ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神は世界を愛さない 第4話完 ( No.39 )
- 日時: 2011/09/22 23:08
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)
夢を見ていたような気がする。けれど、それは本当の出来事のような気もして、どこかおかしい。
ぼんやりと、頭が真っ白と真っ黒のコンテラストで彩られ、ただ淡々と思い返してみても、あまり実感というものがなかった。
俺は先ほどまでどこにいたのだろう、なんてことは、人間誰でもどうでもいいのことに近いんじゃないのだろうか、なんて考えている時点で既にどうでもいいことの連鎖に捉われているに過ぎない気がして、ちょっぴり憂鬱な気分で起き上がった。
まだ冴えない頭が認識していくには、さほど時間はかからなかった。何故か懐かしい感じに思える、太陽の光がカーテンから差し込み、何だかいつも通りだったはずの朝が来たのだろうか、という過去系に近いような状態でその日差しを見つめた。
「ここは、俺の部屋か?」
ぐるりと周りを見渡してみれば、そこは叔父さんの家の、最近俺の部屋になった個室だった。
布団こそ敷かれていないものの、その場で寝てしまったかのようにして畳の上で熟睡していたようだった。
だが、しかし。あれを全て夢として片付けられることが出来るのだろうか。いや、出来ない。それどころか、意識はハッキリとしていくごとに段々と夢のように思えた寂しい世界での出来事を思い出していくのだから、これは夢と言い様が無かった。
丁度その時、ドアがドンドンと音を鳴らした。少しそのドアを見つめてから、ドアの向こうにいるはずの相手は俺の返事を待っているのだろうと気付き、「どうぞ」と返事をした。
スーッと和風の香り漂う座敷の扉が横にスライドしたかと思えば、姿を見せたのは雪だった。それも、いつも通りの雪の表情ではなく、何だか怖い夢を見たような後の怯えた顔だった。
「憂……あのさ」
「……何だ」
それから暫く沈黙。
向こうから切り出してきたというのに、やり場のない両手をもじもじと重ね合わせたり、その少しショートめな髪を触ってたり、目を俺の顔から逸らしたり。
そんなこんなが続いていたが、俺は待った。相手から切り出してくるのを。普通ならこんなことはしないだろうな、なんて待っている最中に思ったが、そんなことは関係無かった。
「憂はっ、そのっ……」
ようやく切り出そうとしたのか、声が少し強めで声をかけてきたのはいいものの、何とも気まずいような表情をして雪は畳の地面を見つめていた。
雪の服装は学生服のまま。つまり、あのまま帰宅しようとしていた帰りと同じ服装ということ。これだけでも、昨日の出来事は夢ではないと思える。
「何?」
「え? あ、うん。えっと……だから、憂は——」
雪が遂に決心した顔で俺へと言葉を発そうとしたその時、
「おーい。二人共、ご飯出来たよー」
「お、お父さん!? 帰ってきてたの?」
雪の後ろには、叔父さんが笑顔で住職の格好をしたまま、お玉を持っていた。何だかアブノーマルな揃いなのだが、叔父さんのキャラや、表情からといっても風格が出ていた。
「今日の朝に帰ったんだ。ご飯、作ったから二人共食べにおいで。今日も学校だろう?」
「そ、それは、そうなんだけど……」
雪が俺の顔を気まずそうに見てくる。それに対して、俺は頷いた後、立ち上がった。
「叔父さん。今日の朝ご飯は何です?」
「今日? 今日の朝ご飯はー……白ご飯、味噌汁に、鮭の焼き魚。それに、煮物だね」
「わかりました、ありがとうございます」
「ん。早く下りて来なさいね」
叔父さんは笑顔のまま階段を下りていった。その姿を、雪は眺めて、小さくため息を吐いている。
そんな雪の隣まで歩き、「なぁ」と声をかけた。
「あの時、お前に言ったこと、ちゃんと果たしてくれよ」
「え? あの時って、もしかして……」
「いや、何でもない」
面倒臭いことになる前に、というより、この朝の内に話すにしては、内容がどうにもわけ分からないことに発展しそうだった為、やめておいた。
隣の方を通り、俺は階段を下りながら思った。
あの神殺しの少女は、どこにいるのだろうと。
食事はいつもと大して変わらず、ただ一つ、雪が風呂上りで少し髪が濡れているというぐらいで、他は何も無かった。
食べている最中も、雪は俺を何度も見てくる。一体何だと顔を雪に合わせようとすると、目を逸らされる。さらには、何故か顔を紅潮させる始末だった。
意味も分からず、ただ黙ってコリコリと、俺はたけのこを齧っていた。
「ご、ご馳走様ッ!」
「もういいのかい?」
「もういいって、いつもこれぐらいじゃないっ」
ぎこちない笑顔でその場から離れたがっているのか分からないが、雪は目をあちこちに泳がせながらパタパタと、忙しない足音を鳴らして用意を始めた。
昨日のことで、雪は俺に聞きたいことがあるのだろうと思ってはいるが、もし本当にそのことで聞かれたとしたら、何と答えればいいのだろう。
正直に話すのだろうか。いや、そうしたところで信じるのだろうか。けれど、雪は確かにあの世界に存在した。そして、俺が——
「いってきます!」
考えていることを遮るかのように、雪はドアを思い切りよく開けようとして、ガツンッ、と音がした。
「……鍵、閉めたまんまだぞ」
「先に言ってよッ! お父さんッ!」
慌てた様子と、顔をもっと赤くさせて、ガチャガチャと鍵を半ば乱暴に開けて飛び出るように外へと出て行った。
その様子をじっと叔父さんは見つめた後、俺の方へと向いて、
「思春期か?」
「さぁ……」
思春期って、もう過ぎたぐらいなんじゃないだろうか。
まぁ、どうでもいいことか。
俺もようやく食べ終わり、食べ終わって汚れしかない食器を台所にゆっくりと置いた後、制服に着替え、ゆったりと靴を履いて靴紐を結び直した。
「いってきます、叔父さん」
「あぁ、いってらっしゃい」
叔父さんの微笑ましい笑顔に見送られ、俺は外へと出て行った。
外を出た後、ゆっくりと歩き出す。外は晴れ模様で、梅雨時期のせいか、カエルが田んぼから道路へと飛び出している風景を見かけた。
そんなのどかな世界。それが、此処。
「綺麗だな、青空」
空を見上げて、俺は呟いた。それはまるで、新しい一日が来たのだと、実感するかのように。
丁度そうして歩いている内に、神社の入り口の傍まで歩いてきた。そのままそこを通り過ぎ、橋を渡って行く。
方向をそのまま神社を過ぎ去る形で行こうとしたその時、俺は何故か神社へと続く長い階段をふと見てしまった。
そこには——あの少女が仁王立ちで立っていた。
見間違いかと、俺は頭の中で整理してそのまま過ぎ去ろうとする。だが、その時背中に激痛が走ったのと同時に、俺は前のめりでアスファルトの地面に倒れることとなった。
「こっち見て目を逸らして普通に行くなボケェーッ!」
「……いや、それでキックするお前もどうかとはおも「言い訳はいい!」
言葉でこの少女に、いや暴力でこの少女には勝てないだろう。言葉では勝てる自信はあるが。
とりあえず、俺の背中が悲鳴をあげている。まだ軽い方なのだろうか。少女は楽な顔をして仁王立ちで俺を見下していた。
その見下しは、最初に出会った時の見下しとは違っていた。もっと温かな、普通の人間の顔だった。
こうして真近で見てみれば見てみるほど、顔は綺麗に整っていると思ったほど美人顔だった。
「俺に何か用か」
背中を擦りながら、俺は立ち上がりつつ、少女に聞いた。すると、少女は呆れた顔をして、
「契約、結べって言っただろ」
「言ってたか?」
「言った。だから、お前とちゃんとした契約交さないとな」
「いやいや、話の展開が読めない。ていうか、朝っぱらから何を急に」
「急じゃないだろ。前に言ってただろうが。契約を結べ、と」
「今またそれを思い出させてきたから急だって言うんだろう。とにかく、俺は学校に行かなくちゃいけないから、忙しいんだよ」
そこまで言うと、少女は眉をつり上げて、いかにも不機嫌そうな顔をした。
その様子を見て、俺は突然浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「お前、怪我は?」
「怪我? 何のことだ」
「何をしらばっくれてる。あの世界で、あれだけ血塗れだっただろ。その欠片も今は見られないんだが」
「あぁ、当たり前だろ。私は人間じゃない。治癒能力は人間の何百倍もある。寝たら治るわ」
ショートの髪を得意そうに揺らして、ふふんと鼻で笑った。
その様子が何だか女の子っぽくて、本当に化け物なのかと疑いそうになるぐらい、人間ぽかった。
「で? 早く契約を結ばないと」
「いや、何の話ですか」
少女が突然、契約なんちゃらの話に戻したので、眉をつり上げて不機嫌な顔で少女は再び口を開いた。
「いや、約束が違うじゃない」
「違うも何もないだろ。約束してない」
「私が約束と言ったら約束になる! いいから早く契約を交せ、この異常人間が」
「お前も今は異常人間だろ。言われたくないというか、俺は別に異常でも何でも無い」
「異常だろ。お前はあれだけのことを経験しておいて、死んでない。異常すぎる」
「死なないと異常じゃないのか。面白いな、その異常な解釈」
「私は異常じゃなく、異端なだけだ」
「どっちでも一緒だろうが」
そんな会話を続けていると、少女はため息を吐いて俺に言った。
「あの世界で、私に最後、名前を聞いたな?」
「あぁ、聞いたな」
俺がそう答えると、少女は少し俺の顔を真剣な眼差しで見つめた後、少し経ってから顔を背け、ポツリと呟くようにして言った。
「神宮……」
「え?」
「神宮。神宮、瑞樹だ」
やっと聞けたその名前は、どこか不思議な感じがした。何だろう。聞いたことがあるような気がする。けれど、そんなことまるで根拠もないことで、同じ名前の人なんてごまんといるだろう。気にせずに俺は言った。
「よし。あだ名でも付けるか」
「あ?」
瑞樹は口を開けたまま、何を言っているんだと言わんばかりに不可思議な顔をした。それがどうにも可笑しくて、何故か俺は、笑った。
「何でもない。ただの、冗談だ」
そうして俺は学校に続く道を歩く。
後ろから瑞樹の声が聞こえた。
「こらっ、待てッ! ——神嶋 憂!」
初めて名前を呼ばれた気がした。
この世界も、まだまだ悪くないもんだと思い、俺は後ろにいる少女に向けて、手を振り上げ、左右へ振った