ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.33 )
- 日時: 2011/08/28 18:15
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)
電灯の明かりだけが照らす世界。そんな不気味な世界がそこにはあった。
そして、その中に私はいる。夢と信じたいけど、この頭痛が現実のものだということを示してくる。
紳士は頭を押さえて頭痛に苦しんでいる私を見て、微笑む。そしてわけのわからないことを言った。
「領域……?」
「ふふ、そうです。貴女は、まさに私の手中にいるというわけなのです!」
手品師がマジックを完成させ、観客を沸かせた時の自信満々な笑みを浮かべつつ、両手を広げていることを連想させる雰囲気をこの紳士からは出ていた。
なんだか、苦しい。頭痛のせいなのかは分からないけど、息苦しい感じがする。
「苦しいですか? ふふふ、そうですねぇ、貴女は多分苦しいです!」
両手を広げたまま、自信満々に言う紳士だけど、私の耳には全然届いていない。耳鳴りのような音が聴覚を遮り、正常な考えを頭痛が遮り、視界を息苦しさの似たようなものがぼやけさせている。
どうなってるんだろう、私。
「貴女は、私に神隠しされたというわけです! 貴女は、面白い! ふふ、そして美味しそうですねぇ!」
ニヤニヤと、不気味に笑っていることだけは確認できた。何が紳士だろう。今は、ただの下衆な男にしか見えなかった。紳士服を着こなし、シルクハットを被った奇妙な人間の雰囲気とは思えない"何か"を放つその男は、ゆっくりと私に近づいてくる。
「こない……でっ!」
「おやおや、声が出せるなんて驚きですね。ふふ! ますます食事が楽しみになってきました」
声が出せることが驚きだということは、やっぱりこの男が私に何かしているとしか思えなかった。でも、そんなことって有り得るの?
これが夢ならどれだけ楽だろう。今の声だって、二酸化炭素しか吸って出してないような気がしてならない。頭を押さえ、喉を押さえながら何とか出した言葉がアレだった。
「貴女は面白い! もっと苦しませてもいいんですけどね……。うるさいのは、私は嫌いですので」
その瞬間、男は私の傍まで来た。一瞬の間に、男は私の腹元辺りに手をやり、そしてグッと何か得体の知れない力で押される感覚がした。
膨れていき、やがてその力が集中して、私の腹元に抉られていく。ドクン、と心臓の跳ねる音がした。
「おやすみなさい? ふふふっ!」
奇妙な男の言葉が、耳元で囁かれて、私はあまりの腹元に与えられた激痛によって完全に視界が遮られた。
幼い頃の記憶は、思い出したくなかった。
私は、そもそも親という存在がいなかった。ずっと白い、殺風景な部屋の中に閉じ込められ、子供が遊ぶ玩具がそこらに散乱している。
私は、ずっと一人だった。というより、私はどうして此処にいるのかが理解できなかった。その時はまだ、凄く幼かったから。
周りの人間の話は薄っすらと聞こえて来る。それは夢にも出た。
『まだあの子、小さいのにねぇ』
『誰がこれから面倒見るのかしら』
『児童擁護施設に入れられるそうよ。可哀想にねぇ』
あぁ、私、一人なんだ。
自然と思うようになった。私は、ずっと一人なんだと。ずっと一人で、これからも生きていかなくちゃいけない。
私は、幸せになりたかった。
『——遊ぼう』
ある日、そんな声が聞こえてきた。少年の声で、私に話しかける人なんて、施設の偽善染みた大人しかいなかったのに、私と同じ年頃の男の子が、私に声をかけてきた。
ゆっくりと手を差し出して来て、私はその手をゆっくりと握った。
そこは公園だった。施設を抜け出して、私は公園によく居た。悲しいという感情はあまり起きなかった。目の前で楽しそうに騒ぎながら、私と同年代の男の子と女の子達がはしゃいでいる。そんな姿を見て、私は初めて人間は嫌いだと思ってしまった。
でも、その男の子は、公園でただ一人、幽霊のようにして座っている私を見て、手を差し伸ばした。
その手は、暖かい。太陽のような手だった。
『遊ぼう』
ハッキリと、男の子はそう言った。私は、その男の子の手に引かれるようにして、立ち上がった。
ゆっくりと歩いて、男の子は私の目を見つめて言った。
『どうして、泣いてるの?』
さすがに驚いた。泣いているとは思わなかった。私は、必死で涙を拭って普通を装った。けれど、男の子はそんな私の顔を見て、笑った。
『きっと、大丈夫だよ』
その一言で、私はどれほど救われただろうか。
幼い私の記憶は、そこで閉ざされている。それ以上、幼い時の記憶は思い出せない。ただ、私には親がいない。だから、今のお父さんだって、私とは血の繋がりの無い人でしかない。
本当のお父さん、お母さんなんて、この世にはもういない。けれど、私にとっては今のお父さんが家族という代名詞。
お母さんは、少し前に死んでしまった。私を、大切にしてくれた人。お父さんは今でも優しいけど、よくお母さんと苺狩りに行ったりもした。その記憶は、鮮明に覚えている。
でも、私の中は空白ばかりだった。空虚な感じが、どうしても拭いきれない。
中学の時、私がとある事情で落ち込んでいた時だった。あの暖かい手が、私に差し伸べられてきた。
『きっと、大丈夫』
そんな根拠の無い言葉だけど。けれど、私の幼い頃と一致している。
私は、その言葉をかけてきた憂を、幼い頃の"あの男の子"と組み合わせた。
だから、幼馴染。私と憂は、幼馴染。
憂からすると、私は中学の時に会った、私の"義理の親"繋がりの間柄だろうけど、私は違うよ。
私は、もう、壊れてる。一人になるのが、寂しいから。私は、平気な振りをしてるだけ。
クズ人間は、私のこと。クズ人間っていうのは、人間的にクズだから言うんでしょ?
私は、幼少のそんな欠けた記憶に一致する憂を、幼馴染だと勘違いして、そのままにしているだけ。
ただ、逃げてるだけ。私が、一番のクズ人間。
「一人は……嫌だよ……ッ」
震える体を、必死で闇の中へと隠して、隠して。
笑っていたら、我慢してたら、きっと助けてくれるかな。
神様、お願いです。私を一人にしないでください。