ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 神は世界を愛さない ( No.38 )
日時: 2011/09/21 23:23
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

激しい頭痛がようやく解けた。
汗が全身を覆っているような感じがして、とても気持ち悪い。気付いたそこは元の世界ではなく、寂しい世界だった。
目の前には、眠るようにして気絶している雪の姿があった。

「もし、今見たのが本当だったら……」

雪の顔をじっと見つめたまま、暫く思考が止まってしまった。それは、俺と同じような環境だったからだ。
気付いた時から、親がいなかった。何故自分が此処にいるのかも分からない。そんな感覚を雪も味わっていた。その孤独感から救ってくれたのは、幼い頃の誰か。それは俺も覚えがあるような気がしないでもなかったが、どっちでもよかった。
その後、中学時代の俺と出会い、無理矢理にでも同一化させ、俺を勝手に幼馴染だと思い込んだ、というわけだろう。
しかし、俺の中学時代はそんなに幼少時代の男と似ていたのだろうか。雪自身も、その辺のことはよく分からないようだ。ただ、何かに縋りたいという思いがあったのかも分からないが、ただこの少女は孤独だったのだろう。人には言えない、親がいなかったという事実。簡単に言ってしまっては、何かが壊れるような思いがしたのかもしれない。児童保育所にいた期間に出会ったその男の子との楽しい思い出が、雪を何とか支えているのだろうが。

「ふぅ……」

けれど、俺には関係ない。
その男は、少なくとも俺ではない。幼少時代、雪と出会ったことなんてない。見覚えも何も無い。
その俺を幼馴染として扱う。それが世話のようなものに変わって、俺にあれだけお節介に似たようなものや、年頃の娘のような行動を起こしていたのだろうか。
その辺りまでは、分からないけど。ただ、この少女は俺に似ている気がどうしても捨て切れなかった。

「行くぞ、雪。早く戻って、お前、お父さんに一言言ってくれ。——年頃の子の行動ぐらい、把握しろって。あぁ、それと。毎日煮物のたけのこは勘弁してくれってな」

ゆっくりと、雪を背負って走り出した。




「おやぁ? もう終わりですかねぇ?」

少女は血塗れだった。
男は少女の前で、イカれたような笑顔を見せながら立っていた。その目の前で、少女は血溜まりの中に倒れ込んでいた。
見るからに酷い傷で、この小さな体を持つ少女のどこにこれだけの傷を負ってまで生きれる強さがあるのだろうと思うぐらいの外傷を負っていた。

「何か喋ってくださいよぉっ、一人じゃ、つまらないですよぉ?」

ニヤニヤと下衆な笑顔を浮かべながら、サソリの尾を振り回しては地面に打ち付けるのを繰り返し行っている。
少女の方は、ただじっと男を睨みつけていた。ボロボロの体で、立ち上がろうとしても、痛みが無いだけで体の骨がやられてしまっていた。叫び声は勿論、悲痛の声なんて出さない、いや、出せないが、睨み返す力はあるのに、体を起こす力が無いのは情けない話だった。

「あー、つまんないつまんないつまんない。つまんないですよぉッ! えぇ!? 神殺しさぁんっ!」

少女の首元を手で掴む。グググ、と力を段々と加えながら舌で頬に付いた返り血を舌で舐めた。
少女は締め付けられている最中、力が抜けるなぁ、としか感じない。苦しみを感じられない。そんな、人間ではない不条理なもののせいで、死ぬという怖さを知らない。
その瞬間、締め付けられているというのに、無理に首を動かし、その手を噛んだ。ガリッ、としっかりと噛んだ音が手元から聞こえ、男はニヤニヤと顔を歪ませたまま、その少女の顔をもう一つの手で殴り飛ばした。

「ッ!!」
「ふふ、まだそんな元気があるんだねぇ? 簡単に死ねないって、大変だねぇ?」

そして再び大きく手を振りかぶり、握り拳を作りながら男は笑って言う。その不気味な表情で。


「化け物でも、人でもない。生物という分類すら入るか分からない奇妙なモノとして、バイバイ?」


その手が振り下ろされた。
が、手は少女を殴る寸前で止められる。男は何だと後ろを振り返った瞬間、思い切り頬に激痛が走った。その勢いに任せて、男は左に吹っ飛んだ。
少女の目の前に現れたのは、先ほどの男ではなかった。

「悪いな。早く帰りたい一心で殴った」




俺は言葉とか、色々他にあるものを使わず、まず手と足を使って、目の前の奴を取り敢えず殴り飛ばした。
雪なら、少し離れた所で寝かせてある。だから、安心して殴り飛ばせた。

「お前……」

男を殴り飛ばしたその先にいたのは、ボロボロの少女の姿だった。初めて会った時、こんなボロボロどころか、俺を殺そうとした奴だったはずだ。それが今は、顔も何も痣とかいっぱいあって、綺麗に整った顔も腫れたりして酷いことになっていた。

「何か、面倒だ」
「は?」

そんな少女を見て、つい口にしてしまった。案の定、呆れたような顔をして返事をされたが。

「この世界にいるのが。それに、何か死にたいとか、どうして俺は此処にいるんだ、とか考えるのも面倒で、しんどくて、どうでもよくなった」
「……今話すことか?」
「話さないと、話す機会ないからな。取り敢えず、俺は気付いたが——結構俺はポジティブだったらしい」
「知らん。この状況でくだらない話はやめろ。お前、殺されるぞ?」
「誰にだよ」
「勿論——」

少女が目にやった方向に俺も目を向ける。すると、頬にヒビのようなものが入った男が俺を見て、いや、明らかに睨んでいた。凄い形相で。前に見た紳士のような作り笑いなども全て吹っ飛んで、怖い顔をしていた。

「おま、え……! 許さない……! お前が、この、力を、持っているなんてなぁ……! 甘く見ていたよ、お前をぉ……!」

男はゆっくりと俺の方へと向かってくる。背中方面から生えたサソリの尾のようなものが鋭く尖り、まるでハチの毒針のように、ピンと真っ直ぐに伸びた針のように見えた。

「おい」
「……なんだ。えーと、少女A」
「ふざけてるのか。私は少女Aなどというふざけたネーミングじゃない」
「ふざけてないですね。名前知らないからこう言っただけですね」
「言ってなかったか? そうか。私はな——」
「いや、それより。これはヤバいってことを伝えたかったんじゃないのか?」
「そうだった。気が早いな、小僧」
「小僧じゃない。俺は——」

男の方へ、俺と少女が見つめていた最中、男のサソリの尾の他に、男の手には槍のようなものが二つ握られている。どこから取り出したのだろうかという疑問はさておき、サソリの尾がさらに巨大に、3本に増えてこちらに向かってきていた。

「おい」
「何だ」
「逃げるぞ」
「どうやって?」
「勿論、私を背負ってだ」
「何で俺がそんなことしなくちゃならん。お前一人で行けるんじゃないのか。俺は多分、俺一人逃げることに必死になるからそれは無理な可能性が高いかな」
「じゃあ、腕輪に重ねろ、手を」
「断ったら?」
「殺す」

そうしている間にも男は既に俺達から数メートルというほどの距離まで近づいており、サソリの尾も伸ばしたら届くだろうという距離だった。
これはヤバい、と体の危険信号が告げていた。

「逃げよう」
「私も連れていけ」
「だから、お前は——」
「「あ」」

その瞬間、サソリの尾は頭上に振り上げられており、猛スピードで下降するという時だった。
体が自然に、俺は少女の腕輪に死に物狂いで触っていた。何とか、届いただろうか。後方かどこかも分からないが、取り敢えずもの凄い衝撃と、光に包まれたことは確かだった。
一体何が起こったのか。何分間か、時が止まった気がした。
ゆっくりと、意識が次第にハッキリとしてきた。そして、見えたのは——

「危なかったな、少年A」

俺を抱え込んでいる、初めて会った時の鬼気迫る感じの少女だった。翡翠色の光に包まれ、紅蓮や蒼色のオーラに似たものを纏ったその少女は、とても美しかった。
機械仕掛けの剣が右手には握られており、少女は悠然とした顔で目の前の化け物と化した男を見つめていた。

「ククク、面白い。面白いなぁ、やっと力が戻ったか。いや、その男の力によって、というのが正しいか」

男は頭を手で抱えながら笑いつつ、言い放った。相変わらず、俺が殴った後に出来た顔の不自然なヒビはそのままにして。
すると少女は、ゆっくりと剣を構え、

「教えてもらうぞ。お前は、どこまで知っている。この世界について。それに、この人間の男は何だ?」
「ふふ、質問が多いなぁ……。答えられないよ」
「ほう。なら、答えられるまで痛めつけるしかないか」
「出来るのならば……ねぇッ!」

男はもの凄いスピードで駆け巡り、三つのサソリの尾を振り回しては叩き付けるようにして振り下ろしてくる。それと同時に手に持っている槍を次々と突き出してくる。
それを間一髪の所で剣で受け流しては、隙があれば斬り落とそうと剣を振るう。だが、男もそれを予測していたかのように、ギリギリで剣を弾いては阻止しようとする。
右、左、上、という風に縦横無尽にサソリの尾と槍が襲いかかってくる。全て対応し、剣で流しながら少女は男に近づいていく。

「捉えた」

少女の一言と同時に、サソリの尾の一つが削ぎ落とされた。その瞬間、青い光がふわっとその断面から湧いて出る。しかし、男は悲鳴の一つもあげない。それどころか、どこか冷めた表情で少女を見つめていた。
全ての動きを止め、途端に男は「興冷めだ」と告げた。

「この世界のタイムリミットが来たようだ。閉じさせてもらおう」
「逃げるのか?」
「はは、まさか! 君には逆に助かったと思って欲しいね。どちらにしろ、この世界はこのぐらいの時間で丁度いいように設定してあったからね。君達のデータを取る為だよ。うん、いいデータだねぇ。うんうん」

男がそう呟いている中、この寂しい世界はパキパキと音を鳴らしながら、まるで鏡が割れたように崩れようとしている。それと同時に、地震が巻き起こった。

「くっ、待てッ!」
「ふふ、もうその人間の男と女は休ませた方がいいだろう? それと……男の方。お前はいつか、"貰いに来る"からね。楽しみにしててね」

そう告げると、男は世界からログアウトするようにして消えていった。
揺れ動く地面の中、少女は再び小さな光に包まれて、人間のような姿に戻った。その姿は、先ほどの血塗れの姿だった。戻った瞬間、少女は崩れ落ちるようにして座り込んだ。

「おい、大丈夫か?」
「ふん、人間風情に心配されるなど、あってはならないことだ」

そう言ってそっぽを向く少女。だが、どう見ても通常の状態とは思えない。言えば、死にそうだった。

「痛くないのか?」
「痛くないな。そういう体だからな。寝れば治る」
「そんなもんなのか」
「そんなもんだ」

壊れていく世界の中、俺と少女、そして近くで眠るようにして気絶している雪の三人がそこにいた。
少女は既に目を瞑って寝ようとしている。このまま放っておけば、世界から解放されるのか? いや、分からない。けれど、少女はこのまま。

「なあ」

だから、このさいだから、少女に聞いておこうと思った。

「名前、教えてくれよ」

少女はその言葉を聞く途端、とても意外そうな顔を俺に向けた後、すぐにそっぽを向いて、

「名前? ふざけるな。人間ではないのだぞ。化け物だ。私は、化け物。本当ならば、貴様も殺さなければならない。神殺しは、神を殺すが、人間も殺すさ。必要ならば、躊躇いもなく。お前らの言う殺人鬼のようなものだ。現に私はお前を殺そうとした。そんな奴の名前を聞いてどうする?」
「いや……俺は、そういうことで名前を聞こうとしたんじゃない」

あぁ、面倒臭いな。けれど、俺は言葉を紡いでいた。
世界は既に半壊し、世界というには、実に曖昧な空間と化してしまっていた。

「俺は、一人の少女に名前を聞いている。神殺しとか、化け物だとか、人間とか、関係ないだろ。お前、どっからどう見ても俺から見れば人間だ。生きている生物だ。生きている。此処にいる。お前も、此処に心臓があるだろ。心もある。ロボットでもない」

そう言いながら、俺は自然と少女の心臓の部分に手を当てていた。トクン、トクン、とゆっくりの速度で心臓の鼓動が……いや、急に速くなったか?
少女の顔を見ると、何故か顔を真っ赤にして俺を見ていた。

「この変態がぁっ!」

そう言って、手を振り上げて俺を殴ろうとしたが、傷のせいで腕が上がらないようだった。

「残念だったな」
「うぅ……! お前、覚えてろよ!」
「お前じゃなくて、俺は神嶋 憂」
「聞いてない、そんなどうでもいいことは」
「お前は?」

ゆっくりと問いかけてみる。少女は、少し戸惑ったような顔をして、言った。

「忘れた」
「え?」

その瞬間、世界は遂に壊れ、砕け散った。
少女は目の前から闇の中に埋められるようにして無くなっていこうとした。
忘れた。その言葉の意味が本当なのか、嘘なのかも分からずに。




——世界は、再び暗転した。