ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない ( No.37 )
- 日時: 2011/09/21 21:50
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)
- 参照: ボチボチ更新再開しますー
呼んでいる声がする。
それは、どこからか反響しては消え、また混ざっていく。そうして、聞こえるモノとして耳に届く。
ノイズ、エコーなのか。分からないけれど、ただハッキリと聞こえた。
呼んでいるんだよね? 私を。
待ってたよ。君はきっと救ってくれる。この世界を、私を。
だから私は君に使命を与えることにしたんだよ。君は、この世界が好きかな? 嫌いかな?
憎まれても仕方ないよね。私は、君を奪った。今の君は、ただの抜け殻だよ。そんな君を僕は再び復活させようと思う。
喜んでくれるといいんだけど、けれど、その分私は君に嫌われるだろうね。
でも、それでも、いいや。
君の為になるなら。
愛してるよ、君。
闇が目の前に見えた。そこはどこか変な感じがして、それと同時に何か別のものを感じた。
いつもの、普段の温かさのようなもの。それが、この闇の中にはあるような気がした。けれども、それとはまた別に悲しいものがあるような気がした。それは、一体何なのか俺には分からないけど。
だけど、この感じは。確かに覚えがあった。
「——雪?」
闇の中に、腕を精一杯伸ばした。届くかは分からないけど、やらないと何も始まらない。
何でこんな風に必死になっているのだろう。そんな疑問は後から解けばいいだろうと思うが、どうしても心に引っかかる感じが拭いきれない。
一体なんだ。俺は何で雪の為にこんなことしているんだ。
こんな薄暗い、寂しい世界の中、闇に埋もれた雪かどうかも分からないものに向けて手を伸ばす俺。
いつもの俺なら無表情で突き通すだろう。けれど、この時の俺は——表情が強張っていた。それだけ必死だった。
ポツリ、と誰かが私を呼ぶ声がした。
何だか変な感じ。けれど、とても温かい。私が求めていたもの?
いや、私は……私は?
私は、一体何?
「やめて、助けて、怖いよ……」
どうしてこんなことを口走ってるのかも分からない。分かりたくもない。虫唾が走りそうで嫌。
何だろう、この感触。私の中に触れられて来られる感じがして、何なの、私の過去を——
「いやぁぁぁぁッ!!」
闇の奥にいた雪を見つけ、手を引っ張った俺は、次の瞬間、その雪の口から悲鳴と酷似したものが吐き出された。
「雪? 大丈夫か?」
「いや、やめてぇッ!」
雪は狂ったように頭を抱えては叫ぶ。一体どうすればいいのかも分からず、俺はとにかく雪の安全を確認してため息を吐いた。
それからもう一度よく考え、
「雪?」
頭を抱え込んで、まるで"怯えている"ような雪に触れようとしたその瞬間、頭の中に無数の何かが入り込んできた感覚に陥った。
「何だ、これ……ッ!」
思わず俺は頭を抱え込んで、叫び声をあげた。頭がぐちゃぐちゃに掻き回されるような痛みに地面にはいつくばってもがく。けれども、全然治まる気配も無く、その何かは脳内で形となって変化していく。
『可哀想に。あの子、あの歳で……』
誰かも知らない人の声が流れ込んできた。それは、映像と共に。
「こ、れは……雪、のッ……!?」
もがきながらも、何とか声を搾り出すが、痛みは何も治まらない。もう既に感覚も無くなってきて、意識も薄れていった。
「はぁっ!」
ゴツッ、と鈍い音が響いた。
思い切りドロップキックを目の前にいる紳士面した化け物に喰らわせてやった。頭に直撃したそのキックの衝動はそのままその力のベクトルに合わせて吹き飛んだ。後頭部から地面に強打した化け物は暫くそのまま倒れ込んでいた。
「ククク……面白いですねぇ」
しかし、効いた様子も無く、平然と笑いながら言葉を漏らした。その男が倒れている地面には、赤い血がこびり付いている。血は赤いが、人間ではないような雰囲気を醸し出すその男はそのままゆっくりと起き上がろうとしたが、
「まだ、まだぁっ!」
容赦のない力の入ったキックを横腹に入れる。ぐにゃ、と粘土のようにして横腹の部分が曲がったかと思うと、そこへ連続にして蹴りを真上から一気に振り落とした。ゴキッ、と骨が折れるような音が響いた。
しかし、男は、
「はは、面白い。人間になっても、基本身体能力は人間以上、化け物未満なんですねぇ」
笑いながら立ち上がった。
その様子を見て、少女は後退する。その表情は厳しい表情に包まれていた。紳士はゴキゴキ、と両肩を鳴らしながら、ゆっくりと後ろを振り返った。
その表情は、不気味に笑い、頭が血で真っ赤になっていた。
「さ、遊びましょうか」
ポキポキと腕を鳴らし、素早い動きで少女へと向かって行く。
それを待ち構え、組み手のように受け取ろうとした少女だったが、甘かった。それを予想したかのように、少女の受身の状態を掻い潜るように低い姿勢で、どこからか取り出したハサミのようなものを——少女に突き刺した。ハサミは横腹に突き刺さり、血の噴出す音と共に鮮血が空中を舞った。だが、それを気にした様子も無く、少女はあろうことか回し蹴りを放った。
男の首元に蹴りは入り、ボキッ、と砕けるような音が鳴ったかと思うと、そのまま流されるようにして吹き飛んで行った。
しかし、依然として笑いながら立ち上がり、男は言った。
「ふふふ……やはり平気ですか。なるほど。完全に、普通の人間になったわけではないのですね」
男は、少女の腹元に刺さったままのハサミを見ながら言った。その目線を追うようにして、少女は自分の腹元を見やり、突き刺さったままのハサミを思い切りよく抜いた。
鮮血が水鉄砲のようにして噴出すが、全く痛みに苦しむ表情は見られない。そのままハサミを地面に放り投げた。
「危険信号の消滅……。そして、寝ていれば回復する異常すぎる治癒能力もですかぁ? いいですねぇ、普通の人間ではない、貴女のそれも既に化け物の域ですね」
「……つい先日までは化け物だっただろう。こんなこと、別に——」
「よく言いますねぇ。貴女は、人間を捨てた。いや、捨てざるを得なかった、元人間の分際のクセをして」
「な……」
少女は絶句した。男がまさかここまで知っているとは知らなかった。
一体どこから手に入れたのかは分からないが、その事実は少女にとって弱みに似たようなものだった。
「さぁて……人間から化け物に望んで"成り下がった"お嬢さん? お相手しましょうか」
まるで本物の紳士のような笑顔で少女を見つめながら男は言った。
その男の背中から有り得ないものが飛び出しながら。それは、サソリの尾のようなものだった。