ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は世界を愛さない ( No.36 )
日時: 2011/09/22 23:03
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)

視界がブラックアウトし、全体が黒く、暗転した後に分かったのは、寒気とこの場所が普通ではないということだった。
風や、自然のものは一切感じられず、全てが作り物のように見えてくる。月夜も、この世界にはなかった。あるのは、電灯の光がパチパチと無機質な音を鳴らしながら、付いたり消したりを繰り返しているだけ。
目を覚めた瞬間、頭痛が走り、頭を軽く押さえながら俺は立ち上がった。地面は、アスファルトの地面のようだが、何だか普通と違うような気がしてならない。
そんな異変がこの場所には溢れていた。

「どこだ、ここは……」

次第に頭痛も治まっていき、頭から手を離して、冷静に周りを見渡した。電灯が一直線に設置されており、一つ一つに一定の間隔が空けられている。電灯と電灯の間が一番照らされていることになるが、それでも奥の方へ目を向けても、いくら電灯の光が付いていたとしても、暗闇しかなかった。
この世界は月がない。世界の光体ともいえる、月がなかった。その為、月夜という光源は無く、世界の夜の明るさは消えてしまっているような状態だった。
周りから聞こえるのは、電灯が鳴る無機質な音のみ。そんな空間に、俺はいつの間にかいた。
ゆっくりと思い出してみると、あの少女が再び俺の元へと来て、神がどうたらこうたら言われて此処に来させられた。
一体何なんだと頭を抱える所ではあるが、冷静に少女の姿が近くに無いか探し出した。

「——おい」
「ッ!?」

突然、後ろから肩に手を置かれ、声が聞こえてきたので驚く。後ろを振り返ってみると、案の定、少女の姿がそこにあった。
何やら不機嫌そうな顔をして、黒い髪に巻かれるようにして付けてある碑石を右手で弄りつつ、少女は俺をじっと見る。

「……何だ?」

思わずそう聞いたが、少女は全く無視して、ただ一言呟いた。

「行くぞ、異常人間」

と言うと、少女は猛スピードで走り出した。向かって行ったのは、電灯のある一直線の道だった。
わけもわからず、俺はどうすればいいか悩んだ末、少女をとりあえず追いかけることにした。
力を失っていたとしても、少女の足の速さはそこらの人間と比べれば確実に速く、元が運動神経抜群なのだろう。そこそこ運動は出来る俺ではあるが、この速さにはなかなか追いつけない。
次第に暗闇へと消えていく少女を追いかけて、続く暗闇の中へと飛び込んで行った。

「ふふふ……来客ですか?」

声が前方から聞こえて来る。そこから少し前方へ走ると、少女が突っ立っていた。そして、その前に居たのは——紳士の姿。
その紳士は、どこか不気味な笑顔を見せて、俺というか、少女を見つめていた。目が細く、本当に見えているのか分からないほどの不気味な笑みだった。

「んん? ……おや、君は噂の……ふふふ、思わぬ所で……いや、必然、かな?」

今度は俺の方へと向いて、紳士は話し始めた。ぶつぶつと、意味の分からないことを言っているように見えた。

「それに、君は有名な神殺し、毘沙門天びしゃもんてんじゃないか。やはり、噂は本当だったんだね」
「黙れ。お前らにどれだけ言われようが関係はない。私は私だ。この異常人間の力も借りずとも——お前を、断罪する」
「ほぅ……面白い、ですね」

二人が睨み合う中、紳士の言葉の中の毘沙門天、という名前に少し違和感を覚えた。
確か、毘沙門天というのは戦いの神だったような気がする。日本の七福神の一人で……。そんな記憶が後々から浮かんで来るが、どうやらその毘沙門天とやらは少女のことを指しているようだった。
この少女の名前は、毘沙門天だというのだろうか。

「ただの非力な人間の娘に成り下がった神殺しなど、私に敵うと思いますか?」
「……」

紳士の言葉に、少女は何も答えない。
その様子に、紳士は大層満足したように笑うと、そうかそうかと頷き、ゆっくりと手に持っていた松葉杖のようなものを少女に目掛けて構えた。

「では——スタートです」
「ッ!」

その刹那、紳士が一気に加速し、少女の元へと近づいたかと思うと、松葉杖で一気に少女を薙ぎ払った。
突然の攻撃に、反応できなかったのか、少女は松葉杖によって遠くへ飛ばされた。ただの松葉杖に見えるが、そうではないようだ。
少女は飛ばされた瞬間、受身を取り、無駄に地面から衝撃をもらうこと無く立ち上がる。そしてそのまま少女は走り、紳士の元へと駆けて行く。

「ふふ、ダメですねぇ」

少女は大きく飛躍し、そこから一気に踵落としを紳士に食らわせようとしたが、それも失敗に終わる。紳士は少し後ろへ後退し、それを避けた。その後、少女の踵落としがもの凄い速度で落下してきた。

「無謀ですよ、貴女ほどの方が」

紳士は吐いた言葉に合わせ、松葉杖を大きく回し、渾身の一撃を少女の腹元に目掛けて突いた。
そのまま力のベクトルによって真正面に弾き飛ばされた。受身を取る余裕も無く、今度はそのまま地面へと叩き付けられた。
そんな少女の姿を見ながら、自分は何をやっているんだと、俺は思っていた。俺よりも年下そうな少女が、"化け物"相手に戦っている。俺は、逃げているばかりだった。
ドクン、と心臓の鼓動が聞こえた気がした。

「ふふ、終わりですか? 勿論、立ち上がりますよねぇ」

勿論の意味が分からなかったが、少女は平気な顔をして立ち上がった。
その様子を見て、紳士はニヤリと顔を歪ませて笑う。

「さぁ、そろそろ終わりにしましょうか。この世界には、既に先客がまだいるのです」

先客がまだいる? ということは、俺のようにただ巻き込まれた人がここにいるということなのだろうか。それも、まだ喰われていない状態だということが、紳士の"まだ"という言葉からして分かる。
紳士の言葉の意味を、見渡して探す。そうしていると、突然少女の声が聞こえてきた。

「この世界に、お前の知り合いがいる! お前はそれを探せ!」

少女は俺を見ずに、紳士の方を見つめながら言った。
少女の体のあちこちが真っ赤な液体で染められ、液体量自体は少ないが、痛々しくその姿は映った。

「知り合い? それを探せ? ……ふははは! 神殺しが! 人間の為に!? なるほど、だからですか。ふふふ、なるほどなるほど……貴女は神殺し失格ですね。どうしたらそう思えましたか? 同情ですか? 何なのでしょうねぇ」
「……黙れッ!」

少女は傷だらけの体を立ち上がらせ、紳士の顔を睨みつける。しかし、紳士はその様子を見て、ただただ笑っていた。
もしかすると、少女はだからこそ力を求めなかったのかもしれない。そして、俺を此処に呼んだ本当の理由。すっかり、俺を利用して力を得ることだけに此処に呼んだのだと思っていた。だが、違う。人間が大嫌いだから、プライドに触るから俺に力を求めなかったんじゃなく、少女は——この世界にいるという、俺の知り合いを助けるが為に、力を求めなかったんじゃないのか。
確か言っていたが、ある一定の距離を離れると、少女の力は消えてしまう。つまり、探している途中に消えてしまうということ。
だから力を求めなかったのだろうか。いや、でも人間が嫌いだという事実は変わっていないはずだ。今もそうだ。実際に俺を殺そうとしたことはあった。もし人間が嫌いでないなら、俺を殺そうとしなかったのではないだろうか。

「悩んでいる、暇はないな……」

一人、俺は少女の姿から目を逸らし、この世界にいるという、俺の知り合いを探した。俺の知り合いというのは、一体誰のことかも分からなかった。そして、少女の目的も分からない。人間なんて大嫌いで、滅べばいいとも思っていて過言ではないだろう。
なのに、この言動と行動。わけが分からないことだらけで、頭が狂いそうだった。
暗闇の中を走る。その奥に、少女の思いの意味が分かることを願いながら。