながら、私は手に持っていた荷物を置く。
土屋さんは特に推薦で来たわけでもない、ただの普通の転校生。勿論、この寮にはスポーツ推薦で来た人もいるが、普通の生徒も寮を活用している人が多い。土屋さんのように、こうして寮の一部屋に転校初日から住む、ということはよくあることらしい。
楽しそうに鼻歌を弾みながら土屋さんはダンボールから荷物を取り出し、机などに仕舞ったりしているのを繰り返していた。
シャワーなども完備されているこの部屋は、そこらのアパートよりもずっと良い気がした。

「ねぇねぇ、雪ちゃん〜」
「ん? 何?」

作業の途中、土屋さんの方から私に声をかけてきたので、振り向いてみた。
相変わらずの笑顔と、温和な雰囲気で土屋さんは私を見つめながら言った。

「神嶋君と、幼馴染〜?」
「え、えぇ?」

突然そんな話題が来るとは思わず、慌てて返事をしてしまった。
今まで誰一人としてそんなことは聞いて来なかった。別に隠しているわけでもなく、ただ聞いて来なかっただけ。
それを、土屋さんが初めて私に聞いて来た。それが驚いたわけだけど、何でそんなことを突然言い出したのかというのも不思議なところだが、何故悟られたのかということがまず不思議だった。それも、転校初日目だからますます可笑しい気分になる。

「な、何でそんなこといきなり——」
「何だか焦っちゃってますね〜? ふふ、正解〜……だったり?」

同性からも思える可愛らしい声で、それも笑顔でニコニコと話されるわけなので、何だか色々な意味で勝てないなぁと思った。
私はため息を一つ吐くと、観念したように頷いた。

「やっぱり〜! えへへ、こういうの見つけるのは、得意なのですっ」

自信有り気に、胸を張って言った。笑顔は変わらず、そのまま私を見ている。幸せそうな人だなぁと印象があったけど、ますます印象が高まることになってしまった。

「何で……?」
「ん〜? そうだねぇ〜……そんな匂いが、したから……かな?」
「匂い?」

思わず私は自分自身の体のあちこちに鼻を押し付け、匂いを嗅いでしまった。その様子を見て、土屋さんは声をあげて笑い、「違うよ〜」と穏やかな声で言った。

「本当の匂いじゃなくて〜……そういう、感じ?」
「感じ?」
「うん、そうっ。雰囲気ともいいます」

うんうん、と頷きながら土屋さんは納得したように言う。幼馴染の感じ、雰囲気なんて全く出してないような気がする。たまに、そういう付き合いもあって世話を見ることはあっても、そこまで何でもかんでも、というわけではなかったから、全く気付かれてないものだと思っていた。
だけど、土屋さんの言うことでは、その雰囲気は出ていたんだそうだ。そのことに、私も少し驚きつつ、土屋さんはやっぱり色々凄いみたいだなぁと感心していた。

「幼馴染って、いいよね〜。凄く、仲良しそうなイメージあるなぁー」
「そんなことないよ。あいつは、無愛想、無感情、無表情で有名だよ。人と帰っても、イヤホン外さずに音楽ばかり聴いて、話聞いてるのかさえも分かんないし、自分で動こうとか、助けてやろうなんてことは無いし。ちっとも仲良しでもないし、幼馴染だから誇れるほどの奴じゃないよ」
「えーそうかなぁ〜?」

土屋さんは私の言葉をちゃんと聞いていたのか聞いていなかったのかは分からないが、首を傾げて呟いた。その様子に、何か違うと言いたそうな予感がしたので、「どうしたの?」と言ってみた。
すると、案の定土屋さんは「でも」と言って言葉を繋いできた。

「凄く、優しそうで……悲しそう? ——だったような……?」
「え?」
「うーん?」

最後の方は何だかボソボソと呟いたような感じで、よく聞こえなかった。けれど、そんなに大したことでもないだろう。私はそう思うことにして、深く追求はせずに、難しい顔をして首を傾げている土屋さんを余所目に、ダンボールを開けては中の物を出して折り畳んでいく。
そうしている内に、随分とスッキリしたように思えてきた頃、部屋を見渡すと、いかにも女の子というか、土屋さんらしいなぁという可愛い部屋が出来上がっていた。
特に目に入るのは、ぬいぐるみだった。数が凄く、ベットの傍に置いておくだけでは物足らず、机の方にも飾られたりと、沢山のぬいぐるみがあった。

「えへへ。ぬいぐるみが、好きなのです〜」

一際大きなぬいぐるみをもふっ、と胸の前で抱き締め、大事そうにそのぬいぐるみを撫でていた。その仕草がとても可愛く見えて、同性でもほんわりしたような雰囲気に飲み込まれてしまいそうになる。
きっとこれが、土屋 希咲という女の子の個性なんだと思った。

「凄いね。ぬいぐるみがほとんどじゃない?」
「あはは〜。多いし、目立つからそう思うだけだよぉ〜。でも、すっごくよく片付いた〜。雪ちゃんのおかげ〜、ありがと〜」
「いや、私なんて、土屋さんの……希咲、ちゃんの、3分の1程度しかやってないし……」

3分の1程度しかやっていない、というのは事実だった。土屋さんがこなした仕事、つまりダンボールの中から物を出して、整理するというちょっと面倒な役割なんだけど、土屋さんは私より何倍も動き、その整理をいつの間にかしていた。のほほんとしているから、動きが遅く感じられるけど、こういう仕事はかなり早いみたいだった。
そういう土屋さんは、私がそんなことを考えていることも知らずに、希咲ちゃんと呼んでくれたことに対して、凄く喜び、何やら笑顔で拍手までしていた。

「えへへ、ちゃんと名前で呼んでくれました〜。私はそれだけで十分だよぉ〜。それに、手伝ってくれたということ自体、感謝しないといけないと思うんだよー。だから、仕事をどれだけしたか、とかなんて、全然関係ないんだよぉ?」

右手の人差し指を立て、笑顔で得意そうに言う土屋さんを見ていたら、何だかそういうことを色々考えている自分が恥ずかしくなり、同時にバカらしくもなった。

「そうだね……。何だか、希咲ちゃんと居たら何でもハッピーになれそう」
「あっ、また名前で呼んでくれました〜!」

私の言った後半の言葉を聞いているのか聞いていないのかは分からないけど、部屋の中で拍手だけが鳴り響いた。
そろそろ、と折り合いをつけた頃に、私は立ち上がる。

「もう行っちゃいますか?」
「うん。あまり居ても、迷惑だと思うし……それに、お父さんも心配するかなぁって思うから」
「そうですね〜。心配させるのはダメだからね〜。さぁ、帰りましょう!」
「……って、何で希咲ちゃんも立ち上がってるの?」
「お出迎えしようとしたんです〜」

そうして希咲ちゃんは笑顔で立ち上がり、ぱたぱたと足を動かして私がいる玄関前へと行く。

「それじゃ、また明日ね」
「はい〜。今日は手伝っていただいて、本当にありがと〜」

敬語なのかタメ口なのかよく分からない口調を使う希咲ちゃんは笑顔で早くも丈が合っていないのか、多少服がぶかぶからしく、指で服を持って可愛らしくぶんぶんと左右に手を振って見送ってくれた。
こういう人が、男の子は好きなのかもしれない……。成る程、男の子が夢中になるわけだと、一人私はその姿を見て感心した。

(もしかして、あいつもこういう子の方が……)
「雪ちゃん? どうしたの〜?」
「あ、ううん。何でもない。それじゃあね」

私は勘付かれる前に、その場を早く立ち去ろうとドアを開き、言葉を告げた後、すぐにドアから離れた。
なので、最後希咲ちゃんが何を言おうとしていたのかがよく聞こえなかったが、少し聞いた感じだと、確か——なれないよ。そう呟いたような気がする。それが一体何のことを言っているのか、私は少し悩んだ後、別にまた明日にでも聞けばいいかと、そのことを特に気に留めないようにした。
寮を出ると、すっかり夕暮れで、今から帰ったら暗い時刻になっちゃっいそうだなぁと身を竦めた。

「丁度今日は涼しいし、走って帰ろ……」

私はそのまま校門をダッシュで抜けることにし、そのまま走った。その途中、野球部だかの掛け声が聞こえて来ていた。どうやらもう部活動も終わりのようだった。
校門を出て、分け目も振らずに走り出す。軽快に、あまり疲れることなく走って行く。
こうしていると、中学の時に陸上部だった頃を思い出す。それと同時に、憂のことが頭に浮かんできた。あいつは覚えているかな? あいつは、私の運命を変えている。
あいつは覚えてないかも知れないけど、私は中学の時のあいつもよく知っている。小さい頃から、あまり遊びはしなかったけど、私は、何故かあいつの姿は目で追ってきた。

「はぁ、私も、恩着せがましい……よね」

途中、立ち止まり、住宅街のところで一息を吐いた。既に周りは夜で、それが随分走ったのだということを感じさせた。あの中学の時の私みたいには、上手く走れないみたいだけど。
何で、何があいつをあそこまで変えたんだろう。同じ中学の子も、当然この高校に入学してきている人は私と憂の他にいる。けれど、憂の中学の時の評判などは、知らないというのだ。
あれほど、活気のあった憂の存在が。今とはまるで正反対、今が人間じゃないといえば、あの頃が一番人間らしかった。
だからだろう。私は、恩を返そうとして、そんないらないお節介を、私は今の憂にぶつけようとしているのだと思う。
一緒に暮らすことになったことはビックリしたけど、あまりの驚きのせいで昨日は友達の家に泊まってしまったけど、私は——

「何、やってんだろ」

自然と、涙が零れた気がした。だが、それと同時に、変に動きが遅くなった気がした。
動き、というのは時間の動き。つまり、周りの風景も何もかもが遅く感じる。何だろう、この感触は。変な感じだ。あまりの変な感じに吐気も起こしてしまいそうになるほど。それほど、奇妙な——


「——ミツケタ」


その刹那、私の世界は暗転した。